第20話 失速 ※
私の名はシェイル・エルバーン。
弱き者を者を庇い、希望の光を守る、誇り高き盾の騎士を目指す者だ。
私の所属するSランクパーティ「神童の集い」は、Aランクモンスター、バタフライサージェの討伐依頼をこなすため、王都から北へ300キロほどの離れた場所にいる。
バタフライサージェは鋼の翼を持った巨大な蛾だ。
常に群れで行動し、痺れを来す鱗粉を撒く。年に一度繁殖期を迎えると、バタフライサージェが出す大量の鱗粉が風に乗って王都まで飛来してしまうので、定期的に数を減らすためのクエストが舞い込んでくる。
基本的には体当たりと、突風を巻き起こすしか攻撃手段はない。冷静に対処すればSランクパーティの我々が引けを取ることは無いはずなのだが……。
「おい、何してやがる⁉︎ ちゃんと援護しやがれシェイル!」
ロイド様は魔物の群れに自分から突っ込んで行きながら、私の失態を指摘する。
私の【
私の側に来てくれれば、バタフライサージェの体当たりくらい、いくらでも弾き返せるというのにロイド様は常に無謀な先陣を切る。連携もへったくれもない。
「シェイル! こっちまで来て、俺を守れ! 馬鹿野郎!」
私の周りでは、レイシア様が【
そして、アミルの代役として加入した期待の遠距離攻撃要員、Aランクパーティ「白き誓い」の元メンバー、アトレ・マーカスが【
私は彼らを守らなければならない。その場を動くわけには行かなかった。
「シェイル!」
ロイド様は右から左からバタフライサージェの体当たりを受け、転げ回っている。
アトレ・マーカスの遠距離魔法は命中力に欠け、素早く飛び回る魔物には、まるでヒットしなかった。
最初はアトレに対する罵声が響いていたが、どうにもならないと見切りをつけてからは、怒りの矛先は私に向けられるようになった。
アトレはロイド様に散々激怒され、戦意を喪失し、涙を流しながら震えてしまい、余計に命中力を削いでいる。
「シェイル! こっちに来い!」
アミルなら……。彼の弓が有れば、ロイド様がどんなに無茶な行動をしても完璧に援護し、隙を見せることもなかったのに。
「シェイル! テメェ、後でぶっ飛ばしてやるからな! 覚悟しておけよ! クソが!」
リーダーの命令。私はそう胸に言い聞かせて持ち場を離れた。
「ちょ、ちょっと⁉︎ うっ⁉︎」
「ミリィ様⁉︎」
防護範囲から外れた瞬間、バタフライサージェの体当たりがミリィ様に当たる。
唯一の抑止力となっていたミリィ様の攻撃魔法が切れると、魔物の活力はさらに勢いを増し、ぐるぐると飛び回る無数のバタフライサージェの突風を受けて、私以外のパーティメンバー全員が吹き飛ばされた。
遥か彼方に消えていく仲間を見て、私はクエスト失敗を悟る。
「何してんのよ⁉︎ アンタ!」
「チームワークというものがまるでなってない!」
事務室に戻ると、早速ミリィ様とレイシア様はロイド様に詰め寄った。
今回はアトレが参加して初めてのクエストということもあって、一つランクを下げて依頼を引き受けた、様子見のはずだったAランク任務でまさかの失敗。Aランク以下でクエストに失敗するのは神童の集いを結成して以来、初めてのことだった。
「この役立たずの援護もろくに出来ない無能のせいだ! 俺は悪くない! 今までもこうやってやって来ただろう!」
ロイド様は肩を震わせるアトレを指差して言う。アトレは私と同じ男爵家の人間だ。公爵のロイド様には絶対に逆らう事は出来ない。
「アミルの援護があったから、アンタの無茶は通用したのよ!」
「アミル君が居た時は全員の背中を守ってくれてた。彼が居ない間は、密接して連携をとりながら戦わないと直ぐに足をすくわれる!」
「またアイツの話か! 何かあればアイツのことばっかし褒めやがって! 今回はたまたま無能で足手纏いな奴を引き入れちまっただけだ! 次はこうはいかん!」
ミリィ様とレイシア様は真っ当な敗因を説明しているが、ロイド様は聞く耳を持つ気は無いらしい。
「いつまでそこにいるつもりだ無能野郎! テメェなんて、もう必要ねぇんだよ! とっとと失せろ! ペテン師魔法使い!」
「も、申し訳……ございませんでした……。失礼します……」
アトレは背中を丸めて神童の集いの事務室を出た。
元いたパーティから無理に引き抜いたのに、一度失敗したら放り捨てる。横暴な公爵様の采配で、彼は一人ぼっちの無所属になってしまった。
「失礼致します」
私はアトレの後を追い、沈んだ肩に手を置いた。振り返った彼はシクシクと涙を流していた。
「……シェイル……すまない……僕のせいで神童の集いの功績に泥を塗ってしまった」
「お前のせいじゃないさ。それよりも、白き誓いには新しいメンバーの勧誘を待って貰っている。今ならまだ元のパーティに戻れると思うぞ」
