第44話 魔教の村 (2/4)

あと少しで魔教の村だ。

ここまでは馬車での移動だった。

ここから先は森に入る。

移動は徒歩になる。


今、私たちは馬車から徒歩に切り替えるための準備をしている。

責任者の私は、その作業の指揮を執っている。


少し離れたところでアナが剣の訓練をしている。

アナの得意武器は暗器のひょうだが、今回は剣で戦うつもりのようだ。

騎士は隊列を組み同じ武器で戦うときに強さを発揮すると、学園で習ったからだ。


方向性はおかしいが、迷惑を掛けないようアナなりに努力しているのだ。

とても健気で、とても可愛い。


アナは正眼に剣を構えている。

だが、剣の重さを支えるだけの力が無く剣先はプルプルと震えている。


「あ!」


思わず声が出てしまった。

素振りのためになんとか剣を頭上に持ち上げたものの、アナは頭上で剣を静止させることが出来ず後ろに蹌踉よろけてしまったのだ。


それを予測していたブリジットさんが素早く片手でアナの体を支え、もう片手で剣を掴む。

アナが両手で支えきれない剣を、ブリジットさんは片手で余裕を持って支える。

おかげでアナは転ばずにすんだ。


「奥様、危ないですからもうお止め下さい。

先程も申し上げたように、奥様にその両手剣は無理です」


ブリジットさんがアナに苦言を呈する。

その通りだ。

もう止めてほしい。


戦闘になったら制圧は私とゴーレム兵団だけで行う予定だ。

同行する騎士の大半はアナの護衛に回す。

アナが戦う必要はない。

百歩譲って武器を準備するにしても、得意のひょうを使ってほしい。


アナが気になって仕事がはかどらない。

私が焦燥の声を出してしまったので、騎士は報告途中で言葉を止めてしまっている。


無念だ。

仕事さえ無ければ、私が近くでアナを助けるのに。



◆◆◆◆◆◆


もう随分森の奥へと来た。

山歩きに慣れていないので中々骨が折れる。


行軍する集団の中でアナだけは私がき馬をするポニーに騎乗している。

通常の馬で森に入ると、木の枝が頭に当たることもあり危ない。

だが騎乗するアナの目線が私より低いこの小さなポニーで、しかも曳き馬乗馬なら大丈夫だ。


「シャルロッテ。

そろそろ村の近くだと思うが?」


「はい。ジーノリウス様。

北北西およそ四.五キルロの位置に人間の集団の反応があります」


私が尋ねるとポニーの背に積まれている背負い袋からぬいぐるみが顔を出して答える。

このぬいぐるみには多くのセンサーやレーダー類が搭載されている。

遠く離れた生物についても詳細に把握できる。


「人数と予想戦力はどうだ?」


「数は男性二十三名、女性二十八名で計五十一名です。

いずれも一般人であり、魔道士および武人はいないと推定します」


「なんだと?

……男女比に間違いないのか?」


「はい。

魔力と気、いずれの循環で計測しても男女の人数は一致しています」


魔道士がいないのは想定通りだ。

だが、武功を使う者がいないのはおかしい。


気と魔力の体内循環の方向は男女で逆だ。

シャルロッテは人体の魔力流と気力流の流れを感知し、その循環方向で男女を見分けている。

どちらでもその男女比なら、精確に体内循環を測定できているということだ。

その上で気の保有量が武人の水準に届く者がいないと判断している。


もしかして、普通の村なのか?

それなら何故こんな森の奥深くに村を作るのだ?


「凄まじい感知能力ですのう。

森の中で四キルロ以上離れた人間の内功の量まで分かるとは」


マシューが感心する。

生命維持には気が必要だ。

その気を別のことに消費してしまえば死んでしまう。

だが武功修練によって気を増やせば、余剰分は別のことに使える。

内功とはその余剰分だ。


気の感知方法について、ブリジットさんから教えて貰ったことがある。

それを私なりに解釈するなら、武人は人体から自然発散される微量の気を感知しているのだと思う。

対してシャルロッテは、ベータ・ニュートリノなど複数の素粒子を照射しその反射を計測して感知している。

感知方式が違うから計測範囲や精確さも異なる。


「ふふふ。

頑張りましたわね、シャルロッテ。

偉いですわ」


アナは袋からのぞくシャルロッテの頭をでる


おのれっ!

アナに頭を撫でて貰うとはっっ!

私だって撫でてほしいのにっ!





