第47話 子供が出来た! (アナスタシア視点)

◆◆◆◆◆ アナスタシア視点


「おめでとうございます。懐妊されています」


スザンナ先生は満面の笑顔でそう仰います。


驚きのあまり言葉を失ってしまいました。

……わたくし、母親になるんでしょうか……信じられません……。


「若奥様っ! おめでとうございますっ!!!」


ブリジットも自分のことのように喜んでくれます。


すぐにジーノ様にもお伝えしたいのですが、それはかないません。

伯爵位を叙爵された際、ジーノ様はシモン領も授かられました。

今は管理のためその領地にいらっしゃり、しばらくはお帰りにはならないのです。


領地にはわたくしも同行したかったのですが、体調が思わしくなく止められてしまいました。

体調不良で診察を受けたところ、妊娠が判明したのです。




「楽しみね。早くこの手で孫を抱きたいわ」


お手紙ならジーノ様にお伝えすることも出来ますが、それはしたくありません。

大事なことなので直接お伝えしたいのです。

お帰りをお待ちします。


先にお母様にご報告します。

祝福のお言葉を下さった後、お母様はそんなことをおっしゃって上機嫌です。


「あの、お父様には、しばらく内緒にして頂きたいんですの」


「あら。どうして?」


「……は、恥ずかしいですわ」


「アナがそうしたいなら、わたくしからは言わないでおくわ。

ふふふ。秘密にされていたことを知ったら、あの人きっと泣くわね」


クスクスとお笑いになってお母様はおっしゃいます

もう少ししたら流れてしまう確率もぐっと下がるらしいです。

そこまで来たら仕方ありませんが、それまでお父様には内緒です。


◆◆◆◆◆


一人で出産や育児に関するご本を読んでいると、だんだん不安になってしまいます。

わたくしのような女が、本当に子供をしっかりと育てられるのでしょうか……。


ときに男性は女性以上に妊娠や出産に対して不安を感じるようになると、先ほど読んだものにも書かれていました。

不安を感じられる男性は、真面目で責任感が強く、人に相談することが不得手な方とのことです。

まさにジーノ様のことです。

ジーノ様はお喜びになって下さるでしょうか……。


ジーノ様のことです。

酷いことは仰らないでしょう。

ですが、内心ではご負担に思われるかもしれません。

もしかして、お伝えしない方が良いのでしょうか……。


「何の心配もいりません。

ジーノリウス様なら、飛び上がって喜ぶに決まっています」


ブリジットは自信満々でそう言います。


「そうかしら……」


「そうです。

ですが、そうやって心配になってしまうのも普通のことです。

普段なら気にも掛けないようなことでも、ご懐妊中は不安に思ってしまうのです。

若奥様だけではありませんからご安心下さい」


先ほど読んだご本にも、妊娠中は気持ちが不安定になると書かれていましたわね。

この気持ちは、妊娠中特有のものなのでしょうか。


「さあ、若奥様。

ずっと部屋に閉じ籠っていると気が滅入ってしまいます。

庭園でも散策しましょう。

天気も良いですし、きっと気も晴れると思います」


◆◆◆◆◆


「アナ。体調はどうだ?

