第29話 仮の従者

「ケイル、お前は王女のなんなのだ?」


 なんと答えるのが正解なんだろう。


 僕は、身分を偽ってる。

 僕はパーティを追放されたアミル・ウェイカーでケイルなんて人間は、そもそも存在しないんだ。だから、エリス様の前にいる僕も存在していない架空の冒険者。

 僕はただ、自分が認められたくて、誰かに必要とされたくて、自分でもその本意に気づかないまま、ここまで着いてきてしまったに過ぎない。


「ケイルは……私の従者です!」


 え……? 従者……?

 誰が……? 僕が……?


 横に座る第三王女の目は、アメルダを説得させようと必死だった。きっと僕の身分を保証しようとしてくれているのだろう。それか酔っ払っているのかもしれないし、真に受けて良い話じゃない。


「随分と若い従者だなぁ。ひょろっひょろだし、全然王女を守れそうに見えないぞぉ?」


 アメルダの方は完全に出来上がっているようで、意地悪な目をして絡んできた。


「ケイルは強いですよ! もう私の命を何度も救ってくれています! 馬鹿にしないで下さい!」


 大きな声を出すエリス様。頬が赤いし、やっぱり酔っ払ってるんだな。お酒に強いのかどうか、飲まれる前に聞いておくべきだった。


「別に馬鹿にやしてねぇよ。俺はてっきり、亡命した王女の恋人なのかと思ってなぁ」


「こ、こ、恋人⁉︎」


「ははぁん? んな顔を真っ赤にしてるってことは、さては図星か? 亡命したって言うのは嘘で、本当はケイルと駆け落ちして来たんじゃないのかぁ。ヒューヒュー! お熱いね!」


「そ、そ、そんなんじゃありません!」


「エリス様、お酒はもうその辺で。アメルダ様、あまりエリス様を揶揄わないでください」


「へいへい。従者様ぁ」


「酔いも回ったようですし、そろそろ部屋に戻らせて頂いてもよろしいですか?」


「あぁ? これからが楽しい時間だろう」


「はぁ……俺が案内する。着いてこい」


 朝まで飲んだくれていそうなアメルダを無視し、ずっと側で見守っていたモーガンが助け舟を出してくれた。


「ここには来客用のホテルなんてもんはねぇ。悪りぃがテメェらは同じ部屋で寝泊まりして貰うぜ」


 最初に目覚めた部屋に戻ってきた。今日はもう遅いし、眠ることにしよう。

 ……あれ? この部屋、ベッドが一つしかないぞ。


「あのモーガンさん! この部屋、ベッドが一つしか無いんですけど!」


 過ぎ去ろうとしたモーガンは、振り返ることなく親指を立てた。どういう意味なんだ、その親指は。せめて、別にもう一枚毛布とかくれないのか。


「仕方ありません。僕は床で寝るので、エリス様はベッドでおやすみになってください」


「……べ、別に……一緒に寝られないほど、ベッドは狭くありませんよ?」


「え……?」


「疲れているのは、ケイルの方なのだから、ちゃんとベッドに横にならなきゃダメですよ」


「いや、僕は何処でも寝れますので」


「ダメです! 一緒にベッドに寝てください!」


 ……どうして、こうなった。


 強引に押し倒されベッドの奥へと寝かされると、エリス様がすぐさま隣に寝てきて退路を断たれた。この大胆な行動、やはり酔いが回り過ぎているようだ。

 暗い部屋には、小石程度の紫タイプの小さな魔光石がやけにムーディーな照明を焚いている。絶対に出会うはずのない第三王女が、同じベッドに寝てるなんて、常識的に考えられない。エリス様の吐息が聞こえる……気が変になりそうだ。

