第46話 魔教の村 (4/4)

住人をそのままにするわけにはいかない。

魔物も住む森の中で暮らしているのだ。

過酷過ぎる環境のため毎年のように死者を出している。

村長と一緒に村を出た二人も、もう亡くなっている。


村の人たちに移住を提案してみた。

だが、彼らの反応はかんばしくない。

この村で生まれた子供たちを除けば、大半の者はその容姿が理由で迫害されこの村に逃れて来ている。

たとえ死と隣り合わせでも、迫害を受ける街よりましなのだ。


「わたくしが担当したいですわ」


アナがそう言うので村人との交渉はアナに任せる。

するとアナは使用予定のなくなった兵糧で食事を作り始める。


広場の一角で食事を振る舞いつつ集まった村人たちと話す。

ともに食事をしながらここに来る前に暮らしていた街の不満などを聞き、不満が解消出来るような提案をアナはする。


あっという間に話をまとめてしまった。

住民たちはここから出て廃村に移り住むことに決まった。


「ジーノリウス様は口数も少ないですし、あまり笑顔もお見せになりませんからのう。

こういうことは奥様の方がお上手ですじゃ」


そう言ってマシューは笑う。




街から村に移り住んだ村人は、迫害を受けた者が大半だ。

街に住んでいた頃、住人との交流は希薄だった。

そんな彼らの指導者が魔教出身者だったのだ。

生活様式や考え方に魔教の影響が強く見られる。


村長に奥さんが複数いることもそうだ。

この世界には重婚について法律で特段の定めが無い国もある。

法で禁止しなくても重婚する者はいない。


聖教が重婚を禁じているからだ。

神の教えに反することは、たとえ法律が禁止していなくても誰もしない。


彼らが移る村に教会を建てることにした。

信じなくても良いから教会の教えに沿った生活様式は理解してほしいと要請した。

聖教の教えに沿った生活様式を理解出来ていないと、村の外の者とのトラブルも多くなる。



◆◆◆◆◆◆



「これだな」


これでも前世はエンジニアだ。

工学系検査魔法はお手の物だ。

感知系魔法を駆使してそれを探し当てた。


場所は、魔教の村からほど近い街の外れだ。

円環状にくぼんだ地形の中心部を魔法で掘り返すと、それがあった。


「これは、何ですの?」


隕石いんせきだ」


バスケットボールほどの大きさのそれは、石の表面がガラス質状に溶けている。

そして、大きさの割に重い。

隕石だろう。


「これが、皆様がああなってしまわれた原因なんですの!?

石一つであんな災いが起こるなんて、不思議ですわね!」


掘り返された石を見ながらアナは目を丸くする。


魔教の村の住人から出身地について聞き取り調査した。

彼らの出身地は特定の街に偏っていた。

その街に何かあるのではないか。

そう思って調査に来た。


そこで見付けたのがこの隕石だ。

街には隕石の伝承は残っていなかった。

おそらく大昔に落ちたものなのだろう。


にもかかわらずクレーター付近には草木が生えていない。

この隕石が原因だ。

未だに強い魔力線を放射している。

長期にわたって晒され続けると、魔力や気の循環にも障害が現れる水準だ。


原因が隕石である可能性は、ある程度予想出来た。

前世では隕石を悪魔の襲来とする伝承もあったし、隕石を原因とした発症者の大量発生の記録もあった。


魔法で隕石を土中深くに埋める。

これで根本的な問題は解決だ。

容姿が変異した者の異常発生も、これで無くなるだろう。


「こんなに簡単に解決してしまわれるなんて。

さすがジーノ様ですわ」


ふふふ。

アナに褒められると大変気分が良い。

そうだ。

私はシャルロッテより出来る男なのだ。



◆◆◆◆◆◆



「ありがとうごぜえますうううう!

