第40話 シモン領の運営(8/9) 襲撃 前編



書籍版とは違い、WEB版本編はアナとジーノの視点から見た狭い世界のお話です。

その外の世界も、これ以降の二話で少しだけ見えてくると思います。




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「ジーノリウス様! 工房で火事です!」


護衛が慌てて駆け込んで来た。

領都にある魔道具組立工房での火災だった。


「大変です! 採掘場で火事です!」


火災に対応するため各方面に指示を出していると、また別の者が執務室に駆け込んで来る。

今度は七色鉱石採掘場の道具置き場で火事だと言う。

街の工房での火災は騎士たちに任せ、私は採掘場での火災に対応のため山に向かった。




私は今、馬車で採掘場に向かっている。

後ろに荷台を連結させた馬車だ。

火災による怪我人がいた場合は街まで搬送するためだ。


人を何人も乗せたら、普通の馬車なら坂道を上れなくなってしまう。

だがこの馬車はセブンズワース家所有のもので、八頭立ての豪奢なものだ。

八頭も馬がいれば大勢の怪我人を積んでも坂道だって余裕だ。


護衛騎士はいない。

工房での火災の対応とアナの護衛に騎士を回したからだ。


街の魔道具製作工房と採掘場の管理小屋が同時に火災になったのだ。

その意図は明白だ。

私かアナ、そのどちらかが目的なのだろう。

火災対応で騎士を回さざるを得ない状況を作り、私かアナの護衛騎士を手薄にしたいのだ。

護衛が手薄になれば、私やアナを標的としやすくなる。


アナの誘拐が目的なのか、私の殺害が目的なのか。

それは分からない。

しかし、王位継承権のためにアナを望む者による犯行であることは間違いないだろう。


王位継承権争いをしている連中は、私の領地経営を失敗させようとした。

私の能力に疑義を呈し、私とアナの婚約を破談に持ち込もうとした。


国の柱石である筆頭公爵家の後継者だ。

それが無能では、この家が揺らぎ国家も揺らぐ。

王家による後継者問題介入も筋は通る。


だが、彼らの目論見はついえた。

アナがミスリルの原料を発見し、魔道具の販売事業が軌道に乗ったからだ。


魔道具は原価の割に驚くほど売価が高い。

つまり超高収益事業だ。


領主就任当初の目標は赤字幅の削減だった。

赤字幅を大幅に削減できたなら前任より優秀ということになり、私の資質を問題視されることはない。


だがアナの七色鉱石発見により予想外の高収益事業が始まった。

超高収益のため、赤字幅削減どころか初年度黒字転換だ。

私の能力にケチを付けるつもりが、逆に能力を証明することになってしまった。

破談は一層遠退いてしまったのだ。


だが彼らは、アナを諦めていない

絶大な権力を持つセブンズワース家と縁を結べれば、継承権争いで勝利出来ることに変わりはないのだ。


いつかは直接狙ってくるだろうと思っていた。

狙うなら、警備の厚い王都ではなく護衛の少ないこの領地だと思っていた。

そして予想通り、仕掛けて来た。

二カ所同時の火災とは随分と分かり易い。


アナに万が一のことあってはならない。

絶対に、だ。

だから残りの騎士のほとんどをアナの護衛に付けた。

注意をこちらに引きつけるため私は敢えて誘いに乗り、一人採掘場に向かうことにした。

採掘場にも騎士を回したが、準備を調えてから来ることになっている。

私一人、先行して向かっている。


無防備になり絶好のチャンスを与えたのだ。

おそらく私を狙う。

しかし私は、襲撃を利用して逆に犯人共を捕らえてしまうつもりだ。

犯罪も辞さない手駒は削るに限る。

相手の手足を削れば、その分だけ黒幕の動きも鈍くなる。


「しかし、ジーノリウス様も豪気ですのう」


「ええ。そうですね。

護衛も付けずに採掘場に向かわれるなんて」


馬車の向かいに座る二人がそう言う。

執事長のマシューさんとメイド長のメアリさんだ。


採掘場には一人で向かう、つもりだった。

だがこの二人は、どうしても付いて行くと言って聞かなかった。

火災の対処もしなくてはならず、一刻を争う状況だった。

のんびり口論する時間はなく、仕方なく同行を許してしまった。


しかし問題はない。

二人程度なら増えたところで守り切れる。

馬車から出ないように言い聞かせて、障壁系魔法で馬車ごと包んでしまえば良い。


私が魔法を使えることを二人に気付かれてしまうが構わない。

この二人には随分世話になっている。

秘密を明かす程度で守れるなら安いものだ。


それに、この二人なら秘密を知られたところで大した問題にはならない。

二人のセブンズワース家に対する忠誠心は絶大だ。

秘密を吹聴してセブンズワース家に損失を与えるようなことは絶対にしないと断言出来る。


「前方約二百の路上に馬防柵あり。

柵の後ろ及び柵の横に男が立ち、こちらを注視しています。

数は目視出来るだけで十七。

兵装は弓四、槍三、重装六、その他不明。

ご指示を」


馬車の小窓を開けて御者が言う。

まるで騎士のような報告だが、それも当然だ。