 落ち着け、壁の方を見ていよう。壁と心を一つにして無我の境地に逃避するのだ。


「ケイル……」


「はいっ⁉︎」


「さっきの話……気にしないで下さいね」


「……さっきの話?」


「貴方のことを従者と紹介したことです」


「ああ、はい。気にしていません。僕の身分を保証しようとしてくれたんですよね?」


「……ええ、その通りです。その場凌ぎの嘘に過ぎません。ですが……不愉快とは思いますがクロフテリアここにいる間だけは、私の従者として話を合わせておいてください」


「不愉快だなんて……そんな事、思いませんよ」


 従者……か。リングリッドの王族に仕える従者は、かつて魔王を倒した勇者の末裔のみと決まっている。僕では、まるで釣り合わない。嘘と分かっていても、畏縮してしまうな。


「おやすみなさい。ケイル」


「おやすみなさい。エリス様」


 エリス様と背中同士を密着させて眠るのは、どんな過酷な条件下でも寝れるように訓練してきた僕でさえ至難の技だった。

 グリフォンが城壁を飛び越える数を、永遠と頭の中で加算していき、僕はなんとか眠りについた。


 爆発のような音と振動が部屋を包み込み、僕とエリス様は飛び起きた。誰かが「バンバン」と鉄の壁を叩いている。嫌がらせかと思ったが、地震のように揺れる音の規模は一人や二人で済むようなものではなく、住人全員が一斉にやっていることだった。

 何事かと恐怖を感じたが、音は10秒ぐらいして小さく、そして遠ざかっていった。


「な、何だったんだろう……」


「すみません。言うのを忘れてましたね。起床の時間になると、みんなで壁を叩いて目覚めさせるんだそうです」


「な、なるほど……。これがここの目覚まし時計なんですか。少し外に出て偵察して来ます。エリス様はどうぞごゆっくり」


「は、はい」


 僕が丸一日気絶している間にエリス様はこの爆音を経験していたらしい。

 了承を得て外に出る。標高の高いローデンスクールから望む朝日は、樹海の露をキラキラと反射させて、幻想的な景色が広がっていた。

 手に力を込める。魔力は5割くらい回復していて、体の調子も元に戻りつつあった。

 【鷲の目イーグルアイ】を発動させ索敵をする。半径5キロ以内に不審な人影は見えなかった。


「ん〜。最高の眺めだね。ここは」


 背伸びをして新鮮な空気を味わう。ここ数日、ずっと追われる恐怖の中にいたから、こんなにゆったりとした朝は久しぶりだった。


「さて、今日はどうするか……」


 やらなきゃいけないのは、まず矢を手に入れることだ。矢筒の中は空っぽで、今の僕には戦う手段が無い。身を隠す方便だったとしても、従者としてエリス様の側にいるからには、それなりに戦えなければ話にならないだろう。

 矢に使えそうな木がないか樹海を見渡す。


「うぇえええ」


 清々しい朝に、吐き気を催す声が響く。


「……大丈夫ですか? アメルダ様」


「だから、俺に様はいらねぇって言ったろ。これくれぇ大したことねぇオロロロロ」


 あれから随分と飲んだのだろう。二日酔いのアメルダが吐き散らかしていた。失礼ながら頭領の尊厳みたいなものは、この人には微塵も感じられないのだが、どうしてこの人が長として選ばれたのだろうか。


「よぉ、ケイル。俺と一勝負といこうじゃねぇか」


「はい?」


「お前は従者で強いんだろ? その力、ひとつ試させてくれよ」


 フラフラした体で何を言っているのか。酔いで何を言ってるのか自分でもわからないんだろうな。


「言っておくが、お前に拒否権はねぇぞ。俺と戦うのは、お前らをここに置く条件だからな。へへ」


「冗談ですよね?」


「俺が冗談を言う人間に見えるか?」


「……見えますよ?」


「なっ⁉︎ 見えたとしても、これは冗談じゃねぇんだよ! 俺はこの国を守る頭領として、自分の実力を確認してぇんだ。自分の力を知らなきゃ、強くなることも出来ねぇからな」


 荒唐無稽な酔っ払いの妄言かと思ったのに、アメルダの目には意志がある。僕たちをここに置く条件だと言うなら、確かに拒否権は無さそうに思える。でも……。


「ご協力したいのは山々ですが。今は矢を切らしてて戦えないんですよ。矢を探しに行ってからでも良いですか?」


「矢? 矢が欲しいのか?」


「はい」


「だったら、製鉄所のオルバーに作らせろ。あいつならきっと鉄の矢も作れるはずだ」


 これは、何とも嬉しい言葉。美味しいご飯を食べるより、美しい景色を眺めるより、弓装備の充実の方が僕にとっての幸せだ。ましてや矢を作れる職人がいると聞けば、物凄くテンションが上がる。


 アメルダと戦うのは面倒なことだが、鉄の矢を手に入れられるなら、ここは指示に従うよりないだろう。

 勝手に居なくなっては心配させてしまうかもしれない。エリス様に報告するため、僕は部屋に戻った。

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