第2話

 何もわからない僕は桐原の言う通りに、小さなビルについていった。

「こんな時間にあなたみたいな子どもがこんな場所を歩き回るなんて何かあるんだろうとは思ったけど、まさか私の『口説き』に乗ってくるとは思わなかったわ」

少し嬉しそうに桐原は話す。僕は怖くて、でもどうすれば良いのかわからないから彼女に着いていく。桐原は一人でさも嬉しそうに話をするが、僕にはなんの話をしているのかわからない。でも、彼女は僕を「買って」くれる人であるのは事実だ。お金が手に入る。それだけで僕はいい。

 小さなビルの3階。その一室に連れて行かれた。そこには、パソコンが一台と、ソファが一つ、小さな冷蔵庫、ファイルが多く入った本棚が置いてあった。テレビドラマで見るような事務所を連想させた。

「何か飲む?少年」

桐原は冷蔵庫を開けながら、僕に聞いてきた。

「え、いや・・・」と僕は言葉を詰まらせる。

「何よ、その態度。今私は貴方を『買って』いるの。ちゃんとその対価を払ってちょうだい。ちゃんと返事をして。何か飲み物はいるの?要らないの?」

僕は怖くなって「要りません!」と答える。

「よろしい」

桐原は少し満足そうな顔をして言った。彼女は、冷蔵庫に入っていたであろうビールを片手にパソコンの前に座ったあと、

「ソファに座って、少年」と僕の行動を促した。

僕は怒られたくないので、その指示に従う。

「貴方、どうしてこんな時間にこの場所にいたの?この場所の意味は知っているわよね?」

 僕がいた繁華街は、お父さんがよく行っていた場所だった。お父さんは風俗街に僕を連れて行き、近くのコンビニなんかに放置した後にお店の方に入っていく。そんな人だった。だから僕はこの場所の意味を知っていた。

「はい」と返事をする。

「ってことはだ、貴方は客か売り手かどちらか、って事になる。でも、貴方を客として向ける場所なんてあの場所にはどこにもない。そう考えれば答えは一つ。貴方、体を売りにいたんでしょ」

「はい」

「素直でよろしい」

と桐原は嬉しそうに言った後、ビールを一口飲んだ。

「でもさ、少年。貴方が体を売ることはできないの。歳いくつか言ってみなさいな」

「14です」

「あんた、学校はどうしてるの」

「学校には、もうずっと行っていません」

「それって大丈夫なの?足つかないの?」桐原は不安そうに声をかける。

どうして僕が学校に行かなくても良いのかわからない。どうやら僕は、「入院している」扱いになっていると言う話を聞いたことがある。でも、本当の理由はわからない。どちらにせよ、僕はランドセルを肩から下ろしてから学校というものに行っていなかった。

「でも、2年以上、学校に行っていないから、大丈夫なような気がします」

そう答えると、少し頭を悩ました後、

「貴方が私の名前を出さないのなら、別に良いわよ」

そうして、桐原は椅子に深く座り直して話を始めた。

「私は、店で働けないような『訳あり』な子が働けるように仲介をしている。貴方もその『訳あり』なわけでしょ。もちろん、私にてみれば貴方みたいな子を相手するのは初めてだけど」

僕は少しシュンとする。

「でもね、貴方みたいな子と、セックスしたいという欲望を持った人って実はいるのよ。その人たちもまた、違法なこととは知りながらも自らの欲求を満たすために。そういう人たちからしたら貴方は『需要』があるの。だから私としても商売を始めたかった。でもね、実際は土台無理な話だとは思っていたけど、貴方が現れたってわけ」

桐原はそこまで言うとまたビールを一口飲んだ。

「貴方、この仕事、この『違法』に手を染める覚悟はあるの?」

僕は、「違法」と言う言葉に怖気付く。でも、僕にはそうやってしか生きる道はない。

「お金は、もらえるんでしょう?」

「もちろん。それもたっぷりね」

僕は、その言葉を聞いてコクリと頷いた。

「交渉成立」

桐原はそう言って残りの缶ビールを飲み切った。

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