第33話 王女の力
「ああ……そんな……」
悲惨な現状にエリス様は戦慄の声を漏らす。
ローデンスクールはテルストロイの魔法使いたちが放つ【
【
【
干魃地帯ではテルストロイの兵士たちとクロフテリアの男たちが土埃の中、白兵戦を繰り広げている。
クロフテリアの男たちは善戦していた。魔法を一切使わない剣と盾だけの武力にしては。
テルストロイの兵士たちは前線、中距離援護、長距離援護、自陣防護と部隊ごとに編成され統率が取れている。
前線で戦っているたちには補助魔法がかけられ、しかもその一人一人が魔法に多少の心得があり、剣と併用して至近距離での魔法攻撃も行なっている。
チラホラと氷の魔剣や炎の魔剣を使う者すらいる。
いくら勇ましいクロフテリアの男たちでも、我流で戦うには余りにも不利な戦場だった。
クロフテリアが四万、テルストロイの兵士が五千と人数的には圧倒的に優位に立っているが、数にものを言わせた突撃は、後方に控えた魔法使いたちが置く防御壁に阻まれていた。
その防御壁を拳一つで突破したアメルダが一人超最前線に孤立している。夕陽色の髪を靡かせ、豪炎を撒き散らしながら拳を振るう怒り狂ったその姿は、まさに狼そのもの。
クロフテリアの狂騒的な戦い方は、世界から見捨てられた落ちこぼれたちの積年の怒りが集約されているようだった。
彼らにとって此処は最後の住処。此処を失えば、世界中の何処にも居場所はない。そんな焦燥が、気概の中に練り込まれている。
もはやエリス様の事情など知ったことではないのだろう。彼らは自分の存在を証明する為に戦っているようだった。
「エリス様、おさがり下さい」
飛んできた【
飛来する攻撃を全て撃ち落とせれば良いのだが、鉄の矢は複製されないので、矢数が保たない。
狙うべきは、この紛争を仕切る指揮官。
樹海の際、戦場でここから一番遠い場所に標的はいる。
テルストロイの王、デビド・アンガル。亡命を約束したエリス様を宝石一つで売り飛ばした男。あの男一人を倒せば、この争いは止められるはずだ。
遠方では体力の尽きたアメルダが、アンガル王の御前でテルストロイの兵士に頭を押さえつけられているのが見える。
目を血走らせ、怒り狂った口元が「コロス」の形を何度も作っているように見えるが、4キロほど離れた此処からでは、戦場の喧騒しか聞こえてこない。
長であるアメルダが捕らえられたというのに、争いは一向に収まらない。頭領と言っても指揮なんてあってないようなものだ。きっとクロフテリアの男たちは最後の一人になっても戦うことをやめないだろう。
そうと分かっているなら、早々にアンガル王を討たねばならない。しかし憎たらしいことに、輿に踏ん反り返っている王は、魔法使いによる三重にも張り巡らされた魔法防御壁によって守られている。
防御壁がどれほどの強度なのか、見ただけでは分からない。
(とりあえず、やってみるしかないか……)
空に向かって【
鉄の矢ではLV3までのスキルしか発動できない。矢の威力としても、防御壁の強度にしても想像通りといった感じだった。
急に防御壁が割れて慌てふためくアンガル王は、まだ何処から射たれたのかも気づいていない。【
時間が経つと魔法使いは、また新たな防御壁を展開する。
次は3本の【
(最後は……【
最後に放った雷撃の矢が、無防備となったアンガル王の輿に刺さり感電を喰らわせた。
撤退を知らせる魔法の花火が上がる。王の気絶に武官たちは騒然とし、直ちに退却の号令を響かせた。
「終わった……のですか?」
「はい。今日のところは……ですが」
エリス様には4キロほど先にいる泡を吹いたアンガル王の姿は見えない。撤退の合図を見たテルストロイの兵士たちは、負傷した者を背負いながら樹海の方へと引き返していった。
「「うぉおおお!」」
勝利を確信し歓喜に沸くクロフテリアの男たち。
「やったぞ! 俺たちが勝ったんだ!」
「俺たちの実力を、示すことが出来たんだ!」
「俺たちが最強だ!」
興奮した男たちの大きな声が響く。
戦況も分からずに戦っていた者たちは、なぜ敵兵が退いたのか分かってもいない。
程なくして戦場に沈黙が訪れると、辺りの悲惨な状況を冷静に認識するようになる。見渡す限りの戦死者。それはテルストロイの兵士では無く、全てがクロフテリアの男たちだった。
歓喜は悲哀に。負傷した者に手を貸したり、亡くなった者を担いだりしながら、静まり返った男たちが街へと帰ってくる。
味方の負傷者の方が圧倒的に多いのは、テルストロイの兵士が回復魔法で前線を援護していたのと違い、クロフテリアには魔法を使える人間が1人もいなかったせいだ。
「【
悲しみを抱いたエリス様は、瓦礫の山に立ち、両手を広げて祈りを捧げる。
天から降り注ぐ暖かい光の雪が、傷ついた男たちを癒していく。これだけ広範囲の回復魔法を見たのは初めてだ。たった一人で何千、何万人という負傷者の怪我を治してしまっている。
何より驚いたのは、亡くなったはずの人たちが息を吹き返したことだ。蘇生系の魔法は、1人助けるだけでも大量の魔力を消費するはず。どうやってこれ程の人数を、1人で蘇らせているのか、僕は目を丸くするばかりで、神々しいオーラを放つエリス様の力が理解できなかった。
「聖女様だ……」
「あの方は……聖女様なんだ」
光るローデンスクールを見上げる男たちが呟いていた。聖女、たしかに今のエリス様にはその二つ名が相応しい。
戦いに疲れ果てた戦士たちを癒す姿は、女神様のようにも見えた。
全員の生還を確認するとエリス様は後ろに倒れてしまい、僕はそれを支えた。やはりこの回復量には大量の魔力を使ったのだろう。一回の魔法詠唱で気絶する程の枯渇症になるなんて、そんな話、聞いたこともない。
聖霊の加護を授かったと謳われた第三王女の、真の力を垣間見た想いだった。
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