原因は何だったのだ?」


ジーノ様がお戻りになりました。

馬車から降りられるなり真っ先にされたのは、わたくしの体調のご心配です。

本当にお優しい方です。

心が温かくなってしまいます。


「そのことでお話があります」


そうお伝えして、後ほど『黒勾玉』の応接室へお越し頂くようお願いします。




「それで! 何の病気だったのだ!?」


人払いをするなり『黒勾玉』の別名を持つ当家第六十六応接室にジーノ様のお声が響きます。

気もたかぶっていらっしゃるようでお声も大きいです。

お顔は大変張り詰められたご様子で、汗まで掻かれています。


今気付きました。

わたくしの言葉は、深刻な病気だと誤解されかねない表現でした。

これから大きなことをお伝えするため、先ほどはわたくしも緊張していました。

それで、表現の仕方が悪かったことには気付かなかったのです。


申し訳ないことをしてしまいました。

早急に誤解を解かなくてはなりません。

これで、お話を切り出す決心が付きました。


「……あの……お子が宿りましたの」


ジーノ様は飛び上がって喜ばれると、ブリジットは言っていました。

実際のジーノ様は、そうはされませんでした。


大きく目を見開かれてがばっとお立ちになると、そのまましばらく身動きをされませんでした。

それからは、ただ泣かれるばかりでした。

わたくしを抱き締められると、お声にならないお声を漏らされ、ずっと泣いていらっしゃいました。


ジーノ様の涙がとても温かくて、わたくしも貰い泣きしてしまいました。

結ばれたのがこの方で、本当に良かったです。


◆◆◆◆◆


暖炉の前でジーノ様がご用意して下さった白湯を飲んでいると、執事長のマシューがジーノ様を訪ねて来ます。


「若旦那様。

次回のシモン領ご訪問の日程について確認させて頂ければ幸いです」


「すまない。

日程は全てキャンセルだ」


ジーノ様が全日程を取り消されたことに、マシューも驚いています。


「……理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


「妻が妊娠したときの心構えを書いた本を、先ほど読んだのだ。

そこにはこう書いてあった。

妊娠中の妻は心が不安定だから出来るだけ側にいるように、とな」


「なるほど。

若奥様のお近くにいらっしゃるため、ということですな?」


「そうだ。

シモン領の訪問だけではない。

子供が生まれるまで、全ての日程はキャンセルだ。

二十四時間、私はアナの側にいる」


「まだ若奥様はお腹も大きくなっていませんし、随分な期間になりますな。

そうなると業務に深刻な支障が……」


「アナとお腹の子のためなのだ。

仕方ないだろう?」


自信満々のジーノ様に、マシューは言葉を失ってしまいます。

視線にたっぷりと救援要請を込めて、マシューはわたくしを見詰めます。


「アナ。安心してくれ。

君を不安にはさせない」


わたくしの手を握られてジーノ様はそう仰います。


「……あの……ちゃんと働いて下さった方が安心ですわ」


「む? そうか?」


「もちろん、そうでしょうとも。

妊娠中に夫が働きもせず家でゴロゴロしていたら、どんな女性だって不安になりますとも」


好機を逃すまいとばかりに、食いつく勢いでマシューがわたくしの言葉に同意します。

結局、ジーノ様はちゃんとお仕事をして下さることになりました。

必要最小限ではありますが、シモン領もご訪問されることになりました。


◆◆◆◆◆


懐妊により外出は控えるようにしていましたが、全く出ないというわけにはいきません。

今行われている王宮での式典行事もそうです。

セブンズワース家に連なる者として、参列しないわけにはいかないものです。


長く感じられた式典がようやく終わりました。

席を立ち、ジーノ様のエスコートで会場出口へと向かう途中、目の前が暗くなります。

貧血です。

頭から血の気が引いてふらついてしまいます。


ですが、わたくしもセブンズワース家の一員です。

家の品格を守らなくてはなりません。

王宮で、しかも多くの方がいらっしゃるこの式典会場で倒れるわけにはいきません。


「申し訳ありません。

人のいらっしゃらないところへエスコートして下さいませんか?」


エスコートして下さる腕に掴まりつつジーノ様にお願いします。


「何を言っている!

君を歩かせるものか!

君とお腹の子に何かあったらどうする!?」


「え!? ジ、ジーノ様!?」


なんとジーノ様は、わたくしをかかえられてしまわれました!

そして、わたくしを軽々とお抱えになって、物凄いスピードで走り始められたのです。


「まあっ!! なんて大胆な!!」

「あれはっ! お芝居などにある『お姫様抱っこ』ではありませんこと!?」

「驚きですわ! 美男美女で、まるで恋愛劇の一場面ですわ!」

「ハハッ! やるじゃないか彼は!」


は……恥ずかしいですわあああああ!!


