第32話 従者であるなら
「俺たちは……こんな事が起きるのをずーっと待っていた。たかが見た目……たかが混血というだけで……罵られ、虐げられ、奴隷にされ、見せ物にされ、俺たちは皆んなこの街に逃げ込んだ……。いつの日か……俺たちをコケにした奴らを見返してやる為になぁ!」
アメルダは本性を露わにし始める。その目は完全に獣のそれだった。動物の耳が生え、牙が鋭く尖っていく。獣人の中には人間と獣の間を行ったり来たりするハーフビーストがいると聞いたが、アメルダもその1人だったのか。
「お前らも……そうなんじゃねぇのかよ……」
「え……」
「お前らも、誰かに裏切られて、酷い目にあって此処まで逃げてきたんダロ? ココにくる奴ハ皆んなそうダ……。ダカラ……皆んなナカマで……助けアッテ、守りアッテきた……」
アメルダの言葉は次第に辿々しくなり、吐く息が多くなっていく。興奮した狼が、獲物に噛み付く寸前の形相だ。
「此処は俺たちの家ダ……お前らがニゲテ来たのなら、オレタチが守ってヤル……」
「だ、ダメです! そんなことは……」
アメルダに押し除けられバランスを崩したエリス様を、僕は直ぐに支えてゆっくりと座らせた。
「お前らのセンソウ……俺たちがモラウ」
「なりません! そんなこと、私は絶対に許しません! 私のせいでこの街が争いに巻き込まれるなど、考えたくもありません!」
「オレたちのチカラを示す機会がヤット来たんダ……ここでタタカわなきゃ……俺タチは生きテネェのト同じナンダヨ……」
アメルダは「グイッ」とエリス様に顔を近づける。その顔は戦闘狂のようにニヤついていた。
「お前ハ俺たちに恩返しスルと言っタナ? ナラ、オレタチに戦わセロ。ソレガお前にデキル唯一の恩返しダ。……モーガン、2人を見張っテロ……外に出スナヨ」
冷静に話し合う時間もなくアメルダが部屋を出て行くと、扉の前に鉄の椅子を持ってきてモーガンが座った。目を瞑ってこちらを見ようとはしないが、完全に「ここは通さねぇ」と姿勢が言っている。
緊張の糸が切れたエリス様は、全身の力が抜けたように肩を落とす。
「大丈夫ですか? エリス様」
「ケイル……早くここから離れないと」
守る側の立場で言えば、エリス様の盾になる人がいるなら1人でも多いに越したことはないと思ってしまう。
でもそれは他人事だがら言える話。
脅威を引き寄せた本人からしてみれば、自分のせいで他人が争いに巻き込まれるなど、とても看過できることではないだろう。慈悲の心が強いエリス様なら尚のこと。
「チッ! 頭領とあれだけ渡り合ってた奴を俺なんかが、止められる訳ねぇだろうが。あの馬鹿が」
モーガンは悪態を吐きながら足を組む。
「だが、頭領の命令は絶対だ。ここを通りたきゃ、俺を殺してから行くんだな」
どうやら僕とアメルダの模擬戦を見ていたようだな。自分の非力さを認めながら、道を譲るつもりは無いらしい。
さて、どうしたものか。エリス様を守ることだけを考えれば、戦ってくれるのは有り難いことだし、万が一には彼らを囮にして逃げてしまうことも出来るわけだが。
「ケイル、早く行きましよう」
エリス様がそんな不義理な事を考えるはずもない。
「王女様よぉ。俺みたいな奴が意見するのはお門違いかも知れねぇがなぁ。オマエ、自惚れてねぇか?」
「え……?」
「周りで起きてること、自分なら全部どうにか出来ると思ってんだろ? 自分にはその力があるってよ。だが現実にはアンタは何もできねぇ、ただの弱ぇ女だ。自分一人じゃこの扉を開けれもしねぇ。何か行動を起こすときは全部他人任せで、自分では一切戦おうともしねぇ。そんなもんはクズ野郎と何にも変わらねぇよ」
「モーガンさん!」
扉の番人が悪びれもせずエリス様を侮辱するので、思わず大きな声を出してしまった。半分は本心から来てるものかもしれないが、もう半分はエリス様の士気を落とすため無理に出した悪口だろう。
その効果は
エリス様は立ち上がり、モーガンの服を引っ張る。
「退きなさい! 今すぐにそこを退きなさい!」
他人任せと言われたことが気に食わなかったのだろう、エリス様は自力で扉を突破しようとしている。
だが当然、この街の二番手だとアメルダに太鼓判を押された男が、ついこの間まで温室で暮らしていた女の子に動かされるはずもなく、モーガンは両手を頭の後ろに置き、大きな欠伸をかいて余裕綽々な態度を見せた。
力の無さを痛感しながら、それでも自分の意志でこの場を打開しようするエリス様は、とても哀れに思えて声をかけることを
「どきなさい……。どきなさい……」
「なんだぁ? もう終わりかぁ? それがお前の全力か? それで争うのをやめて下さいなんて、よく言えたもんだな。誰がお前みたいな弱えぇ奴の言う事を聞くってんだ? 俺一人まともに動かせないお前が、誰に命令してんだよ」
涙を流すエリス様に、モーガンは追い討ちをかけた。返す言葉が見当たらない王女は、歯を食いしばって服を引っ張り続ける。何度も、何度も、まるで諦めようとしなかった。
「エリス様……もうおやめ下さい」
鳴り響く重低音。部屋全体が揺れ、天井から埃が落ちてくる。外で騒ぎが起きている。【
住人たちは山の奥深くに避難していて負傷者はいなさそうだった。
「どうやら、外じゃ戦いが始まったみたいだなぁ。あーあ。俺も行って戦いたかったぜ。クソッタレが」
争いを羨ましがるモーガンの前にエリス様は崩れ落ちた。間に合わなかった、自分のせいで街が攻撃されている。思っているのはそんな所だろう。小さな背中が震えている。もう見てはいられない。
僕はエリス様の背後に跪き、進言した。
「エリス様。なぜ、エリス様は私にご命令して下さらないのですか?」
エリス様は振り向く、その目は涙に溢れていた。
「私はエリス様の従者なのでしょう? 従者であるならば、主人の意に従うのは当然のこと」
「また誰かに頼るつもりか? 王女様は良いよなぁ。そうやって他人に任せてりゃ良いんだもんなぁ」
モーガンは横からヤジを飛ばす。でも、僕の目を見つめるエリス様には、まるで聴こえていない様子だった。
「従者とは主人の剣となり盾となる者。自分の意思で道具を使って何が悪いのか、私には皆目検討もつきません。……エリス様、貴女の望みは何なのですか?」
エリス様は弱気な心を捨て、落涙させながら強い眼差しで言う。
「私の望みは、争いを止めること。リングリッド王国は第三王女、エリスティーナ・フォン・リングリッドが命じます。ケイル、我が従者よ。どうか、この争いを鎮めて下さい」
真に自分だけが頼りにされた時、神童の集いでは感じなかった充足感に満たされて、胸が熱くなる。自分の人生で1番に達成したい、いや、達成すべきクエストに出会った気がした。
「お、おいおい。まじかよテメェ……うごっ!?」
【
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