ありがとうごぜえますううううう!」


「セブンズワースご夫人様は女神様ですだああああ!」


魔教の村の村人たちが床に伏し、号泣しながらアナに頭を下げている。

彼らの姿は、以前と同じではない。

健常者のそれだ。


「お気になさらないようにお願いしますわ。

わたくしも以前は人と違う容姿で、とても苦労しましたの。

皆様は、わたくしよりずっと大きなお苦しみをお抱えでしたもの。

存じてしまった以上、何もしないなんて出来ませんわ」


アナはそう言って穏やかに笑う。


村人のうち容姿を治したい者を、アナはセブンズワース家に招待した。

彼らを屋敷に留めつつ、アナは前世の医学書を連日深夜まで漁り続けた。

そして、全員の症状に合わせた魔法薬の調製手順を解明した。


実際に魔法薬を調製したのは私が作った製剤用ゴーレムだが、アナは一人一人の症状に合わせた魔法薬を作製し、ほとんど一人で彼らを治療してしまった。

号泣しながらアナに平伏しているのは、容姿が治った村人たちだ。


希望者は容姿を治す薬を用意すると伝えたら、特殊な容姿の村人全員が治療を希望した。

人格解体の危険がある者が希望するのは当然だが、そうではない者も全てだ。


例えば、猫獣人のような少女はアナと同じ魔力性疾患だ。

気の変調ではないから、粗暴化や人格解体のような精神症状は無い。

容姿の変貌により夜目が利くようになり、また人間離れした聴力と跳躍力も持っている。

そういう者たちも全て、治療を切望した。

「人と同じ容姿」というのは、多少の能力向上とは引き替えには出来ない大事なことなのだ。


「お貴族様のために何かさせて下さい!

このご恩に報いないわけにはいきません!」


「そうですだ!

何かさせて下せえ!

お貴族様が戦えって言うなら、おらたち命を懸けて戦いますだ!」


床に額をこすりつけて、村人たちは恩返しを望む。


アナは村人の容姿を治した。

更に、村人たちの意見を最大限に聞き入れた移住先を用意した。

加えて、当面必要な食料や物資などを提供した。

しかもその費用は全てアナの私費だ。

感謝するな、という方が無理だ。


公費を使わなかったのは公平の観点からだ。

同じように困窮している人や同じような疾患の人は他にもいる。

一部の知人のみ公費で助けるのは問題だった。


「何もなさらなくて大丈夫ですわ。

わたくしの自己満足のためにしたことですもの」


アナは謝礼を断るが、どうしても何かさせてほしいと村人たちは引き下がらない。

アナと村人の応酬はしばらく続き、やがてアナは困ったように私を見る。


私の助け船を期待しているのだ。

それでは出そう。助け船を。


「では、アナをたたえる文章を書いて、それを街の広場で読み上げてくれないか?」


「いえ……あの……それはちょっ」「素晴らしいアイディアですっっ!!!」


興奮したブリジットさんが叫ぶ。


「あのう、おらは字が書けませんけど」


「字の書けない方は私が代筆しましょう!!

何度でも読み上げますからしっかり暗記して下さい!!

奥様の素晴らしさを、私たちは広く世に伝えなくてはなりません!!

これは私たちの義務です!!

