第31話 ブリジット 1/5 上司と幼馴染

お知らせです。

12月8日、ゴブリン令嬢の3巻が発売されます。

この巻で完結です。


皆様のおかげで無事、最後まで書き切ることができました。

もう感無量で、書き終えたときは泣いてしまいました。

本当に、応援ありがとうございました。


3巻の主な内容は、戦争と建国で、WEB版で言うと本編27話以降のお話です。

アナの巨大な魔力、アナの刺繍科研究生としての成果、第二王子はどこに行ったのか、王子たちとの確執など、これまでの伏線もまとめて回収されます。


番外編にも結婚後のお話がありますが、3巻のお話は本編です。

本編と同じく軸になるストーリーがあって、その大半が書き下ろしです。

断片的な小話の番外編とは雰囲気が全然違いますから、番外編をイメージして買われてしまうと期待通りのものではないと思います。


エカテリーナやアンソニーなどWEB版ではカットしてしまった登場人物が物語に絡み、エピソードも1巻や2巻での物語を前提にしたものがほとんどです。

WEB版の続きが知りたくて3巻だけ買っても、残念ながら内容はよく分からないと思います。


まだ書籍を購入されていない方は、なにとぞ1巻からお読み頂ければと思います。

そして3巻を読まれて、一人の女性のために国まで造ってしまったジーノの愛の深さと、そんなジーノを懸命に慕う健気なアナを、ぜひぜひご堪能下さいませ。


公式ホームページはこちらです。

https://kadokawabooks.jp/product/goburinreijou/322112000368.html


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◆◆◆ブリジット視点◆◆◆



今日は王都からも近いミドルウェガラの街に来てる。

この辺りで一番大きな貧民街のある街だ。

その貧民街に用がある。

デミさんも一緒だ。


デミさんは、お嬢様の専属使用人だ。

私はお嬢様の専属使用人見習いだから、この人は私の直属の上司だ。


貧民街に入ってバラック小屋が建ち並ぶ場所を通り過ぎると、石造りの建物が並ぶ場所に出る。

ぱっと見は立派な建物に見えるけど、どれも古くて今にも崩れそうだ。


元は平民街だったけど、貧民街に呑み込まれた地域だ。

だから通りにいる人たちは、みんな見窄みすぼらしい。


「『多頭蛇ナーガ』の者よ。用件は……言わなくても分かるでしょう?」


三階建ての大きな建物の入口で、座り込んでいた男にデミさんがそう言う。


その男だけじゃなく、近くにいた四人の男たちも顔色を変えて立ち上がる。

みんな緊張した面持ちで身構えている。

浮浪者のふりをしていた彼らは、入口の見張りだった。


多頭蛇ナーガ』は、セブンズワース家隠密衆の別名だ。

後ろ暗いことをするときに、えある家門の名を出す訳にはいかない。

隠密が外で仕事をするときはこの名を使う。


「……お前たち二人だけか?」


「ええ。そうよ。

あなたたちのリーダーとお話をしに来たの」


デミさんが答えると、男たちは緊張が解けて安心した顔になる。


デミさんは三十代の女の人だ。

そして私は子供だ。

戦うことになっても、私たち二人だけなら余裕で勝てると思ったんだろう。




石造りの建物の三階の一室に通されて、所々に穴が空いている粗末なソファにデミさんと並んで座る。

目の前のソファには、スキンヘッドの男が座ってる。

その男以外に、部屋には八人の男がいる。


気配から分かる。

みんな強い……。


ソファに座る男以外の全員が、今にも襲い掛かって来そうな気配を漂わせて油断無く武器に手を置いてる。

私たちの背後にも、そんなのが三人立ってる。


