第30話 腕試し

「エリス様、エリス様」


「ん〜? はっ⁉︎ な、何でしょうか⁉︎」


 部屋に戻るとエリス様は二度寝していた。旅の疲れが、まだ残っているのだろう。

 エリス様は猫のように背伸びをした後、僕の姿を見て急に起き上がり、髪を解かしながら姿勢を良くした。寝ているエリス様を起こすのは忍びない想いだが、勝手な行動をする前に相談する必要がある。


「少し問題が起きまして……アメルダさんが腕試しをしたいと持ちかけて来ました」


「腕試し?」


「自分の実力が如何程のものか、従者である僕を相手に試してみたいそうです」


「……早速、ご迷惑をかけてしまったようですね」


 王族の従者と紹介しなければ、アメルダが僕の実力に期待することもなかっただろう。エリス様は申し訳なさそうに眉を顰めた。


「いえ、迷惑ではございません。戦うために必要な矢を用意してくれると、アメルダさんは言っています。貴重な鉄の矢を製鉄所で作れるかも知れないと。私はこの腕試しを引き受けようと思うのですが、よろしいでしょうか?」


「ケイルが必要と思うなら、私はそうするべきだと思います」


 エリス様の了承を得て、アメルダと共に一階にある製鉄所へ向かった。まだ早朝だと言うのに、職人たちは既に鉄を打ち続けていた。炉は一度冷ますと、暖め直すのに時間が掛かるから、きっと交代で見張りながら火を焚いて、1日中鉄を打ち続けているんだろう。


「オルバー!」


「あぁ? なんだ頭領! また見学かぁ⁉︎ こっちも忙しいんだ! 用がないなら話しかけないでくれ!」


 アメルダが話しかけたのは、昨日にも会った耐熱エプロンをつけたガタイの良い男。片方のレンズが割れた丸眼鏡の職人だった。鉄を打つ音だ煩くて、大声を出さなくちゃ相手の耳には届かない。


「用はある! オルバー、お前、矢は作れるか!」


「矢だとぉ⁉︎ ……作れねぇこともねぇが。どういうのが欲しいんだ⁉︎」


 アメルダはこっちを見て意見を伺う。

 鉄の矢か。まさかこんな所で手に入るかもしれないなんてね。

 安価な矢でなければ複製できない銀の矢筒では、鉄の矢をコピーすることは出来なかった。数に制限がある矢ではSランククエストには出かけられないので、神童の集いにいる時は、安い普通の木の矢を使っていた。

 というか、王都の製鉄所や鍛冶屋では、クロスボウの矢ならまだしも、需要の少ない短弓の鉄の矢なんて、誰も作ってくれなかった。


「直径1cmで長さは1メートルくらい、先端は尖らせずに球体状に丸めてください! こちらでコントロールするので羽は必要ありません! 切断面に弦を引っ掛ける溝を入れてくれると助かります!」


「尖らせないのか⁉︎」


「アメルダさんと戦うので模擬戦用の安全な矢を作って欲しいんです!」


 魔導士学園では、模擬戦に挑む矢は全部先端を丸め、緩衝材をつけたものを使っていた。

 丸めた方が多少は殺傷能力が落ちる。それでも僕が本気で放てば、人の頭を吹っ飛ばしてしまいかねないが、そこは力加減で何とかするしかない。


 薄い大きな鉄板をノミとハンマーでざっくりと叩き切り、竈門で柔らかくしたあと小槌で形成していく。先端に熱した小さな鉄の塊をくっ付ければ、あっという間に鉄の矢(模擬戦用)は完成した。


「こんなんでどうだ⁉︎」


「ははー! 流石はオルバーだ! お前はこの国1番の鍛治師だな!」


 アメルダは手放しで喜んでいる。

 手に取って矢を確認したが、歪みが酷く、厚みも均一では無かった。製鉄所の人たちが鉄の矢を作ってくれなかったのは、需要もなければ単純にそれが難しい作業だったからかもしれない。

