第43話 魔教の村 (1/4)

このお話は結婚して戦争があった後のお話です。




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「村があったのか? 森の中に?」


マシューからの報告を聞いて驚いてしまう。


戦争で勝利して得た土地は、セブンズワース領に比べてどこも未発展だった。

地域開発投資をしなければ赤字を垂れ流し続ける領地ばかりだった。


開発地区選定のため、候補地に調査員を派遣した。

その候補地の一つに調査員が森に分け入ったところ、森の中に村があったと言うのだ。


普通なら森の奥深くに村なんて作らない。

この世界には魔物がいる。

森には魔物も多く危険過ぎるからだ。


森なんてなくても人類は魔物に脅かされている。

身を護るため人々は高い街壁や深い堀を築き、その中で閉じ籠もるように暮らしている。


それだけでは満足せず、街や村の周囲の木は伐採され森と街の間には距離が設けられている。

森が近くにあるだけで街は危険にさらされるのだ。


この世界の常識からすれば、危険地帯の森の中に村があるというのは異常だ。

他の街との交易も困難だろうし、相当暮らしにくいだろう。


「報告によれば魔教の村だとのことですのう」


「魔教?」


「魔教は通称でしてのう。

正しくは力天聖火教と言いますのじゃ」


そう言ってマシューは魔教について説明してくれる。

聖火を崇め、その教義は「強者正義」つまり強ければ何をしても許されるという宗教とのことだ。


この世界の多くの国は身分社会だ。

強くても身分が上の者には逆らえない。

実力が足りない者に頭を下げざるを得ない状況に不満を持つ下層階級の者、特に武力をたっとぶ武人に人気があるらしい。


「ふむ。

聞いた限りでは『魔教』と言われるほどの悪質さは無いように思うが?」


「強者正義」は、換言するなら実力主義だ。

この国の基準に照らしてみても、それが悪いことだとは思えない。


王位継承権争いの影響から、学園も今は実力主義の色彩が強い。

セブンズワース家は実力主義の色彩が強い家だし、トリーブス家は更にそうだ。

実力主義の風潮の家は沢山ある。

実力差による地位の逆転は、ある程度この国でも受け入れられているのだ。


そして、身分社会のこの国では、勝手気ままに振る舞うことも上位者は許される。

別に特別なことではない。


「魔教と呼ばれる理由は教義が理由ではありませんのじゃ。

彼らが魔功を修練するからですのじゃ」


マシューは魔功について説明してくれる。

魔功は、成長速度が早く手っ取り早く強くなれる武功だ。

しかし大きな欠点がある。

修練するほど性格が粗暴になっていき、最後には動くものを手当たり次第に襲うようになるのだ。


だから力天聖火教は魔教と呼ばれる。

もし武人が魔教徒を見付けたら即座に討伐している。

彼らがいずれ大量虐殺を始めることが決まっているからだ。


「まだ調査員は村に入っていないのだろう?

遠目から村の存在を確認しただけだな?

