第15話 魔物を食べる
樹海を歩き続ける。
やっと100キロといったところだろうか。首都までは、もう200キロ。この分だとあと6日は掛かるかも知れない。
「大丈夫ですか? エリスティーナ様」
「は、はい……」
流石に空腹だ。魔力で体力を補うのも限界があるし、既に足に力が入らなくなっている。護衛していく上で、この空腹は任務に差し支える重大な障害だ。
そこら辺にある紫色や青と赤のキノコとか、もう食べちゃおうかな。あからさまに危険色だけど、毒か否かは二分の一の確率。賭けてみて損は無いんじゃなかろうか。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「本当に大丈夫ですか? エリスティーナ様」
エリスティーナ様は、目に力が入らない様子でその場にへたり込む。
体力の限界。というか、明らかに脱水症状のそれだ。せめて水だけでも探したが、川の水は煮沸してどうにかなるレベルじゃ無いくらい濁っていて、池はどれもヘドロだらけ。
動物がいれば、血を飲んで水分を補給できるが、生息する無数の魔物に喰われ、ここには普通の動物が1匹も見当たらない。
最悪な場合はと覚悟していたが、背に腹は代えられない。こうなったら魔物を食していただく他ないだろう。
「あの、エリスティーナ様。もし食べるとしたら、どんな魔物が良いですか?」
「へ?」
「は?」
呆然とする顔が2つ。当然のリアクションだろう。一国の姫が、魔物を口にするなんて有り得ない。想像すら出来ないはずだ。でも、ここから先に進むには、これはどうしても越えなきゃいけない壁だ。怖いだろうが、任務遂行のため、いざとなれば無理矢理にでも口の中に放り込ませて頂く覚悟を持とう。
「貴様⁉︎ まさか、お嬢様に……ま、魔物を食わせるつもりなのか⁉︎ あの悍ましい! 魔物を!」
セバスは木に張り付いたドロドロとした液体を指差しながら怒鳴る。あれはべジュスライム。木に生えた苔を食べる、ランク指定外の無害モンスター。
当然、あんな気持ち悪いものを食べさせるわけじゃない。魔物の中には、意外と美味しい食材になるものも多くある。
「いえ、あれではなく。そうですね……今確認出来るのは、鳥か猪か、猿か……。この中だったらどれが食べたいですか?」
「それは鳥モンスターか、猪モンスターか猿モンスターかという質問か⁉︎」
「ええ、まぁ」
困惑するエリスティーナ様は考え込む。
「わ、わかりました……じゃあ……と、鳥で……」
「畏まりました」
【
こちらが敵意してなくても、気分次第で鳴くことが有るので、近くで魔物と戦っている冒険者にはいい迷惑なモンスターだ。
距離は500メートル。鬱蒼とした樹海の中では、まず直線ルートでは射線は取れない。巨大な樹々を飛び越えるほどの深い角度で放つ必要があった。
目標の移動を予測して、空に向かって矢を放つ。
推進力を失った矢は、やがて重力に負けて落ちていく。鋭く尖ったテムトスの矢は、通り掛かったクリフバードの首を貫通し、地面に突き刺さった。
(よし、当たり!)
「ちょっと、取りに行ってきます。セバスさんは焚き火用の木を探しておいて下さい」
「仕留めたのか?」
「はい」
この樹海では騎士たちが追いかけて来ているとは考え難い。気流の乱れを起こして、周りに気配を悟られてしまうが、ここは【
強めた風を体に当てて、素早く移動する。
この移動の仕方にはコツがあって、少しバランスを崩すと逆に強風に押されて転ぶことになる。エリスティーナ様を抱えて走ることも出来るが、その場合セバスをこの樹海のど真ん中に置いていくことになってしまう。それはとても薄情なことだし、エリスティーナ様が許すとも思えない案だった。
クリフバードを回収。
地面に突き刺さったテムトスの矢は、鋭利さを失ってなかった。これは再利用できる。しっかりと回収した。
ふと、ある魔物の存在に気づく。それは、水不足を解消するサバイバル生活では無くてはならない魔物だった。
3つのそれを一本ずつ矢にさして、肩に担いで持って帰る。
「ただいま戻りました」
「ご苦労様です。ケイル様。……そちらは?」
「これは、ゲルカズラ。食虫植物の魔物です。甘い香りで虫を誘き寄せて食べちゃう魔物なんですけど、年柄年中、口を開けて待ってるので雨水が中に溜まってるんですよ。これは綺麗な水なのでちゃんと飲めます。どうぞ」
「こ、こ、これを飲むのですか?」
「生きるためです。どうぞセバスさんも」
見た目はグロテスクだが、中身は正真正銘の真水。僕が手本に飲んでみせると、二人は覚悟を決めるようにゲルカズラを見つめる。恐る恐る口にした2人は、一気に喉に流し込み、体をブルブルッと震わせていた。
グリフバードの皮を薪割り用の斧で剥ぎどる。難しい調理は出来ない。内臓と首を切ったら丸焼きにして完成とした。
毟り取った羽は、弓矢にも使えるがどうしようか。
矢に取り付けるには、羽の形を整えるハサミと、接着する糊、
クリフバードの肉は、普通の鶏肉と比べるとより弾力があり血生臭い。肉の味がしっかりして甘味もある。調理の仕方さえしっかりしていれば、絶対もっと美味しく出来ただろう。
エリスティーナ様もセバスも慎重に口にする。
食べる前は怖がっていたが、口に入れてしまえば言うほど悪くない味だと気づいたようだった。
とりあえず食料と、水はお腹に入れた。魔物を食べるという壁も乗り越えたし、明日以降は食料に困ることは無くなるだろう。だって食べられる魔物は、ここには五万といるんだもの。
「明日も早くに出ます。エリスティーナ様。早めに寝て体を休めておいて下さい」
「エリスで良いですよ。ケイル様」
「え……。いや……それはさすがに……」
平民の、それも農家の息子が第三王女を呼び捨てにするなんて、恐れ多くて喉が潰れそうだ。
「家族にはそう呼ばれています。ケイル様も、どうかそのように呼んでいただけると嬉しいです」
「……で、では……エリス……様」
「様も入りませんよ。身分なんて、ここでは何の役にも立たないんですから」
「それはダメです。僕の身が保ちません」
「そうですか、それでは仕方ありませんね。それでは、おやすみなさい。ケイル様」
「エリス様も、僕のことはケイルと呼び捨てにして下さい。僕は平民です。言葉の気遣いは不要です」
「ふふ、そうですか。それじゃあ、おやすみなさい。ケイル」
「はい。おやすみなさい」
騎士に追われて5日か6日。とんでも無い所までついてきてしまったものだと、しみじみ思う。騎士団は追跡を諦めただろうか。冒険者が大量に行き交うリングリッド王国とテルストロイ共鳴国は、とても親密な友好関係にある。隣国の軍人が侵入しても、リングリッドの騎士ならテルストロイは許すだろう。
もしも騎士団が本気なら、監査なしで関門を通り、この国まで追ってきている可能性もある。油断は出来ない。
真っ暗な樹海に、夜行性の魔物の声が時折響く。
セバスと僕で交代に火を絶やさないよう見張りながら朝を待った。
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