第39話 シモン領の運営(7/9) 謳(うた)われ、歌われるアナ

◆◆◆◆◆アナスタシア視点



ビジー様たち一家は、この地を去られました。

留まることも出来たと思いますが、それは選択されませんでした。

残られる方、去られる方、他家と内通されていた方々は色々です。


エイブリー様たちご一家は、当初この地に残られる方針でした。

この領に広大な土地をお持ちなのですから当然です。

ですが、まるで違う結果になってしまいました。


必要のない税が徴収されていたことにお怒りの皆様は、その事実をお伝えしたその日にエイブリー様の家に詰めかけてしまわれたのです。

暴動になりそうだったので騎士を派遣しました。

後日改めて話し合いの場を設けることをお約束し、エイブリー様のお家の前に集まる皆様には解散して貰いました。


事件は改めて設けた会談の席で起こりました。

笑顔でお茶を配っていた女性が突如エイブリー様を短刀で襲われたのです。

即座に立会人の騎士たちが止めましたので、最悪のことにはなりませんでした。

ですが、エイブリー様は腕とお顔を斬り付けられ大怪我をされました。


凶行に及ばれた女性は、小作農の女性でした。

その日のお食事にもお困りになるほどの貧困でお乳が出ず、乳飲み子を亡くされた方です。

騎士に取り押さえられながらも泣き喚かれ、エイブリー様一家を凄まじい憎悪の目でお睨みになっていたとのことです。


ジーノ様は自費で公共墓地の権利を一つ購入され、凶行に及ばれた女性にプレゼントされました。

女性は困窮から、お子様を墓地に埋葬出来なかったそうです。

墓地の権利をプレゼントされたことで、お子様はその女性のお庭からきちんとした墓地に移されました。


埋葬地を移す際、ジーノ様の費用負担で正式な葬儀が行われました。

お子様が亡くなられた際の火葬は、女性が点けた火で行われました。

教会から聖火を頂くにはお布施が必要ですが、女性はそのお布施を払えなかったのです。

今回の葬儀で使われたのは、教会のご提供する聖火です。


聖火で焚かれることにより人は天に還る、と言われています。

小さな木箱と一緒にもう一度焚かれたお子様から立ち上る煙をご覧になって、女性は声を上げて泣かれていました。

参列したわたくしも、貰い泣きしてしまいました。


女性は、傷害の罪で一年の無償労役刑になりました。

労役内容は、公共墓地の墓守です。

女性のお子様が埋葬された墓地でもあります。

毎日我が子の弔いが出来る労役で、女性は深くジーノ様に感謝されていました。


その女性だけではありません。

口減らしで家族を楼閣に売ったお家の方などもまた、エイブリー様ご一家を深く恨まれています。


ここが豊かな領地だったなら、皆様もここまでお恨みになることもなかったかもしれません。

貧しい領地での不当課税は領民の皆様からなけなしの財を奪い、奪われた方はその日のお食事にさえお困りになるほど追い込まれてしまったのです。

そのお怒りは恐ろしいほどのものでした。


ジーノ様がエイブリー様のお家に重い処分を科したのは、これが原因です。

軽い処分だと皆様のお怒りは収まらず、大事件に発展しかねないと判断されたのです。


セブンズワース領でしたら不正な課税は重罪です。

不当利得の返還は当然として、それ以外に懲罰的賠償と投獄もされます。

普通の詐欺よりずっと重い罪です。


ですがこの領地では、不当利得の返還と罰金だけで済んでしまいます。

投獄はされません。

領民の皆様の溜飲を下げるには罰金の額を大きくするしかなく、エイブリー様たちは財産の大半が没収されることになりました。


土地は没収され、周りは深い恨みをお持ちの方ばかりです。

エイブリー様たちご一家は、逃げるようにこの地を去られました。


お母様が提案された計画を実行するつもりは、ジーノ様にもわたくしにもありませんでした。

ですが結局エイブリー様のお家を潰さざるを得なくなってしまい、お母様のご提案と同じ結果になってしまいました。


お母様はきっと、ここまで読まれていたんでしょう。

王都から離れずこの領地の状況をここまで予測することは、わたくしには出来そうもありません。

やっぱりお母様に比べたらまだまだです。


本来の手順に従うなら、まずはエイブリー様のお家から不当利得を領地に返還させ、領がその財産を被害者の皆様にお配りします。

この方法は、おそらくお時間が掛かってしまいます。

財産回収にエイブリー様たちが抵抗されることは容易に想像が付きますし、財産移管手続にも時間が掛かります。


今回は、本来の手順ではありません。

まずジーノ様のご負担で領民の皆様に損害額を賠償され、それから時間を掛けてエイブリー様から不当利得を回収しジーノ様のご負担を穴埋めする手順です。

これなら領民の皆様をお待たせしません。


この領地の皆様は、為政者や有力者にかなりのご不満をお持ちです。

領民の皆様の暴発を防ぐためにジーノ様は返還を急がれたのです。


領民の皆様は大喜びでした。

ジーノ様が領主になるとすぐに不法徴税を行う方が厳罰により処罰され、不法徴収された税も即座に返還されたのです。

悪代官が速やかに成敗される演劇『コーモン副将軍の世直し道中』のような鮮やかさです。


これでジーノ様の評価は急上昇するはずでした。

ですが、そうはなりませんでした。


『これは私の手柄ではない!

