番外編3 最新投稿(しばらくしたら時系列に合わせて移動させます)

第30話 アナ誕生 新米ママの奮闘

コミカライズ開始記念で番外編を投稿します。

コミカライズの詳細は、後書き告知をご覧下さい。


アナのお母様ジェニファー視点でのお話です。



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◆◆◆ジェニファー視点◆◆◆


「呼吸はひっ、ひっ、ふーのリズムを保って下さい。息を吐くときは長めです」


「そうです。上手です。奥様」


わたくしの降嫁先のセブンズワース家は、子供が出来にくい家系です。

それはわたくしの母方の家系も同じです。

上級貴族家は、子供が出来にくい傾向があります。


王女だったわたくしがこの家に降嫁して四年。

ようやく子宝に恵まれました。


「ご安心下さい、奥様。全て順調です」


助産師たちがわたくしに声を掛けてくれます。

初産ですから、何もかもが初めての体験です。

専門家の励ましがこれほど心強いことも、今日初めて知りました。


わたくしが後継者を産めなかったら、家門は大きく揺らいでしまいます。

無事に出産出来たら、一先ず家は安泰です。


でも、今は公爵夫人としての気持ちより、母親としての気持ちが強いです。

家門の将来より、早く我が子に会いたい気持ちの方がずっと大きいです。

この出産さえ無事終えることが出来たら、ようやく我が子と会えます。


「おぎゃああああああ」


産声が聞こえ、全身の力が抜けます。

ようやく、ようやく生まれてくれました……。


助産師たちの様子がおかしいです。

産声が響く中、全員が深刻な表情をしています。


「……何があったの?

わたくしの赤ちゃんは無事なの?」


「……奥様……その……」


「ヒッ」


思わず悲鳴が口から漏れ出てしまいました。


わたくしの赤ちゃんは……普通ではありませんでした……。

肌は白と緑が入り交じり、至るところにこぶがありました……。


「……祝って上げて下さい」


「え?」


赤ちゃんを抱きかかえる若い助産師が、わたくしのすぐ横に来てそう言います。

彼女が何を言いたいのか分からず、疑問が声になってしまいます。


「あんた! 奥様に向かって、なんて口の利き方をするんだい!?」


「祝って上げて下さい!!!

この子は、医門の私たちでさえ見たこともない病気です。

もしかしたら、すぐに天へと召されてしまうかもしれません。

それでも、この子はたった今、この世に生まれて来たんですっ!!!

奥様だけは、母親の奥様だけは、この子の誕生を祝って上げて下さいっ!!!」


助産師長の制止を聞かず、赤ちゃんをわたくしに差し出して若い助産師はそう言います。

懇願のこんがん目を向ける彼女は、ぽろぽろと大粒の涙をこぼし始めます。


「……そうね……生まれて来てくれてありがとう。

赤ちゃん、抱かせてくれるかしら?」


「お待ち下さい奥様!

