tiny idle
θ(しーた)
第1話
この先もずっと同じ繰り返しなのかもしれない。夢や希望が存在しないような世界。明日なんかになりふり構わず今日だけを生きていく世界。
生まれた時からそうだった。僕は失敗作だったし、失敗作を作った親も結局のところ失敗作だった。
お父さんは酒と女に溺れ、お母さんと僕を殴る日々。そんなお父さんに嫌気がさしたお母さんは僕を置いて別の男と逃亡。お父さんはいつの間にかいなくなっていた。別の女をとっ捕まえて殴る蹴るの生活をしているんじゃないだろうか。
家に一人残された僕。何をしていけば良いのかわからない。腐った家庭環境だったから、親戚を頼ることすらできない。知らないのだ。誰がどこにいて、どの人だったら僕を救ってくれるのか。自分の身は自分しか救ってくれないと気づいた時には、ガスも電気も水道も止まっていた。
ーお金を稼がなきゃー
生きていくにはお金が必要だった。お父さんも、お母さんも自分勝手で結局のところ自分が可愛い存在だった。だから僕のことなんて考えていなかったし、自分の人生をよくすることしか考えていなかった。そんな二人が僕のためにお金を残してなんかいなかった。だから、僕はとりあえず、家にある食べ物から食べる事にした。でも、ガスが止まり、水道が止まり、電気が止まった時、家にある食料の底がつきかけた。もう生きていけない。そう感じた。別に生きなくても良いんじゃないかとも思えてきた。死のうか。家の物置から麻紐を取り出す。お父さんはこれを使って僕たちを鞭打ちにするのが好きだった。ダイニングのライトに麻紐を結び、僕は首をかける。あとは足を浮かせれば、僕の首は締まり、死ぬことができる。そう思いながら何度も意を決し、足を浮かすのだけれども、怖くて、恐ろしくて、結局足をついてしまう。今度は椅子に立って、椅子を蹴飛ばすことを考える。ロープに首を通し、あとは椅子を蹴るだけ。でも、蹴ることはできない。足が震えて動かないのだ。蹴るか蹴らないかの攻防の中で、とうとう僕は失禁した。ロープから首を離し、その水溜りのできたフローリングに座り込んだ。
「僕は死ぬことができないんだ」
誰もいない家でそんな声が響く。
どうすればいいんだ。僕は生きていくしかないのか。死にきれない僕は、生きるしかないのか。でもどうやって?お金もないのにどうやって僕は生きていくんだ?どうやってお金をかき集めよう。僕の頭ではわからない。でも、お父さんがお母さんによく言っていた言葉を思い出した。
「体でも売って金稼いでこい。それぐらいしかできねぇんだから」
そう言いながらお母さんをビンタするお父さんが思い出される。
痛くて、悲しくて、怖い記憶。でも、僕が生きていくには、お金を稼ぐにはこの言葉を信じるしかなかった。
ー体を売ろうー
でも、どんなふうにすれば良いのかわからない。僕にはそのための情報を仕入れる方法なんてない。
僕はわからないまま、近くの街にある繁華街を歩き回ることにした。夜の10時の繁華街。大人の人が多く、ネオンと喧騒が僕の頭の中を刺激する。こんな世界がこの世にある。そのことがだけが僕を刺激し続けた。歩き続けると、僕のことを怪訝な顔で大人の人たちが見ていく。そりゃそうだ。僕みたいな子どもがこんな場所にこんな時間来るはずがない。異常だ。自分でもわかっている。大人の視線が怖くて、どうすれば良いのかわからない。でも、歩き続ければなんとかなるかもしれない、そう思って僕は歩き続けた。
少し遠くにお巡りさんがいる。僕は咄嗟に隠れた。本来であれば、今の状況をお巡りさんに伝えるべきなのかもしれない。お父さんもお母さんもいなくなって、死のうと思っても死にきれなくて、体を売ろうとしていることを。でも、僕は隠れてしまった。多分、僕自身今からしようとしていることが悪いことだってわかっていたからかもしれない。今僕は絶対に悪いことをしようとしている。生きていくために、お金を稼ぐために、僕は、今、悪いことをしている。そう思えば思うほど、お巡りさんに見つかってはいけないという思いが強くなって隠れてしまった。でも、今思えば、その隠れてしまったことが僕を今の僕にしているのかもしれない。そこで僕は一人の女性に出会った。
「あなたを買っても良いかしら」
桐原と僕の売春劇はこうして始まった。
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