何故、魔教だと断定出来たのだ?」


「ほっほっほ。

魔教徒は遠目からでも一目で分かりますのじゃ」


聞けば、魔功は人体を大きく変えてしまうらしい。

蝙蝠こうもりのような翼が生えた者、指先が金属質に硬化して鋭く尖った者、狐の尻尾のようなものを数本生やした者、額に目がある者……。

魔功にも種類があり、どれを修練するかによってどのような容貌に変わるかの違いはある。

しかしどの魔功も、修練を続ければいずれも容姿を大きく変えてしまうらしい。


「問題は、村に魔教主がいた場合ですじゃ。

魔教主だけに修得が許される天魔神功は大変強力でしてのう。

対抗できるのは私やメイド長、デミ、ブリジット……当家使用人でも数えるほどですじゃ。

魔教主がいた場合、当家に犠牲者を出すことなく制圧するのは困難かと思いますのう」


ちなみにデミは、義母上の専属使用人だ。

義母上を溺愛する義父上は、最強の使用人の一人を義母上に付けている。


「それで私のところに来たのか?」


「ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんのう。

ですが、ジーノリウス様の『黒の鋼鉄騎士団』なら、たとえ魔教主がいても簡単に制圧出来ると思いますぞ」


そう言ってマシューはほっほっほと笑う。


『黒の鋼鉄騎士団』とはゴーレム兵団のことだ。

有事に備え学園時代からコツコツと作り続けたゴーレムたちが戦争では大活躍した。

黒漆くろうるしのような色の対魔・対物理コーティングが施された金属製のゴーレム兵団を、この時代の人たちは『黒の鋼鉄騎士団』と呼ぶ。


ゴーレムは通常、地下空間を拡張して作られたゴーレム基地に置かれている。

基地からゴーレムを召喚出来るのは私だけだ。

活動時間に限りがあるゴーレムを効率的に活用するには、私が現地に赴いてそこでゴーレムを召喚するのが効率的だ。


「分かった。私が行こう」


家門内に犠牲者を出さない方法があるのだ。

当然その選択肢を選ぶ。



◆◆◆◆◆




「ジーノ様」


執務室にアナが入って来た。

にこにこと笑うアナを目にして一気に気持ちが上向く。


「お聞きしましたわ。

森の中の村に向かわれるって」


「ああ。耳が早いな」


「わたくしもご一緒したいですわ」


「すまない。

それは駄目だ。

戦闘になるかもしれない危険な任務なのだ」


「で、でも、お聞きしましたの。

ご容姿が人と少し異なる方たちの村だって」


「ああ。そうだな」


「でしたら、わたくしもご一緒したいですわ。

わたくしも、容姿が人と違うことで随分苦労しましたもの。

もしかしたら本心では改宗されたい方もいらっしゃるかもしれませんし、そういう方のお世話ではわたくしもお役に立てると思いますわ」


アナがかかっていた極度魔力過剰症は、体内魔力の流れの変調が原因だ。

対して魔教徒の異様な容姿は、おそらく特殊な気脈を構築することが原因だろう。

魔力も気も、通常の体内循環経路から逸脱すると人の容貌を変えてしまう。


アナは、自分と同じような症状の人たちを放っておけないのだろう。

魔教徒を思い遣るとは。

なんと心優しい人だ。


「すまない。

今回は遠慮してほしい」


アナの気持ちは素晴らしいが、今回は駄目だ。

高確率で戦闘になる。

残酷な場面を、アナには見せたくない。



◆◆◆◆◆



今日は魔教徒の村に向かう日だ。

兵糧や馬糧、調理器具、クワスという水代わりの低アルコール飲料、矢や替えの武器類、火起こし道具に治療用消耗品……。

各責任者から数量報告を受け必要量がそろっていることを確認していく。


「ジーノ様!」


「アナ……」


現れたアナを見て、思わず額に手を当て天を仰いでしまう。

やる気満々顔のアナは、女性騎士用よろいを身に着けてポニーに騎乗していた。


後ろに控えるブリジットさんが申し訳無さそうに無言で謝罪の礼を執る。

アナを止められなかったことの謝罪だろう。


ほんわか、ほのぼののアナだが、意志はとても強い。

決めたことは何が何でもり遂げてしまう。


ブリジットさんのせめてもの抵抗は、ポニーを選んだことぐらいだろうか。

長身の私が乗ったら両足が地面に着いてしまうくらいに小型だ。

馬で落馬したら大怪我だが、速度も出ず体高も低いポニーならそれよりずっとましだ。


「わたくしもお供させて頂きますわ。

ご迷惑にならないよう、少し離れて後を追わせて頂きますわ」


「アナ。今回はおそらく戦闘になる。

思い留まってほしい」


「だからご一緒したいのですわ。

軍事いくさごとですから、ジーノ様は当主として重い決断をされることもあると思いますの。

苦悩されるジーノ様をお傍でお支えしたいですわ。

それにわたくし、前回の戦争のときに思いましたの。

ジーノ様が天に召されるときは、わたくしもご一緒したいって。

だから、ご一緒したいですわ」


「ああっ!! アナ! なんと可愛いのだ!」


「そこまでです! ジーノリウス様!」


思わずアナを抱き締めようとしてしまい、いつものようにブリジットさんに止められる。

またやってしまった。


男女が触れ合ってよいのは、基本的に手のひらだけだ。

エスコートするときも女性が男性の腕に手のひらを乗せるだけだし、馬車の乗降などでも男性が差し伸べた手に自分の手のひらを乗せるだけだ。

この世界のダンスは前世の社交ダンスほど密着しないので、ダンスのときだって触れるのは手のひらだけだ。


社交界ではおしどり夫婦だってそうしている。

人前でアナを抱き締めるのは、実はかなりのマナー違反だ。


結婚してセブンズワース家の一員となったので、私はブリジットさんより正式に上位の立場となった。

だが、今になっても彼女は「ブリジットさん」と敬称を付けて呼んでいる。

マシューやメアリは呼び捨てに切り替えられたが、彼女だけは呼び方を変えられない。


これまでブリジットさんには、アナを抱き締めてしまったことで数えきれないほどお説教されている。

上下関係がすっかり染み付いているのだ。





結局、アナの同行を許してしまった。

私には到底断れるお願いではなかった。


それに、アナは以前こっそり戦争に付いて来てしまったことがある。

気付いたときは心底肝を冷やした。

あのようなことをされるくらいなら目に付く場所にいて貰った方が良い。


油断は禁物だが、おそらくアナに危険はない。

当家最強ゴーレムのシャルロッテに勝てる人間がいるとは思えないし、ブリジットさんやゴーレム兵団だってアナを護る。


そして、これはアナには言っていないことだが、アナを護り切れないと予測した場合、アナだけを屋敷に転移させる緊急退避機能がシャルロッテにはある。

最悪の場合でもアナだけは無事だ。



アナは今、私と同じ馬車に乗っている。

ポニーの騎乗は駄目だ。

アナは一人で馬に乗ったことがほとんど無い。

超お嬢様育ちには、ポニーだって危険極まりない。


「ジーノ様。果物を召し上がりますか?」


「ああ。貰おう」


アナと一緒にカットされた桃を食べる。


なごむ。


魔教徒への対処について色々と考えてしまい心が重かった。

だが、にこにこと笑うアナが側にいてくれるだけで気持ちがさらりと軽くなる。

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