「あのころよりも」

「最近、犬井のヤツ全然怒らねぇんだよなぁ…。どうしたんだろ?

 …まぁ、可愛いのは相変わらずなんだけどな」

 頬を染めてそう言う彼は、いつものヤンチャな晴山辰巳と同一人物とは思えなかった。

「…そうなんだぁ」

 私、犬井美雨は顔から火が出そうなのを堪え、彼の横で必死の笑顔で相槌をうっていた。

 …あぁ、どうして私は自分を好きな男子の恋バナなんて聞いてんだろ。しかも、男装して。


 そう、きっかけは確か……。

******************************


「きゃあっ!」

 突然、膝の力が抜けたかと思うと、尻餅をついていた。お尻が痛い。何が起こったか分からず、キョトンとしていると、後ろからパッと肩を掴まれる。

「秘技、膝かっくんなり!」

 お前の仕業が!ニヤニヤ笑いが憎たらしい。


 彼、晴山辰巳は幼稚園からの幼馴染み。…なんだけど、こうやって毎日一回はイタズラを仕掛けてくる。

 仕返してやりたいけど、運動神経抜群で私には敵わない。今日も追いかけ回したけれど、逃げられた。…もう「骨折り損のくたびれ儲け」って感じ。



「…まぁ、骨は折れてないけど。

 でも、まじでお尻痛かったし!見てよ!!アザになってない?!」

「わーわーわー!

 女の子なんだから、お尻見せないでよ!お姉ちゃん!」

 愚痴の勢いで、スカートに手をかけた私に両手を突き出すと、知雪は顔を背けて耳を赤らめた。

 …別に、弟に見られるくらい平気なんだけど。


 放課後のおやつタイム。

 最近は、辰巳からのイタズラに対する愚痴タイムと化していた。

「…前にも言ったけど、辰巳くんはお姉ちゃんのことが好きなんだって!」

「えぇ?そんなわけ無いって!

 なんか…そんな感じじゃないもん」

 スティック菓子をプラプラ咥えつつ、思い返すもアイツのイタズラは私を馬鹿にしてるだけにしか思えない。

 すると、知雪は何か思いついたのか、立ち上がる。

 そして、頬杖をついていた私からスティック菓子をパッと奪って、ひとかじり。

「じゃあ、本人に聞いてみなよ!」

 …コイツ、お尻は恥ずかしいくせに、間接キスは平気なのか。


******************************


 …とにかく、そんなわけで、辰巳の本音を聞くことだったのだけど、まさか知雪になりすます羽目になるとは…。

 確かに、私と知雪は身長も近いし、顔立ちも似てるしで、服装と髪型を何とかすれば、そっくりだ。でも…。

「あー!犬井ともっと仲良くなりてぇーなー!」

 ホントに好きなら、入れ代わってることに気づけよ!!真横に座ってる惚気相手が本人だよ!


「…でもさぁ、最近、犬井のヤツ何かちょっと変なんだよな」

「変?」

 ギクッとして、キャップを深く被り直す。


「『イジワルしてたらモテないよ』とか『女の子には優しく』とか、知雪みたいなことばっか言うんだよなぁ」

 当然だ。だって、それは知雪なんだから。

 私がこうして知雪になっている間、知雪は私に変装することになっている。

『いいじゃん!その方がバレないって!

 それに女装してみたかったんだ』

 と、女装にウキウキだった愚弟をぶん殴ってやりたい。逆にバレそうになってんだけど!


 怒りと不安でプルプルしてると、辰巳が覗き込んできた。

「どうした?具合悪い?」

 黒目がちな瞳がこちらを心配げに見つめる。

 何だか恥ずかしくなって、パッと顔をそらしてしまった。

「うぅん!大丈夫!!

 …きっとお姉ちゃんも大人になったんだよ」

 少し声が上ずっていたかもしれない…。

 頬にあたる風が少し心地よかった。


******************************

 その後は、特にバレることもなく、惚気話を聴かされ続けた。

「ね?言った通りでしょ?」

 帰宅すると、私の姿の知雪がニヤニヤしながら待っていた。

 あぁ、ドヤ顔ってこういうのをいうんだぁ。


 久々の姉弟喧嘩を勃発させながら、今日のことを思い出す。

 明日からもう少し優しくしてあげても良いかな…。


******************************


 晴山辰巳は自分の部屋に入ると、ベッドに倒れ込んで、大きなため息をついた。

「何か、今日の知雪…めっちゃ可愛かったな…」

 胸の奥に広がる暖かいものに気づき、慌てて首を振る。

(いやいやいや、アイツ男だぞ!

 いくら犬井の弟とはいえ…。

 それに、俺は犬井の顔だけが好きなわけじゃなくて…)

 頭をぎゅうっと枕に押しつけると、体を起こした。


 夜風にカーテンがはためいた。

 窓の外には、まんまるの月。夏はまだまだこれから。

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