式典終了直後ということもあり、まだ大勢の方が会場にいらっしゃいます。

視線のすべてがわたくしたちに集まり、そして会場の全ての方が驚かれています。

口笛を吹かれたり、拍手をされたりする騎士の方もいらっしゃいます。


公の場で男女が触れて良いのは手のひらだけです。

おしどり夫婦で有名な方々だって、王宮ではそうされています。

お姫様抱っこで走り回られる方なんて、いらっしゃいません。


もう恥ずかしくて、恥ずかしくて、どうにかなってしまいそうです。

手でお顔を隠さずにはいられません。


「まあっ! あれをご覧になって!」

「な、なんですのあれ!?」

「まあっ! なんてドラマチックな!」

「凄いですわ! まるで恋愛劇のハイライトシーンですわ!」


廊下ですれ違う皆様もまた、大変驚かれています。


「は、恥ずかしいですわ~。

下ろしてくださいませ~」


驚いてしまって出なかったお声ですが、ようやく何とか絞り出すことが出来ました。


「しかし、君は顔色が真っ青……ではなく真っ赤だな」


「当たり前ですわ!」


「大丈夫なのか?」


もちろん大丈夫です。

たとえ貧血で倒れてしまったとしても、お姫様抱っこで王宮を駆け回るよりずっと大丈夫です。


ジーノ様に下ろして頂き、逃げるように馬車へと向かいます。

先ほどまで頭から血の気が引いていましたが、今は平気です。

血の気は逆に頭に集まって、お顔は焼けるように熱いです。


馬車が走り出すと、先ほどの皆様のお言葉が何度も脳裏によみがえります。


『まあっ! あれをご覧になって!』

『な、なんですのあれ!?』

『まあっ! なんてドラマチックな!』

『凄いですわ! まるで恋愛劇のハイライトシーンですわ!』


頭に浮かぶたびに、火が出そうなくらいお顔が熱くなります。


「その……すまない。

万が一のこともあるのではないかと、怖くなってしまったのだ」


ジーノ様がそうされた理由は分かっています。

昨日の夜、読まれていた医学書が原因です。

妊婦の死亡事例などが集められたものを、お顔を真っ青にされて読んでいらっしゃったのです。

あれで不安になってしまわれたのでしょう。


ジーノ様だって、普段はあんなことをされません。

人並みの羞恥心はお持ちです。

それでもああされたのは、恥ずかしささえ忘れてしまわれるほどわたくしをご心配下さったのです。

不器用ですが、とてもわたくしを大切にして下さる、本当にお優しい方です。


しゅんとされるジーノ様は子犬のようで、とてもお可愛らしいです。

いつもはあまりお笑いにならず、氷の彫刻のような冷たい美貌をお持ちの方です。

普段との大きな落差に、胸が高鳴ってしまいます。


◆◆◆◆◆


「ああああああああああ」


「わ、若奥様!?」


奇声を上げつつベッドで高速回転を始めたわたくしに、ブリジットが驚いています。

わたくしがこんなことをしてしまう原因はお母様です。


『アナ。すごいじゃない。

王宮は今、あなたたち二人の話題で持ち切りよ』


先ほどお母様は、知りたくもないことをお教え下さいました。

もう恥ずかしくて恥ずかしくて、自室に戻ったらすぐ、こんなことをしてしまいます。


やっぱり、ジーノ様にはもう少し落ち着きをお持ちになって頂きたいです。



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このお話はカドカワBOOKS様より書籍化されています。

応援してくださった皆さまのお陰です。本当にありがとうございます。

WEB版との違いは以下のとおりです。


■WEB版■

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本来の物語からエピソードの半分以上を削り落としています。


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WEB小説ではテンポを優先せざるを得ませんから、エピソードもサブキャラも削り落としています。

書籍版では世界観に浸れることを優先して書いています。


このお話の本来の姿を、どうかお読みになって頂ければと思います。

書籍の公式ホームページはこちらです。

https://kadokawabooks.jp/product/goburinreijou/322112000368.html

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