武器を持って殺気を漂わせる人間に、背後に立たれるのは気分が悪い。

落ち着かないから、座っていたくない。


でも、我慢して座ってるしかない。

デミさんから、座るように言われたから。

デミさんが怒ると、とっても怖い。


「まあ、茶でも飲みな」


濃い紫の髪に赤い瞳のデミさんは、豊満な体付きの美人だ。

こんなこと言ったら怒られるから言えないけど、顔も体も貴族街より歓楽街が似合うと思う。

そんなデミさんの豊満な体を、スキンヘッドのリーダーはじろじろと見ながら言う。


「ふふ。ありがとう。

ちょうどのどが渇いていたの」


緊張する私とは正反対に、デミさんはとてもリラックスしてる。

リーダーに勧められてお茶まで飲んでる。


敵陣に潜入したとき、飲食物は一切口にするなって教わった。

だから私は飲まない。


でもデミさんは、そんなのお構いなしに、おかわりまで貰ってがぶがぶ飲んでる。

大丈夫なのかな?


デミさんがそんな調子だと、万が一のときに逃げる経路を考えてしまう。

昼間なのに薄暗い石造りのこの部屋には、小さな採光窓しかない。

子供の私でも、あの窓からは出られない。


この建物には、人の気配がたくさんある。

建物から出るまでに十人以上と出くわすことになると思う。


ここから出るだけでも大変だ。

どうやって逃げよう……。


「それで、何の話をしに来たんだ?」


「一応、確認させてほしいの。

三日前に当家のお嬢様を狙ったのは、あなたたちよね?」


セブンズワース家の弱点は、後継者が一人しかいないことだ。

お嬢様を消してしまえば、家門の命脈は途絶えてしまう。

だから、ときどきお嬢様を狙う奴らがいる。


もっとも国内の隠密で、そんなことをする人はあんまりいない。

みんな『多頭蛇ナーガ』の恐ろしさをよく知ってる。


でも国外の人たちには、多額の報酬に釣られてお嬢様を狙うのもいる。

この人たちもそうだ。

わざわざこの国まで来て、貧民街に根城を構えてお嬢様を襲撃した。


もちろん、お嬢様の元までなんて近付かせなかった。

その前に殲滅した。


「……そうだ。俺たちが狙った。

だが……それを知ってどうするつもりだ?」


「もちろん、報復に殺すわ。

一人残らずね?」


「ははっ。

お前たち二人しかいないのにか?

お前たちを始末して拠点を変えたら、それで済む話だと思うが?

たとえこの部屋にいる俺たち全員を殺せたところで、この建物にはまだ五十人以上の仲間がいる。

ここで俺たちとやり合って、ここから無事抜け出せると思ってんのか?」


「抜け出すのなんて、簡単でしょう?

私たち以外は、みんなこれから死ぬんだから。

勘違いしているみたいだけど、私は逃げ出すと言ったんじゃないの。

一人残らず殺すと言ったのよ?」


「ガキのお守りをしながら、お前一人でか?

どうやって?」


「もう大体終わってるわ」


「なに?」


立っていた男たちが次々に倒れる。


「……これは……毒か……馬鹿な……どうやって……。

この部屋には……ガキも……いるのに」


リーダーはあっという間に土みたいな顔色になって、体は震え始めて、凄い量の汗を流し始めた。

真っ直ぐ座っていられなくなったリーダーは、体を崩れさせてソファに横たわりながら言う。


他の人たちはもっと酷い。

泡を吹いたり、白目になったりして床で昏倒してる。


この人たちはデミさんから貰った物を食べてもいないし、デミさんに液体や粉末を掛けられたわけでもない。

全員を毒で侵すなら、空気中に毒を撒くしかない。

小さな採光窓しかないこの部屋で毒を撒いたら、私まで毒にやられてしまう。


でも、私は全然平気だ。


「部屋中に撒いたのは、毒じゃなくて私の毒功よ?

