第24話 再びの逃走

 悪徳騎士の策謀で王女は売られた。直にこの街にリングリッドの騎士団がやってくる。アンガル王の怒りも買っただろうし、今度はテルストロイの兵士たちも捜索に加わるだろう。大規模な捜索クエストを発行して、街に一杯いる冒険者たちを使うかもしれない。

 樹海の中に逃げ込んでも、身を隠すのには限界がある。

 また国境を越えて逃げ果せるしかない。隣国はクロフテリアかリングリッド。この場合、もう逃げ込める道は一つしかなかった。


「直ぐに追っ手が来ます。こうなったら、クロフテリアに逃げ込むしか有りません」


「ク、クロフテリア……」


 ならず者国家の名を耳にすれば、誰だって良い気分にはならない。イメージするのは顔に傷を持ったイカツイ荒くれ者たちの集団。

 そんな場所にエリス様を連れて行くのは気が引けるが、贅沢な道を選んでいる猶予はない。


「とりあえず、服を手に入れましょう」


 アンガル王への挨拶に粗相の無いようにと用意した白いドレスは、身を隠すには目立ち過ぎるし機動性も無い。エリス様を抱き抱えたまま、看板に「フレスタ」と書かれた市場の女性用服屋に駆け込む。女性用の装備品の良し悪しは、僕にはよく分からないので、お店の女店主に丸投げすることにした。


「すみません! 金貨7枚で買える冒険者用の服を一式ください!」


「金貨7枚じゃ中途半端な物しか買えないよ。……そのドレス、なかなか良さそうじゃないか。こりゃ、一級品の代物だね」


 女店主はエリス様の服を摘み、質感を確かめる。


「コイツを売ってくれるなら、金貨23枚と交換してやるよ。金貨30枚あれば、それなりに良い服と靴、それに軽装の皮の防具もつけられるよ?」


 亡命に失敗した今は、謁見用に着飾る必要もない。僕がエリス様の目を見ると、小さく頷いて売却を了承してくれた。


「それでお願いします! すみませんが急いでください!」


「訳ありのようだね。こっちにおいでお嬢さん。最近流行りの一番良いやつを見繕ってやろう」


 適当な服と靴を持った女店主は、エリス様と共に奥の更衣室に入った。

 冒険者用の服屋では、裾や腕、胴回りの締め付けや、足の形に合わせて靴の形を調節してくれたりと、一人一人に合わせてコーディネートするだけじゃなく仕立て直しもしてくれる。

 体に合わない服を着れば、それだけ機動力が落ちる。服屋がそこまでしてくれるのは、命を賭けて戦う冒険者たちにとって、自分の体にあった衣服と防具が必需品だからだ。

 男と女で仕立て方に違いがあるか、着替えを覗く訳にはいかないので分からないが、服屋に勤める人の殆どが【精密裁縫グリードメイク】を持っていて、服の繊維の一本一本を自分の手足のように操って仕立て直すことができる。

 まるで服が生きているように、目の前であっという間にほつれたり縫われたりが繰り返されるので、原理が分からない素人には、どうやって操作してるのか想像もつかないくらい難しい作業に見える。


 5分後、仕立て直しが済んだエリス様が更衣室から出てくる。

 服は細い体のラインに合わせて程よい遊びを残している。軽装の皮の防具も、エリス様の体に合わせて調節されている。見た目も女性らしさを失わず、どことなく可愛らしい。それは着ている人の秀美さがものをいっているのだろうか。どちらにせよ幸運なことに、ここのお店の店主は仕立ても服選びも名手だったらしい。


「こ、こういう冒険者の服を着るのは初めてなのですが……いかがで、うわっ!?」


「ありがとう! これ、お金です!」


「毎度あり! 何があんのか知らないが、女の子を守ると決めたなら、しっかりとおやりよ!」


「はい! 出来る限りやってみます!」


 僕は持っていた金貨を布袋ごと全て渡し、服の感想も告げないまま再びエリス様を抱えて跳躍した。

 一考せずテルストロイの樹海に入る。クロフテリアを目指し、北に進路をとって巨大な木々を交わして進む。

 北の樹海はBランクモンスター、稀にAランクモンスターも出没するテルストロイ国内で最高難易度の領域。まだ神童の集いが駆け出しだった頃に、何度ともなく来たことがある。

 首都から150キロ北上したあたりまでは【地形測量グラビスサーチ】済で、地形は記憶してるから最短ルートで進んでいける。夜の暗い樹海の中では、記憶した測量結果だけが足元の頼りだった。


 朝日が登るまで走り続けた。いつの間にかにエリス様は腕の中で眠ってしまっていた。


「エリス様、エリス様」


「ん……。は!? すみません、私としたことが」


 寝顔を見られたエリス様は、顔を赤くして小さく取り乱した。目覚めは良好らしい。


「すみません。少し休憩します」


 エリス様を下ろし、大木に背を預けて座る。抱える腕、跳躍する脚、【風速操作ウェザーシェル】で完全に魔力が枯渇した。一度腰を下ろすと、立ち上がれなくなるほど体中の力が抜けてしまった。


「【聖霊の祈りアテナス】」


 体が暖かい光に包まれる。

 エリス様が僕の肩に手を置き、回復魔法をかけてくれた。全身に活力が戻ってくる。心なしか魔力も少し回復してる気がする。普通の回復魔法じゃ、相手の魔力を回復させるなんて不可能だ。魔導士学院では聞いたことのない名称だが、この魔法は、エリス様が持つ特別な力なのかもしれない。


「セバスさんを助けられなくて、すみませんでした」


「いいえ。貴方は何も悪くありません。悪いのは、考えが甘かった私の方……。私が無力なばかりに……」


 悲傷を抱えたエリス様は言葉の力を弱くした。セバスがもしこの場にいたら、きっと自分の事を置いて逃げろと言っただろう。最後の最後まで、エリス様の身を案じ、アンガル王を睨みつけていた姿を思い出す。


「今は逃げることに集中しましょう。悲しむのは、安全な場所に行ってからです。セバスさんもきっと、エリス様が無事であることを一番に望んでいるでしょうから」


「……」


 エリス様は答えなかった。中途半端な慰めの言葉じゃ、自分の部下を置いてきた罪悪感は拭いきれないらしい。


「ありがとうございます。お陰で楽になりました。もう少し逃げておきましょう」


 回復してもらって、もう少し走れそうだ。こうやって回復と移動を繰り返せば、かなりの距離を移動できるけど、それもエリス様の魔力の回復が追いつかなくなれば止まる。

 申し訳ないがエリス様が倒れるまで、この移動は繰り返す。今は出来る限り首都から距離をとっておきたい。無理をしてでも先に進もう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る