お子様を抱かれるのは、産湯が終わってからです。

奥様は今、お体が弱っています。

病気になってしまっては大変です」


助産師長が慌ててそう言い、てきぱきと指示を出し始めます。

それからすぐ、おくるみに包まれた赤ちゃんがわたくしのもとに来ます。


初めて我が子をこの手に抱きました。

女性のわたくしでも簡単に抱き上げられるほど軽くて、とても小さな命でした。


初めて見る外の景色が珍しいのか、赤ちゃんはあちこちをきょろきょろしています。

わたくしが顔を近付けると、じいっとわたくしの目を見詰めます。

ふふふ。可愛いわ。


不思議ね。

抱いているうちに、この子を可愛いと思うようになっているわ。

ずっと見ていても飽きないぐらいに、今は可愛く思えるわ


◆◆◆


「何をしているの!?」


声に怒りが混じってしまったことに、自分自身も驚いてしまいます。


「お、奥様!? なぜここに!?」


医師から安静にするように指示があったから、わたくしはここに来ないと思っていたのね。

でも、赤ちゃんの様子が気になって仕方がなかったの。

我慢出来ず、赤ちゃんの部屋に来てしまったの。


赤ちゃんの部屋には、乳母と赤ちゃんがいました。

母乳を上げるべき乳母は、それを躊躇っていました。

おそらく病気が感染うつことを心配したのでしょうね。


わたくしは、怒りを抑えられませんでした。

わたくしの赤ちゃんを汚物のような扱いをしたことが、どうしても赦せませんでした。

乳母をその場で解任して、部屋から退出させます。


「奥様!? 乳母を解任されたってお聞きしましたけど!?」


「奥様がそこまでお怒りになるなんて、珍しいですねえ。

一体どうされんたんですか?」


部屋に入ってきたのは、ハイジとメアリでした。

ハイジは赤ちゃんの誕生を祝うように言った女性で、メアリはわたくしの専属使用人です。


確かに、メアリの言う通りね。

おかしいわ。


これでも元王女です。

たとえ怒りを覚えたとしても、それを表に出さない訓練は受けています。

王宮ではずっとそうやって感情を隠して生きていました。

それなのに、声に怒りが混じることさえ抑えられませんでした。


……どうやら、今のわたくしは普通ではないみたいね。


「奥様。新しい乳母を探すまでに早くても二、三日は掛かります。

赤ちゃんは大人よりずっと食事の間隔が短いんです。

そんなに長い時間は耐えられませんから、解任は次の乳母を見付けてからにしませんか?」


心配そうな顔でハイジが言います。


「乳母は要らないわ。

この子には、わたくしがお乳を上げるもの」


「「奥様がですか!?」」


当然、二人とも驚いています。

貴族女性は、自分でお乳を上げたりなんてしません。

上級貴族なら尚更なおさらで、ましてわたくしは元王女です。


「でも、育児を助けてくれる人は必要ね。

ハイジ。あなたにお願い出来るかしら?

あなたさえ良ければ、わたくしの専属使用人の一人になって育児を助けてほしいの」


「えええっ!!? わ、わ、私がですか!?」


「ええ。助産師の中であなただけは、わたくしの赤ちゃんを怖がらずに世話をしてくれたわ。

赤ちゃんを心配して、休憩時間に様子を見に来てくれたことも知っているわよ?

そんなあなただから、是非助けてほしいの。

あなたのお家は騎士爵家よね?

専属使用人は子爵家以上の者が担当することになっているから、爵位も子爵家に格上げするわ」


ハイジの家は嵐で破損してしまい、修繕のために多額の資金が必要です。

しかしハイジの旦那様は今、療養中で働けません。

このため、医門の令嬢だった技能を生かしてハイジが働いています。


子爵家に格上げすれば俸禄も跳ね上がりますから、資金的にも余裕が出るはずです。

この提案は、わたくしの目を覚ましてくれたハイジへの恩返しでもあります。


「ほっほっほ。

良かったですねえ、ハイジ。大出世ですよ?」


メアリはころころと笑ってハイジを祝福します。

戸惑いながらも、ハイジは乳母の仕事を引き受けてくれました。


「解任した乳母の処分はどうしますか?」


「必要ないわ。気持ちは分かるもの」


メアリにそう答えます。

お乳が出るなら、あの乳母も乳飲み子を抱えているはずです。

自分の子に病気を感染うつしたくない気持ちは、同じ母親になった今なら分かります。







お乳を飲む赤ちゃんが驚いてわたくしを見詰めます。

わたくしの涙が、赤ちゃんの顔に零れてしまったのです。

申し訳なさで、泣いてしまいました。


ごめんなさい。

あなたを初めて見たとき、醜いって思ってしまったの。

酷いことを思ってしまって、ごめんなさい。

駄目な母親で、本当にごめんなさい……。


お乳を飲み終えた赤ちゃんは、わたくしの腕の中でうとうととし始めます。

強く抱き締めたい気持ちを堪えて、そっと優しく抱き締めます。


新米で、まだまだ全然駄目な母親よね?