しばらく歩くと村が見えてきた。

村の周囲には魔物除けに深い堀が作られている。

堀のすぐ内側は、堀を作ったときに出た土で山のように盛り上げられている。

その山の上には木の柵が途切れることなく続いている。


村の入り口の木製の大きな門は閉められている。

門が僅かに開けられ、そこから三十代と思しき男が一人で出てくる。


「お、お貴族様が、こ、こんなところに、な、な、何の用ですか!?」


震え声を上げたのは、ぱっと見では普通の男だった。

やはり魔功修練者とは思えない。


男の顔にはおびえが見える。

前領主は、平民を人と思わないような人物だった。

彼の政治を経験しているから貴族は怖いのだろう。


「初めまして。

私の名はジーノリウス・セブンズワース。

新たにこの地の領主となった者だ。

この森の中に村があるという報告を受けてな。

調査のためにここに来た。

すまないが、調査に協力してほしい」


男は了承してくれた。

村の中に入ってちらりと様子を見る。

人影は無い。

招き入れてくれた男を除けば、人っ子一人いない。


皆、家の中に閉じ籠もってしまっているのだろう。

相当貴族が嫌いなようだ。


村人はこれで全員なのか男に聞く。

どうやら、狩りに出掛けている男性陣が他にいるとのことだ。


その者たちが魔教徒なのかもしれない。

魔教の村なのかについての調査は、彼らが揃ってから行うことにする。


色々と想定外だったので、調査のために追加で準備する必要がある。

その準備をマシューがしてくれた。

彼は今、村人から貰った木の板に指で彫刻をしている。

指を彫刻刀代わりにするとは、どんな指をしているのだ……。


「何をっているのだ?」


「魔教主ですじゃ」


これが魔教主なのか!!?

驚きだ!!


