「大空のかなたへ」
『死人に会いたいのか?
良いだろう、代償は安くはないぞ…』
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鳴り響く目覚まし時計に、跳び上がるようにして、目を醒ます。
久々にあの夢を見たな…。
ぼんやり寝ぼけ眼で階段を降りると、紅茶の甘い香りが漂ってきた。
「じゃじゃーん!今日はローズヒップティーにしてみました♪」
カップを並べる満面の笑みの母にぎこち無く会釈して、席に向かう。
朝から元気いっぱいなの、ホントに尊敬する。
「ねーちゃん!マーガリンとってー!」
それに比べ、弟よ。立ってる者は姉でも使うか。
と、心の中で毒づきつつも、冷蔵庫から取ってやる。
「ねぇー!父さん!まだぁー!?」
兄貴はトイレの前を猪みたいにドタバタドタバタ行ったり来たり…。
もうすぐ試合があるらしく、ここ最近は毎日朝練だ。
なのに、気の毒に…。きっと今日は間に合わないだろう。ヤツのトイレは半端ない。
…こんな何でもないいつもの慌ただしい朝が、私はすごく幸せだった。いつまでも続けばいいのに。
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「ホントに大丈夫?
嫌になったら、すぐ帰ってきて良いからね」
心配そうな母にニッコリ微笑む。
「ありがと。行ってきます」
スカートを翻したときに、「ごめんね」という声が聴こえた気がした。
私は学校で虐められている。
小学校の時から、ずっとだ。原因は分かっているけれど、どうしようもない。ただやり過ごすしかない。
少しでもマシなように、高校は女子校を選んだのだけど、失敗だった…。男子がいないと、女子は本音を隠すことに手を抜く生き物らしい。
「…でも、そろそろ我慢の限界だよなー!」
思わず、大きめのひとり言を洩らしたとき、後ろから声をかけられた。
「あれ?…エリちゃん?」
嫌なことばかりかと思ったら、神様は意外とちゃんと見ているらしい。いや、これは悪魔様の仕事か。
そこには、死んだはずの杉原なみきくんが立っていた。
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「いやー、小学校ぶりじゃん!元気してた?」
缶ジュースを片手に愉しげに話すなみきくん。
ふわふわの前髪から見え隠れする濃い眉毛。その下でキラキラ光る瞳は、記憶の中の彼と変わらない。
死んだなんて、嘘みたいだ。
学校の近くの公園。
あまりに嬉しくて、今日は学校をサボってしまった。ごめんね、お母さん。
心の中で、家に念を送っていると、頭のとっぺんの癖毛をぴょこぴょこさせながら、彼は話しだした。
「最近、こっちに戻って来たんだー。
明日からコッチの高校に編入すんの!
エリちゃんは何処の高校?」
「そうなんだ…。なみきくんが戻ってくるなら、私もそっちを受ければよかったなぁ。女子高にしちゃったんだ」
ホントにそうすれば、よかった…。
まさに白昼夢でも見ているようなふわふわした気持ちで言葉を紡ぐ。
「へぇー?女子高って言ったら、あそこでしょ?
進学校じゃん!すげーな!!エリちゃん賢いんだな!」
昔と変わらず、片手をフリフリ騒ぐ彼。真新しい制服は少し大きめを買ったようで、手が袖に隠れてしまっている。
記憶の中の姿より、ずっと成長しているのに、何処か変わらないを見て、私は堪らなくなってしまった。
「ごめん!この後、用事あったんだった!」
涙を見せたくなくて、逃げるようにその場を後にする。
「また今度遊ぼうなー!」
後ろから投げかけられた声を聴いてから、連絡先を交換し忘れていたことに気づき、慌てて引き返す。
生きてるからって、油断しちゃいけない。
…私はあのとき悪魔と契約したのだから。
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杉原なみきくんが亡くなった日、泣き疲れて寝た私は夢を見た。
『私に会えるとは運の良い人間だな』
「運なんて良くない!…友だちが交通事故に巻き込まれたのよ!!」
興奮状態の私は見るからに悪魔の姿の彼に、びちょびちょの顔で喰ってかかった。
『…そうか。大切な人を亡くしたか。
だが、やはり運が良い。機嫌のいい私に出会えたのだから』
彼は私の方へ覗き込むと、口を歪めて尋ねた。
『会いたいか?』と。
まだ幼い私に、悪魔は契約を持ちかけたのだ。
もちろん、私は藁にもすがるつもりで飛びついた。
『良いだろう。
たけざわみえり、お前の残りの人生と引き換えに、杉原なみきに再び会わせてやる』
目やにでグチャグチャになった瞳を輝かせた私に悪魔は続けて言った。
『だが、お前の余生はもう俺のものだ。
好きに出来ると思うなよ』
そう言って、悪魔が笑ったかと思うと、目が覚めた。
ただの夢かと思ったんだけど、夢じゃなかった。
私、竹沢ミエリは岳ザミエリになっていた。
……冗談じゃない。
両親もどうして、そんな名前にしたのか覚えていないし、何故だか変更の手続きも行えない。
当然、学校でもイジメられる。しかも、想定以上に…。
やはり、悪魔の仕業なのだろう。それならばと、今まで必死に生きてきた。再び彼に会えることを信じて。
今日の空みたいに明るい笑顔を浮かべる彼と連絡先の交換をする。
彼に気づかれないように涙を拭って、私は悪魔に心から感謝した。
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『さて、引き続き、甘い蜜を味わわせてもらおうか』
悪魔ザミエルは優雅に微笑む。
此度の契約に、“白薔薇の冠”は必要ない。
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