それでも今は、世界の誰よりもあなたを愛しているわ。

安心してね。

絶対に、あなたを幸せにしてみせるから。

わたくしの持てる力の全てを使って、あなたを幸せにしてみせるわ。


「ジェニー!! 遅れてすまなかった!!」


部屋に入って来たのは旦那様でした。

今日は別の街にいるはずですが、大急ぎで戻って来たようです。

走って来たのか、汗でびっしょりです。


「仕方ないわ。

予定より二週間も早く生まれてしまったんだもの」


丈夫で健康な子に産むのは、母親の責任です。

それがこの国の常識です。

ちゃんと産めなかったなら、わたくしは旦那様に謝罪する必要があります。


でも、謝罪はしません。

この子は、失敗作ではありません。

失敗だなんて、絶対に認めません!


「……その、わしにも抱かせてくれるか?」


まだ二十代なのに、旦那様は自分を儂と言います。

お義父様は、早くに天に召されてしまいました。

若くして爵位を継がれた旦那様は、貫禄のある男性を演じるためにこんな一人称を使っています。


「……あなたは、この子をどう思っているの?」


旦那様からは、非難の言葉一つありません。

それどころか旦那様は、一瞬たりとも嫌な顔色を浮かべていません。

それが逆に、耐えられませんでした。

わたくしから尋ねてしまいます。


「言ったじゃろう?

未来永劫、君の味方だと。

君がこの子を愛するなら、儂もこの子を愛するぞ?」


その言葉を聞いて、旦那様に赤ちゃんを渡します。


「お? 笑ったぞ! 笑いおったぞ!」


赤ちゃんの頬を突いて旦那様も笑顔になります。


わたくしに求婚した男性は、何人もいました。

その中で旦那様を選びました。

この人を選んで良かった、そう思いました。

この子の味方は、わたくしだけではありませんでした。


「そうだ。君が乳母を解任したと聞いてな。

慌てて代わりを探したんじゃ。

明日には来ると思う」


「申し訳ないけれど、乳母は要らないわ。

この子はわたくしのお乳で育てるつもりよ」


「なにっ!? ……しかし、君はそれで良いのか?」


「ええ。それが良いの。

この子にお乳を上げてみて考えが変わったの。

他のひとのお乳をこの子が飲むなんて、今は我慢ならないわ。

それより、この子の名前を考えてくれるかしら?」


女性は産んだときから母親だけれど、男性は生まれてからゆっくりと父親になる。

読んだ育児書には、そう書いてありました。

おそらく旦那様は、わたくし程にはこの子を愛していないと思います。


旦那様にはこれからしっかりとこの子を愛して貰って、立派な父親になって貰う必要があります。

この子の幸せには、それが絶対に必要です。

そのために、命名の権利を旦那様にお譲りします。


「……逆境からの繁栄アナスタシアなんて、どうじゃろうか?」


思ったよりずっと良い名前でした。

わたくしが名付けたとしても、候補の中にこの名前があったらこれを選んでいたと思います。




◆◆◆




「おかしゃま! おとしゃま!」


絵を描いて遊んでいたアナは、わたくしたちを見付けるとぱたぱたと駆け寄って来ます。

母親として、走ってはいけないと注意しなくてはなりません。

でも止めておきます。

だって、こんなに可愛いんですもの。


「おお! アナ! 元気にしとったか? 良い子じゃなあ」


「おとしゃま。おヒゲいたいでしゅわ」


わたくしの方へ駆け寄って来たアナを、旦那様がその途中で抱き上げて頬ずりをします。


もしかしたら旦那様は、この子を愛してはくれないのではないか。

生まれた当初は、そんな心配をしていました。


まったくの杞憂でした。

アナを抱く旦那様は、デレッデレのだらしない笑顔です。


「あなた。アナも大きくなって長旅も出来るようになったし、王都に行こうと思うの」


「もちろん君の好きにして構わないが……しかし良いのか?