「……シェイル……。すまない……恩に着るよ……」
その日から連日、また新しい人を無理やり引き抜いてAランククエストに挑んでは失敗し続け、その度に放り投げ出された者を元いた場所と地位に戻す作業に追われた。
5日連続でAランククエストを失敗した時、ギルド長からのパーティランク降格の警告書が届く。
「なぜだ! なぜだ! なぜだ! なぜだぁああ!」
ロイド様は怒りに身を任せ、警告書をビリビリに破り捨てた。
「アミル君を探しましょう。彼をもう一度、このパーティに戻すのよ」
「最悪前科があったって構いはしないわ。アミルと一緒に旅をすれば、能力偽装が嘘だって直ぐに証明できる」
「ふざけるな……。リーダーは俺だ! このパーティをどうするかは俺が決める! アイツなんて必要ない! あんな奴が居なくたって……居なくたって……。ああああぁ!」
ロイド様が叩くと、机は真っ二つに割れた。異様な怒り方に私たちは困惑を隠せなかった。
警告書には、もう一度Aランク任務に失敗したらSランクパーティの称号を剥奪されることが記載されていた。片手で数えるほどしか居ないSランクと、100を超えるAランクパーティとでは、与えられる特権も名誉もまるで違う。降格、それだけは何としても避けなければならない。
比較的に楽なクエストを探して、確実にクリアしていくしかないが、ロイド様のプライドがそれを許すかどうか。
私たちはそれぞれが突出した能力を持ったパーティだが、それが機能していたのは全てのバランスを整えてくれる縁の下の力持ちがいたからだ。
それを欠いた今の私たちのパーティは、きっとSランクの地位に値しないのだろう。ここ数日の失敗の中で肌に感じることだ。
「よお。シェイル」
冒険者ギルドの廊下で声をかけて来たのは、一番上の兄ジェイドだった。
誇り高き剣の騎士を志す、一級騎士としてオーバス騎士団長直属の部隊に入隊した、我がエルバーン家誇りの長男である。
「どうしたの兄さん。こんな所で珍しいね」
「ちょっとお前に頼みたいことがあってな。少しだけ金を貸して欲しいんだ」
「兄さん、最近いろんな所からお金を借りているそうだね」
「なんだよ。耳がはえぇな。それも人徳がなせる技ってことか? へへへ」
「なぜ人からお金を借りるんだい? 一体何に使うつもりなの?」
「俺をコケにした奴に仕返ししてやりてぇんだ」
「……誰だい?」
「……第三王女さ」
唐突な名がで出来て言葉を失ってしまった。第三王女、エリスティーナ様。国家反逆罪で幽閉されたという事件は記憶に新しいが、なぜ兄さんが恨みを持つことがあるのだろうか。
「なんで、第三王女の名前が出てくるんだい? それと借金に何の関係がある?」
「これはここだけの話だがな。第三王女は何らかの方法を使って、牢獄から逃げ出したんだ」
「なっ⁉︎」
「しーっ! この事は誰にも知られちゃならねぇ機密事項なんだ。……俺は団長についてその捕縛の任務についた。そして一度は捕まえたんだ。この俺の手でな」
「な、なんだって⁉︎ それは凄い事じゃないか」
「ああ……だが、その後に問題が起きた。突然、あたり一帯に重力魔法が発動されて、300人居た仲間の騎士たちの殆どが身動きの取れない状況になった。俺は電撃を喰らわされアッサリと気絶しちまって、目覚めた時には第三王女は居なくなってたってわけだ。……アイツは悪魔だ。途方もない力を秘めた、魔物の仲間だ。そうに違いない」
王族のことは噂程度にしか話を聞かない。確かエリスティーナ様は聖霊の加護を受けた聖女と謳われていた筈だが、所詮噂は噂でしか無かったということなのだろうか。
「俺もアイツに危うく殺されそうになった。俺は必ずアイツをこの手で捕まえたい。その為に金がいるんだよ」
復讐は感心すべき事ではないが、それは「騎士として反逆者は許せない」という、兄さんなりの国への忠義心の現れなんだろう。
どこまでも犯罪者を追おうとする姿は、騎士の鏡のようだった。
「それで、幾らまでなら出せるんだ? Sランク冒険者っていうのは儲かるものなんだろ?」
「それが最近はクエストに失敗続きでね。金貨3万枚なら出せると思う」
「おお! 流石は俺の弟だ! お前はエルバーン家の誇りだな!」
「兄さんこそ、エルバーン家の誇りだよ」
空になった通帳の残高を見るとため息が出る。
クエストをこなして、また稼がなくては。
もう失敗は許されない。確実にクエストを遂行するには、やはりアミルの力が必要だ。私の方でアミルの居処を聞いて回るのも良いかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。