私の意思で自在に動かせるから、この子だけ吸わせないなんて簡単よ?」


「俺たちを……殺して……ここから……出られると……思うのか?」


「大丈夫よ。

私の毒功は広範囲に広げて操作出来るし、風でも飛ばされないの。

建物の中の人たちはもちろん、建物の外にいる人たちも全員……もうすぐ死ぬわ」


この人はもう、周囲の気配を感じられないんだ。

それぐらい深く毒に侵されたんだろう。


でも私は、ぴんぴんしてる。

だから気配で分かる。


この建物の中の人たち全員が、ほぼ同時に倒れた。

そうなるように、デミさんは調整したんだ。

そんなことをして遊ぶぐらい、デミさんには余裕があった。


私が戦ったら苦戦しそうな人が何人もいたのに。

敵は五十人以上もいたのに。

たった一人で、遊びながら処理してしまった。


……強い。

出鱈目でたらめな強さだ。


「なんで……武功が……使える……。

その茶には……散功毒が……は……入って……いたのに……」


「ふふ。私にとって毒は霊薬と同じよ?

飲めば飲むほど強くなれるわ」


お母様から教わったから知ってる。

散功毒は、武功が使えなくなる毒だ。

どうやらこの人たちは、武功を使えなくして私たちを捕らえるつもりだったみたいだ。


危なかった。

私が飲んだら戦えなくなってた。


実は、王都からこの街まで走って来たから、とってものどが渇いてた。

我慢して正解だった。


「毒を飲んで……強くなる女……まさかお前……毒龍バジリスク……か?

毒龍バジリスクは……屋敷から……出ない……はずじゃ……」


「そうね。

普段はあんまり外には出ないわね。

私がお仕えするお嬢様は、外に出たらがらないの。

でもね。今日は、この子の研修なのよ」


そう言ってデミさんは、私の頭をポンポンと叩く。


「ブリジット。

この階の一番奥の部屋にいる五人は生かしておいたわ。

あの五人なら、今のあなたにはちょうど良いと思うの。

私はこれからこの人たちの尋問をするから、その間にあなたはその五人を始末して来なさい?

魔法は使わずにね?」


やっぱりデミさんは厳しい。

私はまだ子供だから、武功を使う大人が五人もいたら大変だ。

その上、魔法を使っちゃ駄目なんて……本当に厳しい。





「随分と時間が掛かったわね」


最後の一人を討ち取ったとき、私以外誰もいないはずの部屋に声が響く。

驚いて、ビクッとしてしまう。


デミさんだった。

いつの間にこの部屋にいたんだろう。

全く気付かなかった。

本当に怖い人だ。


「あなたの武功は接近戦向きなのよ。

だから距離を取られると、大して広くないこの部屋でも苦しい戦いになるの。

これが十分に距離を取れる野外だったら、もっと大変なことになっていたわね?」



◆◆◆



「酷いと思わない?

魔法を禁止しておいて」


デミさんの無茶振りを、つい同じ隠密衆のメルヴィン・ブルガーノフに愚痴ってしまう。

ミドルウェガラの街から帰って来て、私は王都には入らず街壁の外で修練をしていた。

それがちょうど終わった頃、メルヴィンも王都の外に来た。

今はメルヴィンと一緒に屋敷に向かっている。


彼も子供で、私とは一歳差だ。

だから、とても話しやすい。


もっとも、私の年齢はお父様とお母様が決めてくれたものだ。

私の誕生日は、私を引き取ってくれた日だ。

貧民街の浮浪児だった私の本当の年齢や誕生日なんて、私だって分からない。


「魔法を使えたら、あんなに苦戦なんてしなかったと思うの。

距離を取られたら魔法で攻撃すれば良いだけなんだし」


並んで歩くメルヴィンに、串焼きを食べながら私はそう言う。

串焼きは、王都に入ってから買ったものだ。

お腹が空いて我慢出来なかった。


「僕には……デミさんの気持ちも分かるなあ……。

あの黒いこいの魔法は、君の切り札だろう?

それなら、簡単に見せちゃ駄目だよ。

奥の手はギリギリまで残して置くべきだよ」


「どうして?

