第25話 追っ手
真夜中。2日間、ぶっ通しで跳躍し続けた。
測量したことのない道に来たということは、既に首都から150キロ以上は走り続けたことになる。
回復魔法を繰り返し使い続けたエリス様は、意識を朦朧とさせて腕の中で力なく休んでいた。
そして、僕の体力にも限界が訪れ、とうとう足が止まる。
追っ手は来ているだろうか。
休憩に入る前に最後の魔力を使い、全力の【
一万を超える魔物たちはいるが、人影はない。
魔力を使い果たし、跪く。エリス様を寝かせたが、疲れ切った様子で反応はなかった。
「限界だな。少し……休もう……」
僕は体力を使い果たし、エリス様の横に倒れ込んだ。もう指一つ動かせない。視界はどんどんと霞んでいく。
警戒を解いてはいけないのに、僕は襲ってくる睡魔に抗うことが出来ず意識を失った。
ーー遠くから聞こえるクリフバードの喧しい鳴き声に目が覚める。
体が鉛のように重い。起き上がるのが憂鬱で仕方がない。目の前にエリス様の寝顔が見える。眼球だけを動かし辺りを見ると、空は薄らと明るくなり始める頃だった。
4、5時間寝たのだろうか……まさか、丸一日なんてことはないよな……。
魔物によく襲われなかったな。幸運としか言いようがない。それとも、神様が僕らのことを守ってくれて居たんだろうか。
「お目覚めですか? ケイル」
もう一度エリス様を見ると、銀色の目はこちらに向けられていた。どうやら体を動かさなかっただけで、ちゃんと起きていたらしい。
「大丈夫ですか? エリス様」
「私は平気です。体が凄く重いですが」
枯渇症の症状がエリス様の体にも起こっているのだろう。早く何かを食べさせないと、寝ているだけじゃ魔力は回復しない。
「ケイル。私が寝ている間に、何かを話しておられましたか?」
「……いえ。僕は気を失っていたので」
「誰かの声が、聞こえた気がしたのですが……」
「どんな声ですか?」
「清らかで、それでいて力強く暖かい、女性の声でした。ずっとずっと、私の名を呼んでいて……」
「それはもしかしたら聖霊の声かもしれませんね」
「聖霊……?」
「聖霊付きの人間は、稀にその声を聞くことがあると先輩の冒険者に教わったことがあります」
「聖霊様の……声……」
「かつて魔王を討ち倒した勇者パーティのメンバーにも聖霊の力を使役する者がいた」というのは、今はもう隠居したSランク冒険者の先輩に教わった話で、それは御伽噺のような伝承に過ぎなかった。
もしかしたら、枯渇症の特徴にある幻聴の類いかもしれないが、それを言っては興醒めだろう。エリス様も嫌そうな顔をしてないし、不安を煽らないためにも今は聖霊の声ということにしておこう。
「すみません……今、起きます」
根性だけで体を起き上がらせ、エリス様をなんとか木にもたれさせるように座らせた。
「食料を取ってきます」
「無理をしないで、ケイル」
「こうやって魔力が枯渇した状態になると、もう食べること以外では回復しづらくなります。急いで食べて、栄養を補給しなくてはいけません」
僕らを起こしてくれたクリフバードを寝惚け眼で撃ち落とし、火で炙って完成。皮を剥ぐ作業も、羽を毟る作業も怠り、食べながら焦げた羽をどかすという、もう完全に料理とは呼べない食事を、お腹の中に押し込んだ。
「ケイル……」
「はい」
火を見つめながら出る僕を呼ぶ声は、疲れが残っているせいか弱々しく感じられた。
「貴方はどうして、私を助けてくれたのですか?」
無垢な心と王女として生きる覚悟を交えた真剣な瞳が、僕をじっと見つめている。どうして助けたのか。何度も自問自答して見つけられなかった答え。もう一度思案するが、やっぱり自分の感情を明確に表現できる言葉を僕は持っていなかった。
「僕にも、分かりません。助けたかったから助けた……体が……勝手に動いてたとしか言えません」
「助けたかったから助けた……でございますか……」
エリス様はそれ以上の追求をすることはなかった。それは助けてもらったと言うには時期尚早な、樹海の中だったからかもしれないが、僕にはエリス様が気を遣ってくれていたように思えた。
「あとどれくらい歩くのでしょうか」
「分かりません。とにかく北に歩けば、いずれは着くと思います」
「ケイルは、クロフテリアに行ったことは?」
「ありません。全くの未知の領域です」
棒になった足を動かし、エリス様の手を握りゆっくりと前に進む。エリス様を抱えて走るには、まだ魔力回復の時間が足らなかった。
それでも警戒は怠ることができないので、僅かな魔力を使って【
1キロ、2キロ、3キロ、4キロ。
視界が5キロ後方を捕らえた時、複数の人影を捉え、思わず振り返る。顔に青のニ本線。テルストロイの兵士たちだった。
彼らは普通に全速力で走っているだけで、僕の跳躍に比べれば速度はそれほど早くない。でも、よく見ると一人一人が回復薬の瓶を持ち、ある者は飲みながら走り続けていた。
回復薬は安くても一本で金貨1枚はする。どうやら僕はアンガル王の逆鱗に触れたらしい。財力に物を言わせた追跡を見ると、その本気さが伝わってくる。
そして、追ってきている100人あまりの兵士たちは全員が手練れの兵士のようで、地元だからこその地の利で最短ルートを熟知していたことも、追いつかれた要因の一つだった。
「走ってください! 追っ手が来ています!」
エリス様の手を取って走る。
フラフラとする体は、思うように前に進まず追っ手が出すスピードの方がずっと早かった。
このままじゃ直ぐに追いつかれる。時間を稼がないと……。
「エリス様、先に行ってください! 僕が食い止めます」
「そんな! ケイルを置いてなど行けません!」
僕が止まると、エリス様も止まってしまい、決してそこを動こうとしない。その必死の形相は、もう2度と誰かを置いていきはしないという、セバスへの後悔を裏返したような強い意志を宿していた。
1人で先を走らせても、今度は魔物に襲われる可能性が出てくる。とにかく今は牽制して、追っ手の足を止めないと。
(【
的確に捉えたつもりの矢は、想像よりも3メートル右に外れた。魔力が安定せず、集中力が続かない。もう一度矢を射ようとしたが、腕に力が入らず、息を切らして引いた弦を戻してしまう始末だった。
「走りましょう! ケイル!」
「は、はい!」
回復薬を持つ兵士たちは、常に全速力を保って走ってくる。勝算のない逃走。追いつかれるのは時間の問題だった。
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