この御者の本職は騎士なのだ。

ローブを着ているがその下は重装騎士の鎧で、顔を隠すフードの下はフルフェイスの兜だ。


襲撃を前提とした移動だ。

御者も相応の人間に任せている。


「ゆっくり速度を落として手前二十で停めろ」


「はっ」


荷物を積んでいない馬車だ。

それで馬が八頭いるなら悪路だっていける。

道を外れ馬防柵を迂回することも可能だ。


だが、迂回して襲撃犯を振り切ろうとすれば馬車が狙われる。

馬鎧ばがいを着けさせているが、襲撃を受けて馬が怪我をしない保証はない。

それなら、馬車を停めて私が対処してしまった方が良い。


あの程度の人数なら私一人でも十分対処可能だ。

それにこの馬車は火災対応で使う予定なのだ。


「ほっほっほ。

待ち伏せですのう。大変ですのう」


「ほほほほほ。

ええ。そうですねえ」


マシューさんとメアリさんが言う。

取り乱すことを心配していたが、大丈夫なのようだ。

取り乱すどころか、落ち着きすぎなぐらいに落ち着いている。


「さて。では行きますかのう」


「え!? 駄目だ! 待つのだ!」


馬車が停まった途端、マシューさんがさっさと降りてしまった。


「ほほほほほ。

大丈夫ですよ

ここは執事長に任せて、私たちはゆっくり見物していれば良いと思いますよ」


私の腕を掴んでメアリさんが引き留めるとそう言う。

私を押して強引に座らせるとメアリさんまで降りてしまった。


不味い。計画が狂った。

まさか二人とも馬車を降りるとは。

慌てて私も降りる。


「あれだ! あの若い男が標的だ!

て!」


「はっ!?」


驚愕のあまり思わず声が出てしまう。

弓兵が矢を射たからではない。

それは想定内だ。

だからこそ、不可視の魔法障壁を発動させてから降りたのだ。


驚いたのは、魔法障壁に当たるより先にマシューさんが飛んで来た矢を全部掴み取ってしまったからだ!


「ほほほほほ。

せっかちですねえ。

お話もしないでいきなりつなんて。

でも助かりましたよ。

おかげで目的は分かりましたもの」


こちらに向かって矢が射られたというのに、メアリさんはコロコロと笑う。


「ふむ。

この臭いとこの色合い、付子ぶすじゃのう」


掴み取った矢のやじりをしばらく観察してからマシューさんは矢を捨てる。


「メイド長。

ジーノリウス様を任せましたぞ」


「ええ。任されましたよ」


二人がそう会話を交わした直後、マシューさんの姿が掻き消える。

その次の瞬間、マシューさんはかなり離れたところにいた弓兵の目の前に現れる。

手を親指、人差し指、中指の先端を揃える独特の形にすると、揃えた三本の指先で弓兵をこつんと一突きする。

それだけで弓兵は白目を剥いて昏倒する。

瞬間移動を繰り返し次々に弓兵を倒していく。


驚愕だった!

細身で白髪しらがの老人とは思えない、いや人間とは思えない動きだった!


「相手は素手だ!

鎧を着た者で囲め!

その隙間から槍で狙え!

おまえたちは標的の始末だ!」


襲撃犯のうち鎧を着た者たちがマシューさんを囲もうとした。

囲めなかった。

鎧を着た者もまた昏倒してしまったからだ。

先ほどと同じく、揃えた三本の指の先端で鎧の上から指先で一突きしただけだった。


右目に魔眼系上級魔法の『検査眼』を掛ける。

これでも前世では理系院卒だ。

検査系魔法ならお手の物だ。


……なるほど。

『気』か。


マシューさんが鎧の上から指先で突く。

鎧は凹んでいないし、相手が吹き飛ばされたわけでもない。

こつんと指先で鎧を突くだけだ。

それなのに、その一突きで相手は気絶する。

その理由は、指先から放出される『気』だ。

鎧越しに『気』を相手の体内に流し込んでいる。


前世では、西洋の魔術と東洋の気功が融合することにより魔法革命が起こり現代魔法の基礎が誕生した。

義務教育で習うことなので『気』についての知識は誰もが持っていた。


だが、我々が学んだのは魔法効率化のための『気』の運用だ。

ベースはあくまで西洋の魔術だ。


マシューさんが見せたものは魔力を用いない『気』のみでの運用だ。

私が知る運用法とは全く異なる。


武功――おそらくは前世でそう呼ばれた技術なのだろう。


前世で私が生まれた頃、我が国はもうすっかり西洋化していた。

東洋文化はもはや見る影も無く、武功はゲームや漫画の中でのみ存在するだけのものになっていた。

しかしここには、それをつかう者がいる。


「くそっ! 全員出てこい!」


鎧を着たリーダーらしき男がそう言うと、道脇の大岩の陰や樹上からぞろぞろと人が出てくる。

追加で出てきたのは二十人前後だった。

表に出していたのは半分以下だったようだ。


「二人残して全員であのジジイを足止めしろ。

倒さなくていい。

足止めで十分だ。

その間におまえとおまえは標的の始末だ!」


遠巻きにマシューさんを囲むように、男たちは陣を組み始めた。

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