 目と耳と手の感触だけで、鉄を細い円柱に成形するのは、玄人の職人でも簡単なことではないってことか。

 とでも上出来とは言えないが、贅沢は言っていられないので有り難く頂戴しておこう。


「何本欲しいんだ⁉︎」


「出来れば20本ほど!」


「流石に時間がかかるぞ⁉︎」


「少しアメルダさんと手合わせしてくるので、時間が掛かっても構いません!」


 アメルダは腕を組んで首を傾げる。


「手合わせってお前、矢一本でこの俺と勝負するつもりか?」


「はい。一本あれば実力を試すことは出来ます」


「……はは。舐められたもんだな」


 アメルダはニヤリと笑だが、目は穏やかではなかった。一本あれば実力を測れると言ったことに他意は無かったが、アメルダには挑発と捉えられてしまったかもしれない。


 瓦礫の山から出て、旱魃した土を踏む。

 15メートルほど距離をとり、戦いのイメージを膨らませる。

 いよいよ腕試しをしようかというのに、アメルダは武器すら持ってきてない。一体どうやって勝負するつもりなんだろうか。


「アメルダさん! 武器は何処にあるんですか⁉︎」


「武器なんていらねぇよ! 俺は、この拳だけで戦うからなぁ!」


 舐めているのはどっちだ。と言いたかったが、アメルダの表情を察するに、どうやら冗談ではないらしい。

 まさか武闘家? そんな戦い方は弓使いよりも不人気な部類なのだが、それがアメルダの戦闘スタイルなのか? 凄く珍しいな。


「矢一本でこの俺に挑んだこと、後悔すんじゃねぇーぞ⁉︎ さぁ、どっからでもかかって来やがれ!」


 どっからでもか……。さて、どうしたものか。

 この距離で力を入れれば、人が反応する限界を超えた矢を放つことが出来るが、それでは流石に腕試しにならない。

 それに対人戦は魔導士学院の授業以来だ。あの頃は僕もまだ冒険者にもなって無かったし、そんなに強い矢も放てなかった。でも、いまは違う。下手を放てば人を簡単に殺せてしまう。上手く力加減を出来るかどうか自信が無かった。


「いえ、アメルダさんの方からかかって来てください! 5分以内に僕に一撃を喰らわせられたら、そちらの勝ちということで」


「……どこまでも舐め腐りやがって」


 アメルダは勢いよく踏み込み、15メートルの距離を一歩で近づいてきた。

 【風速操作ウェザーシェル】を使って風に乗って素早く後方にかわす。

 叩きつけられたアメルダの拳は地面を抉る。拳からは炎のオーラが燃え盛っていた。


(う、うそ……)


 アメルダは型破りなフォームで僕を殴ろうと追いかけ続ける。跳躍する脚力は人並外れているが、速さ自体は大したことないし、簡単に避けることができた。でも、炎のオーラの熱射が何度か頬を焼いてヒリヒリと痛む。

 魔法の詠唱もしてないし、本能で体内の魔力を筋力に変換している感じ。まさに我流だ。


「くそ! ちょこまかと逃げやがってぇ!」


 拳で地面を叩き潰すと、小さな小石が辺りに炸裂した。身を低くして何とかかわしたが、魔法の範囲攻撃にも似た現象。それはアメルダが自分で編み出した技だった。


 Sランクモンスターとの対峙では、ほんの一瞬の隙が命取りになる。はっきり言ってアメルダの攻撃からはその気迫は感じ取れない。才能の塊であることは間違いないが、誰かに学ぶことも出来ながった拳は、僕には通用しなかった。


「それじゃあ、もうすぐ5分ですので」


 バックステップで一気に100メートルほどの距離を取る。流石のアメルダの跳躍もここまでは3秒ほどかかる。3秒もあれば、僕が矢継ぎを済ませるには十分すぎる時間だった。


 アメルダの身体能力を鑑みて、かわせないと思われるギリギリの速さの矢を放つ。アメルダはこちらに向かって走って来ているので、僕の矢は余計に早く見えるはずだ。避けられる可能性はゼロ。


 しかし、矢はアメルダの頬を掠め、当たることは無かった。


 これは模擬戦。相手を傷つけるだけが勝ちじゃない。実力の差を示せば、それでいいのだ。

 それに、周りを見ると騒ぎを聞きつけたローデンスクールの住人がこちらを見てアメルダを応援している。

 ここに身を置かせてもらう者として、長である彼女に恥をかかせる訳にはいかないと思い、わざと外した。

 是非ともアメルダには、その思いやり精神を汲んで頂き、拳を寸止めして頂きたかったのだが、散々避けられてイライラしていたアメルダの目は、本気で僕を殺そうとしている獣のそれと大差なかった。


 顔面に激痛を感じ、空を眺める。懐かしい、この痛み。ロイド様にも似たこの腕力こそが、クロフテリアの長たる由縁なのだと妙な確信を得ながら、僕の意識は途切れていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る