権謀渦巻く王宮は疲れるから、領地に籠もってお気楽に公爵夫人をすると言っとったじゃろう?」


「方針を変えたの。

わたくしは、王宮に戻って権力を握るわ」


権力さえあれば、大抵のことは何とかなります。

それを使って、アナに素敵な結婚相手を用意します。


もちろん、アナに婚約の無理強いなんてしません。

アナを幸せにしなくてはなりませんから。

それが、ちゃんと産んで上げられなかったわたくしの責任です。

何人の犠牲を出そうとも、アナだけは幸せにします。


「そうか。じゃあ儂も、宰相の仕事を引き受けるとしよう。

アナを幸せにするために、儂も権力が欲しかったんじゃ」


旦那様も同じことを考えていたようです。

やっぱりこの人は、ずっとわたくしの味方でいてくれます。




◆◆◆




「ハイジ。あなた、養子を貰ったんですって?」


「はい。

執事長が見付けて来た貧民街の孤児なんですけど、先天武人だったんです。

先天の武功が私の家の武功と相性が良かったので、執事長が話を持って来てくれたんです」


武功を身に着けるには、長い修練が必要です。

ですが、先天的に武功が仕える人もいます。

それが先天武人です。


「正直、ありがたいお話でした。

私は子供を産めませんけど、子供は欲しかったですから」


それは……知らなかったわ。

以前は医門の令嬢だったハイジが言うなら、間違いは無いのでしょうね。


「先天魔道士な上に先天武人だなんて、随分と優秀な子ね。

将来は、家門の使用人を率いる立場になりそうね」


「そうなんです! すっごく優秀なんですよ!」


そのままハイジの子供自慢が始まります。

先天魔道士とは、生まれながらに魔法が仕える人です。

武功と魔法の両方を生まれながらに使える人なんて、滅多にいません。


確かに凄く優秀なんですけれど……ハイジはこんなに饒舌だったかしら?

子供を持ってハイジもフィーバーしているみたいね。


「ハイジ。あなたの子をアナの専属使用人にしようと思うんだけれど、どうかしら?」


「ええっ!!? む、無理です!!

簡単に人を殺しちゃ駄目だってことを、ようやく覚えたばっかりなんです!

少し前は貧民街の孤児でしたから、礼儀作法も教養もまだまださっぱりなんです!

とても、お嬢様のお側で働けるレベルじゃありません!」


「先ずはアナ付き専属使用人見習いとして、デミの下で働いて貰うのはどうかしら?

それなら、礼儀作法や教養だってデミからも教われるわよ?」


「お嬢様の専属使用人はデミさんのままで、その下で働くってことですか……。

それなら良いお話です。

デミさんは厳しく教えてくれますから、どうしても甘くなっちゃう私より教師としては良いと思います。

それに、デミさんは『毒龍バジリスク』の名で知られる当家最強の一角です。

側で学べたら、武人としてもうちの子のためになると思います。

でも……良いんですか?

うちの子や私たちにばっかり都合が良いお話ですけど?」


「こちらにも利益があるわ。

アナは外に出たがらないから、周りは大人ばっかりでしょう?

同年代の子をアナの側に置きたいのよ。

それに、幼い頃からずっと一緒ならアナに忠誠を尽くしてくれると思うの。

優秀な子がアナに忠誠を尽くしてくれるなら、言うことはないわ。

名前はなんて言うの?」


「ブリジットです」




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ブリジットがセブンズワース家に来たときのお話は紙書籍の特典にありますし、書籍版でも出生について何度か言及されています。

ですが、もしかしたらWEB版では初めて触れるかもしれません。



◆◆◆告知◆◆◆


この物語が漫画になりました。

漫画家は風守いなぎ先生です。

笑わないジーノとゴブリンのアナという、漫画にするのは難しいお話をしっかりと漫画に落とし込んでくれています。

ぜひぜひご一読をお願いします。


コミックウォーカー ComicWalker

https://comic-walker.com/contents/detail/KDCW_KS13204378010000_68


ニコニコ静画

https://seiga.nicovideo.jp/comic/65692?track=top_push


少年エースPLUS

https://web-ace.jp/shonenaceplus/contents/3000083/

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