「斜め前には」

 雲ひとつない青い空。

 眩しい光に目を細め、いつものようにアイツを見つめる。…斜め後ろから。

 正面からじゃ、眩しくて。真後ろからじゃ、物足りないから。


 これは、みんなに内緒の時間。

 いつも女子に囲まれてるアイツのことが好きだなんて…。他の人には言えないから。

 眺めるだけで、見てるだけで幸せだから。


******************************


 ぽつんぽつんと、時を刻むように規則正しく落ちる水滴。

 放課後。

 しとしとと降り続ける雨の中を、色とりどりの傘が静かに通り抜ける。いつもより、静かな帰り道。


 そんな通学路に面した民家の金網を一匹の蝸牛が登っていた。

 大きな殻に水が滴るのも構わず、ゆっくり滑らかに進んでいく。

 そこへ、水を跳ね散らかしながら駆ける男の子。バシャバシャという足音に、蝸牛は触角をぴゅっと引っ込めた。


「松永ー!一緒に帰ろうって言ったじゃーん!!」


 松永と呼ばれた少年は、歩みを緩めると、駆けてきた少年、晴山辰巳を横目で見て、ため息をつく。

「なぁーんだ、辰巳か」

「『なぁーんだ』じゃねーよ!

 一緒に帰る約束したじゃんかよ!」


 ぷんすかしている辰巳に構わず、松永はつまらなさそうに歩みを進める。

「そうだっけ?

 野郎との約束はすぐ忘れちゃうんだよなぁ」

「チッ…イケメンはいいですねー!!」

 雨が少し大粒になったのか、コツコツと傘を叩く音が大きくなる。

「…でも、モテるからって、意地悪すると、嫌われるゾー」

「…は?」

 伏し目がちに歩いていた彼は思わず立ち止まり、バッと顔をあげる。隣を歩いていた辰巳は、意味深な微笑みを浮かべていた。

「奈子ちゃん、可愛いもんなー!

 喋るの緊張するよなー?」

 ニヤッと覗き込むようにして言う彼に、舌打ちすると、松永は顔を背けて言い返す。

「…お前こそ、犬井美雨に意地悪してたじゃん」

「はぁぁ?!も、もうしてねぇーし!

 犬井は可愛いけど、別にそんなんじゃ……って、置いていくなよ!待って待って!」


「…俺とアイツはそういうのじゃねぇよ!!」

 立ち止まった松永は振り向くことなく呟く。

 紺色の傘が、彼の姿をすっぽり隠しているせいか、辰巳には少し寂しそうに聴こえた。

「…俺より、女子からモテモテの、スポーツ万能な男女おとこおんなだぞ!」

 いつの間にか、雨足が強くなっていた。きっと辰巳の言葉は、彼には届かないし、彼の言葉も辰巳には聴こえない。

 ただ、全校朝礼のときいつも、斜め前の奈子へ熱い視線を送る松永の横顔が忘れられなくて、彼のことを放って置けなかった。

「今度さぁ…。

 犬井を遊びに誘いたいんだけど、恥ずかしいんだよなぁ」

 雨の音に負けないように、辰巳は声を振り絞る。

「お前も奈子ちゃん誘ってよ!

 Wデートにしようぜ!!」


 松永はチラッと振り向いて、何か言うと、再び歩きだした。ちょうど、彼の家への分かれ道だった。


「詳細決まったら、また連絡するからなー!」

 辰巳の大声が聴こえたのか、松永は少し傘を揺らすと、振り返ることなく、歩いていく。

 彼の後ろ姿が見えなくなる頃には、雨はあがっていた。彼を見送るように立っていた辰巳は、傘を閉じると、口を開いた。


「そういう訳なんで、よろしくね。

 奈子ちゃん」

 曲がり角から、姿を現した彼女は、傘を下ろすと、罰が悪そうに笑みを浮かべた。

「手間かけちゃって、ごめんね。

 お詫びにWデートには、美雨の弟の知雪くんも誘っとくね☆」

「っ?!」

 耳まで赤くなった辰巳を見て、彼女はいたずらっぽく笑うと、駆けて行く。


 雨上がりの通学路は、水滴がキラキラと反射していた。金網の蝸牛は、のそりのそりと地面へ降りていく。

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