かなりの技術で浮き彫りに彫られたその人物は、三面六臂だった。


気の流れの変調により容貌が変異する疾患は前世にもあった。

翼が生える疾患や角が生える疾患は、前世で見たことがある。

だが、顔がいくつも出来る疾患なんて見たことがない。

……武功とは何とも不思議なものだ。


「……阿修羅か」


「流石ですのう。

しっかり勉強して来られましたか。

そうですじゃ。

魔教主は代々アシュラの名を名乗っていますのじゃ」


魔教主の彫刻を見て、前世で見た阿修羅像を思い出してしまった。

それでつい独り言を言ってしまい、その独り言をマシューが予習してきたものと誤解した。


誤解は解かない。

前世のことを説明するつもりはない。


「なるほど。踏み絵をするつもりなのか」


「そうですじゃ」


魔教が神聖視するものは二つ。

聖火と、聖火の管理者であり力の象徴である教主だ。


もし本当に魔教徒なら、踏み絵を迫られたとき動揺ぐらいはするはずだ。

注意深く観察していれば、ある程度当たりを付けられる。




◆◆◆◆◆◆



狩りに出た男たちが戻って来て村人が全員揃った。

村長に村人全員を村内の広場に集めて貰うと、そこで驚いてしまう。


シャルロッテによれば、全員に内功が無いとのことだった。

魔功を修めている者はいないと思っていた。

だが、人と違う外見の者がかなり多くいた。


狩りから帰って来た者だけではない。

私たちが到着したときからいた者たちにもだ。

彼らが武人でないことは、シャルロッテが計測している。


背に蝙蝠こうもりの翼を持つ者、側頭部から牛のような角が生えた者、頭から耳が生え猫のような尻尾を持つ者……。

容貌は様々だ。


それと同じぐらいの割合で普通の容姿の者もいる。

それから、男女とも大体五分の一ほどが中等生以下の子どもだ。


全員に共通しているのは、目に浮かぶ恐怖だ。

特に、容姿が普通の人と掛け離れているほどその度合が強い。


門に出向いた男が普通の容姿だった。

怯えてはいたが軽度だった。

だから気付かなかった。

だが、今なら分かる。


特に容姿が普通とは違う彼らの恐怖は、貴族に対する恐れではない。

迫害を受けた者のそれだ。


その容姿のせいで、彼らはきっと辛い思いをして来たのだろう。

前世では私もブサメンのために苦労した。

彼らの苦労は、それを遥かに上回るはずだ。

ここにアナがいたら、きっと彼女も同情してしまっていただろう。


アナは今、村の外にいる。

戦闘になった場合に備えてのものだ。

連れて来た四十数名の騎士は、一人を除き全てアナの護衛だ。


村の中にいるのはその残り一人の大盾を持つ騎士一人と、私とマシューだけだ。

戦いになった場合、戦闘に参加する人員はこれだけだ。

問題ない。

必要になったら即座にゴーレム兵団を召喚する。


まだ召喚していないのは、見るからに屈強そうな金属製兵士に恐れをなして蜘蛛の子を散らすように逃げられても面倒だからだ。

それに、唐突に宙から現れる兵団は意表を突けるし動揺も誘える。

軍略上も後出しが有利だ。


「これは……何の彫刻ですか?」


地面に置かれた踏み絵の板を見て皆が不思議そうな顔をする。

君たちが迫害される原因を作った者の彫刻だと教える。


すると、誰もが不快そうな顔をして躊躇ためらいなく板を踏み付ける。

とても魔教徒とは思えない。


特に村長だ。

踏み付けるときの目には、深い憎悪が籠もっているように見えた。


最後に、村人全員の脈をマシューが取る。

脈を取ると言っても、心拍数を測るのではない。


武功修練者の多くは相手の手首に指先を当てるだけで相手の状態を知ることが出来る。

マシューが見るのは、心拍数ではなく魔功修練の形跡の有無だ。


まさか体系化された診断技術まで武功に存在するとは思わなかった。

実に奥が深い。

魔力を用いず、気のみの運用で医療行為だ。

気と魔力の併用を基本とする前世の運用技術を知る私からすれば、もはや曲芸だ。


「全員、内功はありませんでしたぞ」


脈を取り終えたマシューが言う。

武功を修練すれば内功が生まれる。

内功を持つ者がいないということは、魔功修煉者もいないということだ。


ここが魔教の村ではない証拠は他にもある。

例えば、容姿のバリエーションが豊富過ぎることだ。


蝙蝠の翼を持つ者や牛のような角を持つ者は、そういう容姿になる魔功の存在が確認されているそうだ。

だが猫の耳に猫の尻尾が生えるような魔功を、マシューは知らないとのことだ。

少なくとも、猫獣人のような少女やリスの尻尾のようなもの生やした男の子などは魔功とは関係が無い。

雑多な人たちが混じり合う状況は、魔教の村ではないことを示す状況証拠だ。


これら状況を考え合わせると、ここは魔教の村ではない。

マシューはそう結論付ける。


となると、彼らの容姿は魔功によるものではなく気経路性疾患を患ったからということだ。

診断してみないと分からないが、もしかしたらアナと同じ魔力性疾患の者もいるかもしれない。

魔功修練以外でも、気や魔力の循環経路に歪みが生じたら容姿は変わってしまう。




「ご協力ありがとう存じます。

お陰様で皆様の誤解も解けましたわ」


安全が確認され村に入って来たアナは、晴れやかな笑顔で村人たちに礼を執る。

戦闘にならずアナも嬉しいのだ。


逃走した魔教徒の追撃に備えて兵糧は多めに準備していた。

戦う必要がなくなったので、その兵糧は使途を失った。


その兵糧を利用して炊き出しをしたいとアナが言い出す。

村人の栄養状態は一目見てあまり良くない。

もちろん了承する。



◆◆◆◆◆◆



私たちが宿泊するためのテントが村内に張られた。

そのうちの一つ、作戦会議用の大きなテントに村長を招く。

この場にいるのは、私とアナ、ブリジットさんとマシュー。

それから、人ではないがシャルロッテが普通のぬいぐるみのふりをして部屋の隅に置かれている。


村長は四十代の男性だ。

肘から下が黒曜石のように硬化していて指先は鋭く尖っている。

私たちが訪れたとき、彼は狩りに出て不在だった。


村の食料は成人男性の戦える者が森の中で狩って来る。

狩りが出来る者が村内の地位も高く、狩猟部隊の長である彼は村長も兼ねている。

炊き出しでアナが聞き出した情報によると、権力者の彼には奥さんが三人もいるらしい。


だが生活は大変そうだ。

今の季節なら日帰りで狩りも出来るが、獲物が少ない真冬は十日以上も帰れないこともよくあるそうだ。

一年の半分は、村の外で野宿をしているとのことだ。


「仕方ないです。

食べ物が無いとみんな餓死しますからね」


そう言って村長は笑う。


「それで。どういったご用件でしょうか」


しばらくの雑談の後、村長は本題について尋ねる。


いくつかのことについて確認しなくてはならない。

一つは、村内で行われているであろう殺人についてだ。


「皆さんの脈を取らせて貰って、内功がないことは確認しました。

他の皆さんは一度も武功を修練したことがないようですのう。

ですが村長、あなたは違いますな?

その黒曜石のような手は黒爪魔功を修練して作り上げたもの。

内功が無いのは丹田を破壊されたから。

そうですな?

内功こそありませんが、あなたは魔教徒ですな?」


マシューの言葉を聞いて村長の顔が強張こわばる。

もう一つは、この村長の出自についての確認だ。

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