皆さん、そうは思いませんか!?」


ブリジットさんは代筆を買って出る。


「おお!! その通りですな!! ご夫人の素晴らしさを是非広めたいですだ!!」

「おら! やるだよ!! お貴族様の素晴らしさを大声で宣伝するだ!!」

「私も!! 私もやります!! 声の限りに宣伝します!!」

「……あの……皆様……あの……」


床に伏していた村人たちは立ち上がり、拳を振り上げて気勢を上げる。

ブリジットさんが煽ったことで大変な盛り上がりだ。

アナはそんな村人たちの間をうろうろしている。

こうして『セブンズワース夫人をたたえる演説大会』の開催が決まった。



◆◆◆◆◆◆



屋敷に魔教の村の元村長が来た。

彼は現村長でもある。

移住した先の村でも、彼は村長をしている。

アナと二人で村長の相手をする。


彼らは廃村に移住した。

井戸などの生活基盤の補修を終え、生活が維持出来る面積の畑も作り終えた。

農業の経験なんてほとんど無かった彼らだが、元の農民の神官に教わりながら何とか生活出来るようにもなった。

村での生活は軌道に乗った。

その報告と感謝の意を伝えるために、村長は来た。


雑談がてらに近況を聞く。

村長一家はあれから家族で話し合い、最初に結婚した奥さん以外とは離婚した。

この領地には重婚を禁止する法律は無い。

重婚は、単に宗教上の禁忌というだけだ。


その気になれば重婚を継続することも出来た。

しかし、村長自身がそれを嫌った。

強者は何人めとっても良い、というのは魔教的な価値観だ。


知らぬ間に魔教的な価値観に自分が染まっていたことを、村長は酷く嫌悪している。

それほど魔教が嫌いなのだ。


離婚は正解だと、私も思う。

聖教が普及する社会での重婚は、背教者のそしりは免れない。

おそらく、一家全員が不幸になる。


聖教の支配する社会には立ち入らず、村に残るなら離婚しなくても良かった。

だがそれは、離婚される奥さんたちさえ望まなかった。

たとえ離婚になっても、いつ死んでもおかしくない場所から逃れたかったのだ。


「セブンズワース夫人には本当にお世話になりました」


近況報告が終わってから村長は改めて深々と頭を下げる。

肩の荷が下りた気分だと村長は言う。


街で迫害を受ける者たちを無視出来ず、村長は彼らを自分たちの村に誘っていた。

しかし過酷な環境のため、死ぬ者は跡を絶たない。

村に誘って本当に良かったのかと、自問することも多かったそうだ。


子供が生まれ、村長の苦悩は一層深くなった。

自分が死んだら家族は平穏に暮らせるのか、どうすれば我が子が将来安全に暮らせるのか。

それを考える毎日だったそうだ。


その長年の苦悩を、アナが解決した。

彼がアナに深く感謝しているのは、それが理由だ。


「せめて何かお礼をしたいと思いまして

私にはこんなものしかありませんが」


村長は袋からドサドサと本を出す。


「何の本だ?」


「武功書です」


私の問いに村長が答える。


「書物なら譲り渡さなくても書写すれば良いのではないか?

そうすればどちらも同じ書物を持てるではないか」


「ジーノリウス様。武功書は書写出来ません」


疑問を呈した私にブリジットさんが教えてくれる。

武功書は書く際に気を墨に混ぜ込んで書く。

通読すれば文字で書かれた内容を理解出来るだけではなく、墨に混ぜ込まれた気によって『功理』を悟ることが出来るらしい。


通常は長年の修行によって『功理』を悟る。

武功書ならそれを一瞬で理解出来る。


「『功理』を掴んでいないなら、技は単なる猿真似です。

型どおりに剣を振っても、一般人が剣を振る程度の威力しか出ません。

剣で岩を斬るには『功理』を悟らなくてはならないんです」


そうブリジットさんは言う。


武功とは情報伝達も出来るのだな。

本当に奥が深い。


ちなみに、武功書を作れるのは達人中の達人とのことだ。

そして武功書が使えるのは一度だけ。

一度誰かが最初から最後まで通読して『功理』を得てしまうと、武功書はただの書物になってしまう。

だから武功書は極めて貴重らしい。


そんな貴重なものを何故これほど大量に持っているのかと聞くと、両親が残した遺産らしい。

村長の両親は武功書集めが趣味だったようだ。


「そんな貴重なものを、ましてご両親の形見なんて頂くわけにはいきませんわ」


アナは固辞する。

そこから「どうしても貰ってほしい」という村長と「頂くわけにはいきませんわ」というアナの言い合いとなる。


「奥様。受け取って上げて下さい。

多くの方の人生を変えてしまうほど大きなことを、奥様はされたのです。

それほどの大恩を受けて貴重品も献上出来ないのでは、村の人たちも心苦しいと思います。

奥様はもう少し、ご自身の偉大さを自覚するべきです」


熱が籠もった視線をアナに向けてブリジットさんが言う。

結局、一冊だけアナが貰うことで落ち着いた。



「夫人はどのような武功をお望みでしょうか?」


「そうですわね。

人を傷付けないものが良いですわ」


「ありますよ。

これなんてどうでしょうか?

粘液を射出して相手を動けなくする武功です。

相手を傷付けません」


そう言って武功書を開いて中に書いてある図をアナに見せる。

どうやらチラ見程度なら武功書を使ったことにはならないようだ。


「……あの……もしかして粘液って、お鼻から出るんですの?」


「そうです。

強力な粘液がたっぷり出ます」


「……」


無言になってしまったアナはちらりとブリジットさんを見る。

ブリジットさんは首を横に振る。

武功書を譲り渡しても、ブリジットさんもまたこの武功を修得する気はないようだ。


「では、こちらの武功なんてどうでしょう?

空を飛ぶ武功です」


「まあ! お空を飛べるんですの!?」


「はい。飛べます」


村長はまた武功書を開いて図解をアナに見せる。


「……あの、その図の飛び方って……」


「はい。おならの推進力で飛びます。

ですから下半身は何も身に着けていないのです。

下着やスカートは風圧で破けてしまいますからね」


「……」


またも無言になってしまったアナは、またもちらりとブリジットさんを見る。

ブリジットさんもまた首を横に振る。


「これなんてどうでしょう?

