第21話 偵察

 数日の時が流れた。

 首都マディスカルの宿は遠出した冒険者が多いから、ぎゅうぎゅう詰めという印象がある。

 箱状の宿泊部屋が積み重なり、それが奥に横に並べられ、通路の木板で互いにくっついて、遠くから見ると全体が巨大なサイコロのようにみえる。


 部屋の中はベッドと机、蝋燭の灯りしかない。「貧相」と口から失礼な言葉が出そうになるが、これは彼らの生活が貧しいせいではなく、何もないことを愛でるテルストロイ人の文化なのだ。


 デッドスパイダーの糸を撚り合わせて、弦輪つるわ(弦の両端のわっか)を作りゆはず(弓の両端にある弦を引っ掛ける場所)にかける。

 もう何百回と繰り返した工程、弦の張り替えはあっという間に終わった。


「よし、これで完成」


 弦を指で弾き、強度を確かめる。蔓の弦とは違う「ビンビン」という高い音が、何とも心地良い。


(うん、弦を張り替えただけでも、なんかちょっと強くなった気がする。……弓は竹だけど……)

 

 テルストロイに自生する木の中で、弓に適した物は無いんだろうか。自然を愛するテルストロイ人なら、知っていてもいいはずだけど、市場に一本も弓が売られてなかったことを考えると、ここの人たちも弓離れが進行してたりするんだろうか。

 もしそうだとしたら、かなり悲しい。というか弓の修繕をしてくれる人が居ないと、ここで冒険者としての活動するのも大変になってくる。


 いっそドワーフの国に移住するのはどうだろうか。あそこでは武器や防具の職人に困る事はない。エルフの顧客が多いから、未だに弓作りも盛んだ。

 

 ただなぁ。

 ドワーフの国、ドルトンハイルは大陸の反対側にある。

 壁となるのは、ならず者自称国家「クロフテリア」、高い山々が連なる「ドラゴンの里」とSランクモンスターしか出ない大陸の中心地「魔境アンデルセル」、そして今さっき亡命して来た騎士の国「リングリッド」。


 普通なら迷わずリングリッド経由で移動するけど、そこが使えないとなると、ならず者クロハテリアを越えてドラゴンの里を通ることになる。

 クロフテリアの住人は素行は荒いが、そんなに強い人は居ないので、たぶん僕一人でも越えられると思う。

 でもドラゴンの里はそうもいかない。彼らドラゴンたちは長命で、基本的に生きることに飽いている。一つの派閥は戦うことを授業のように捉え、通り過ぎる者全員に面白半分で戦いをふっかけてくる。一匹一匹が天災級のモンスターに匹敵する古来の王たち、出来ることなら近づきたくはない。


 武器や防具のために移住するには、些か動機が足りなくて気合が入らないな。もうしばらくここで考えて、様子を見ようか。


 窓の外みる。灯りの少ない夜のマディスカルに、魔光石でライトアップされた悠然と輝く本城が浮かび上がる。防護魔法のために埋め込まれた魔石がキラキラ反射してて綺麗だ。

 エリス様は今頃なにをしてるだろうか。城内で豪華な晩餐会でも開かれて、盛大に歓迎を受けているだろうか。もしそうだっとしたら、僕も嬉しい。ここまで護衛してきた甲斐があるってものだ。


 【鷲の眼イーグルアイ】で場内を見る事は出来ないだろうか。

 目を凝らしてみたが、残念ながら視覚阻害の防護魔法が張り巡らされており、外部から中を覗く事は出来なかった。しかし、ふと市場の方を見ると、見覚えのある姿が目に入る。


(あれは、あの時の悪徳騎士……)


 何かを布袋に入れ、大事そうに抱えて走る騎士の姿は、アデレードで住民を痛めつけていた不良な騎士だった。


 何でこんなところに? こんなタイミングで?

 エリス様が城に入り、もはや逃げ切ったものと考えていたが、あの騎士の姿を見ると途端に不安感が湧き上がってくる。


(念のため、ついて行ってみるか)


 窓から飛び降り、【風速操作ウェザーシェル】で跳躍、屋根を伝って悪徳騎士を追いかけた。


 彼は城門の前に立つ。一介の騎士が急に訪れて通してもらえる筈もなく、門番たちに止められている。

 しかし、少し時間が経つと中から顔に黄色い線の書かれた貴族がやってきて、悪徳騎士は中へと入って行ってしまった。

 

 おいおい。城内でエリス様と鉢合わせしたらどうするんだ。エリス様の亡命に協力したのなら、今は不用意に騎士を入れるべきでは無いと思うんだけど……。


 一人の騎士に出来ることなんてたかが知れてる。心配する必要もないかも知れないけど、相手があの悪徳騎士だと……。


 物事を深く考えすぎるのが僕の悪い癖だ。だけど、念には念を入れて後悔することも少ない。

 あの騎士の目的が何なのかだけでも、城内潜って聞いておきたいな。


 【狩人の極意マースチェル】で気配を消し、城門を素通りする。門番は微塵の気配も感じ取れない。

 城の外側には魔法障壁が貼られている。もしかしたら感知系のトラップが張り巡らされてるかも知れない。普通なら術式を見れば、その効果ぎ分かるもんだけど、テルストロイの魔法は独特で僕には解読不可能だ。


 その時、酔っ払って帰ってきた貴族が城へと帰ってきた。貴族と同じタイミングで城内に入ると、案の定、何らかの魔力感知が働き、天井から鉄柵が降りてきた。

 【風速操作ウェザーシェル】で自分の体を吹っ飛ばし、鉄柵が降り切る前に中へと侵入できた。


「何者だ!」


「へ? なぁにものだぁ? きさまぁ、だれにヒック……向かってものを言ってあるのだ」


 城内に侵入しても【狩人の極意マースチェル】の効果は阻害され無かった。僕の気配に気づかない兵士たちは、感知の原因を酔っ払った貴族だと勘違いしている。


 城内は外見とは正反対に豪華な装飾や、家具で溢れかえったいた。質素さを愛するテルストロイとは思えない内装に困惑しながらも前に進む。


 一国の城に無断で侵入したら、当然タダじゃ済まないだろうな。

 だけど、ここまで苦労して護衛して来た依頼者を見捨てるわけにはいかない。

 杞憂なら、それはそれで構わない。亡命先まで護衛するという任務を完了するためにも、エリス様が本当に平穏に暮らせるのかどうか、こちらで偵察しておこう。

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