どうして見せちゃ駄目なの?」


「君は強いから、きっと将来は通り名が付くぐらい有名になるはずさ。

そうなったとき、お嬢様を狙う奴はしっかりと君への対策を立ててから挑むはずだよ。

その対策を崩せるのは、強力で意外性のある奥の手だと思うよ?

あの黒い鯉みたいな手だね」


……そうかもしれない。

今回討ち取った人たちも、最後に意外な一手を使って来た。

その一手に対処したら相手は絶望した顔になったし、私はその顔を見て勝ちを確信した。


貧民街にはそんな人いなかったけど、隠密はみんな奥の手を持ってるみたいだ。

私も持っていた方が良いかもしれない。


「遠距離対策なら、普段は暗器を使うのはどう?

僕は暗器使いだからね。

暗器なら教えられるよ?」


「どんな暗器?」


「暗器ならどれでも教えられるけど……これなんてどう?

鋼糸鏢こうしひょうって言うんだけど」


「……今、どこからそれ出したの?」


何も無い手のひらの上に、いきなり武器が現われた。

金属の小さな刀と金属の輪を金属糸で繋いだ武器だった。


「ああ。遁冥幽幻功って言って、ブルガーノフ家の家伝武功だよ。

こうやって暗器を自分の体に溶け込ませて隠しておけるんだ」


信じられない。

手のひらの上にあった武器が吸い込まれるように体の中に消えて、またポンと手のひらに現われた。


「こう見えて、僕もブルガーノフ家の一員だからね。

今だって、重さにして五十キルロ以上の暗器を体に隠してるよ?」


メルヴィンは体のあちこちから武器を出して、それから武器を消す。


「なあっ!!?

ちょ、ちょ、ちょっとブリジット!!?

な、な、な、何を!!?」


体を少し押したら、武器が埋まってる感触があるんじゃないかと思った。

でもそんなことはなく、どこを押してもメルヴィンは普通の人間の体だった。


「大袈裟ね。ちょっと体を触っただけじゃない?」


「……だ、駄目だよ……女の子がそんなことしちゃ……」


私より背の高いメルヴィンが、真っ赤な顔をして言う。

なんだか可愛い。





「それは、あなたを送ってくれたのよ」


王都の外から屋敷まで、メルヴィンと一緒に戻って来た。

てっきりメルヴィンも屋敷に用があるのかと思ったら、屋敷の門まで来るとメルヴィンはまた王都の外へと向かってしまった。

メルヴィンが何でそんなことをしたのか分からなくて、デミさんに聞いてみた。

返って来た回答がこれだった。


「送る? なんで?」


「もちろん、あなたが女の子だからでしょう?

一人歩きは危ないから、心配してくれたのよ」


……そうだったんだ。

同年代の男の子から、女の子扱いされるなんて初めてだ。


貧民街の破落戸ならずものたちは、私を人間扱いさえしなかった。

あそこでの私の呼び名は「忌み子」か「ガキ」だった。

慣れてないからなのか、女の子扱いされると何だかくすぐったい。



◆◆◆



「ブリジット。

今日は研修で疲れたでしょう?

ケーキを残しておきましたわ」


お嬢様はそう言っておやつのケーキを差し出してくれる。


お嬢様だって、ケーキを好きなだけ食べられるわけじゃない。

食べ過ぎないように、奥様がしっかり管理している。


そんな貴重なケーキを、お嬢様はよくこうやって私に分けてくれる。

お嬢様がそうしてくれると、心がぽかぽかする。

お嬢様は、お陽様みたいに暖かい。



「今日はブリジットの好きな遊びをしようと思いますの。

何がしたいかしら?」


「お人形さん遊びが良いです!」


即答してしまった。

だって、お嬢様とのお人形さん遊びはとっても楽しいから。


きつい修練の後は、特に人を殺した後は、お嬢様とのお人形遊びが心を癒やしてくれる。

この遊びは楽しい。

遊びの中でずっと、お嬢様は私を気遣ってくれる。

お嬢様の心の温かさがじかに伝わってくる。

それがすごく心地良い。

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