『金皮奇功』と言って剣で斬り付けられても傷一つ負わない皮膚を作る武功です。

修練方法も単純明快、ただ十年間全裸で過ごすだけです」


「……あの……頂いても修練はしないと思いますの。絶対に」


村長は次々に武功書を紹介する。

どれも致命的な問題があるものばかりだった。


武功書というのは大変貴重で、ときにそれを求めて殺し合うこともある。

ブリジットさんはそう言っていた。

それほど貴重なものを何故、村長の両親がこれだけ集められたのか分かった。

どれも命懸けで欲しがる人がいなかったからだ。


「ジーノ様に、お決め頂きたいですわ」


困った顔を私に向けてアナが言う。

可愛い。凄く可愛い。


「そうだな。

では、その『金皮奇功』を頂こう」


「ジ、ジーノ様!?」


アナは不安いっぱいの顔で私を見る。

私が選んだ武功書は、十年間全裸で過ごす必要があるものだ。

夫の全裸での外出は、妻として何としてでも阻止したいのだろう。


「大丈夫だ。この武功を修得したいわけではない」


だが、私を何だと思っているのだ。

そんな武功、修練するはずがないだろう。


この武功書は、研究のために使わせて貰うつもりだ。

文字に気を混ぜ合わせることで文字には書かれていない情報を伝達する技術は、前世で見たことがないものだ。

この未知の技術を是非とも研究したい。


研究対象はもう一つある。

魔道士や武人は、体内に魔力脈や気脈を形成する。

脈の運行経路は家門独自、流派独自のものだ。


もし武功などを修得済みの者が別の武功を追加で修得したなら、経路の異なる二つの脈が体内に構築されてしまう。

そうなると、脈同士が衝突してどちらも機能しなくなる。

それが通常だ。


しかし村長は、今日持ってきた全ての武功書の大半は武人や魔道士でも修得可能なものだと言っていた。

貴族家には家門独自の魔法や武功を秘密裏に代々伝える家も多い。

そういう貴族家の事情も考えて、村長は武人や魔道士でも修得出来るものを多く持ってきたのだ。


この武功もそうだ。

皮下の極浅いところにのみ脈を形成する武功なため二重修得も可能とのことだ。

その形式の脈も、私にとっては未知の技術だ。

是非とも詳しく研究したい。



◆◆◆アナスタシア視点◆◆◆



街の広場に石碑が建てられました。

こういう石碑が建てられること自体、大変珍しいことです。

街の皆様の注目を集めました。


この石碑を見て多くの吟遊詩人がお歌を創られています。

石碑に刻まれているのは、村の皆様が書かれた感想文です……。

吟遊詩人が創られているのは、わたくしのお歌です。


お歌では、わたくしが魔教徒を退治してその上で魔教徒をお世話したことになっています

また脚色されて、全然違うお話になっています。


「魔教徒の里に~♪

正義の公爵夫人の声が轟く~♪

月に代わってお仕置きよ~♪

悪を許さぬ我らが夫人~♪

ドレスのスカートひるがえし~♪

魔教の一味をバッタバッタとなぎ倒す~♪

お姫様キーック♪」


お歌に合わせて女装した吟遊詩人が大きく足を蹴り上げられると、小さな女の子が大喜びで一緒に足を上げます。

その子のお母様は、はしたないから止めなさいと女の子をお叱りになっています。


小さな女の子でもしないようなことを、わたくしがしたことになっています。

淑女として、とてもとても複雑です。


お歌はいつの間にか『セブンズワース夫人の世直し大冒険』という題名でシリーズ化してしまいました。

極め技の名前はお姫様キックでシリーズ固定のようですが、それも複雑です。

もう結婚しているのですから、お姫様は止めてほしいです。



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以上、魔教編の冒頭部分でした。

WEB版本編は、結婚後のお話を書かない前提で不要部分を削ってます。

ですので、結婚後のお話をWEBで書こうとするとどうしても背景事情などで説明過多になってしまいます。

それから、書籍版にのみ登場する人たちも出しにくいし、省略したエピソードを前提としたエピソードも書きにくいです。

ご紹介できるお話の範囲がどうしても狭くなってしまいます。

このためいまいちのお話になってしまいました。

申し訳ありません。

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