全ては私の婚約者アナスタシア・セブンズワース嬢の手柄だ!

君たちが感謝すべきは私ではない!

世界最高の女性! アナスタシア・セブンズワース嬢だ!』


感謝の意を伝える領民の皆様の前で、ジーノ様はそう仰ってしまわれたのです。

領民の皆様はわたくしに感謝するようになってしまいました。


今、わたくしは領都大通りをお忍びで歩いています。

吟遊詩人のお歌が聴こえます。

わたくしのお歌です。


「正義の姫様の声が轟く〜♪

月に代わってお仕置きよ〜♪

悪を許さぬ我らが姫様〜♪

ドレスのスカートひるがえし〜♪

悪の一味をバッタバッタとなぎ倒す〜♪

お姫様キーック♪」


そんなはしたないこと、しませんわ!


脚色されて事実とは全く違うお歌になってしまっています。

派手なアクションも交えた歌劇に、大通り広場の小さな女の子たちも手を叩いての大喜びです。


淑女としてはとても複雑です。

お歌になること自体、恥ずかしくて嫌です。

お歌になるにしても、せめてスカートをひるがえす女性は止めてほしいです。

静かに刺繍に興じる女性ですとか、もっとおしとやかにしてほしかったです。


先日、取引のためにエカテリーナ様がお越しになりました。

女装された吟遊詩人のお姫様キックを街でご覧になり、大笑いされていらっしゃいました。



◆◆◆◆◆ジーノリウス視点



ミスリル魔道具の第一弾はサーチライトだ。

ミスリルは魔素含有量の非常に多い金属だ。

そして純ミスリルには、含有魔素が消費されても空気中の魔素を吸収して元の含有量に戻す特殊な性質がある。

この性質を利用したサーチライトだ。

魔素を消費しても時間経過により再充填され繰り返し使える。


ミスリル本来の使い方ではないが、敢えてこれを選んだ。

純ミスリルに発光の魔術回路だけの単純な構造だからだ。


オーバーテクノロジーなものは危険だ。

私やアナの周りに張り付く隠密の数も跳ね上がる。


七色鉱石の純ミスリルへの精錬、純ミスリル素材の加工と魔術回路付与は私たちがやっている。

専用ゴーレムを作り、生体認証機能を付けて私とアナ以外起動できないようにした。

これらは中核技術だ。

外部に漏れないようにしなければならない。


出来上がったミスリル製中核部品は領都の工房に送られる。

そこで木材の部品と合わせて組み立てが行われる。

完成品はバイロン領に送られ、バイロン家の魔道具販売網を使って販売される。


七色鉱石の採掘や木製部品の製作、サーチライトの組み立てには多くの領民と多くの家が関わっている。

多くの関係者が絡み複雑になった各家との利害調整について、アナは見事に処理してくれた。


アナは、こういう調整が得意なのだと思う。

相手への配慮を忘れないから相手も受け入れやすい提案が出来る。

ほんわかほのぼのしているが、あれでかなり意志が強い。

向こうが強く出ても、折れるべきではないところでは折れない。



サーチライトは飛ぶように売れている。

価格を少し抑えめにして、そこそこ裕福な平民なら買えるようにしたのが効いた。


原価は安いが売価は驚くほど高い魔道具だ。

初年度から十分な黒字を確保できそうだ。

領地は急速に豊かになり、飢える心配をしなくてよくなった領民の顔は明るい。


麻農家の取りまとめ役だったエイブリー夫人一家が領地を去ってしまった。

麻事業は一からの再構築なので、こちらの黒字化は少し時間が掛かりそうだ。


問題ない。

主力事業が非常に高収益なので財政には余裕があり、立て直しに時間を掛けることも出来る。


収入の主軸が魔道具販売になったので農産物の税は大幅に減免した。

麻の公式税率は三公七民になり、更に立て直しまでの暫定措置として二年間は無税だ。


また勝手な税を課されないよう新税率は私が直接農民に伝えた。

八公二民というあり得ない重税からの劇的な負担減に農民は歓喜していた。


領民たちは私に感謝したが、私はアナに感謝するよう彼らに言った。

不正が摘発されたからこそ税率が下がることになったのだし、主力事業で十分な税収があるからこそ麻関連での減税や暫定無税措置が可能なのだ。

エイブリー夫人たちの不正を見付けたのはアナだし、七色鉱石を見付けてミスリル魔道具事業の道筋を見付けたのもアナだ。

領全体を巻き込んだ生産体制を構築したのもアナだ。

税率軽減は、全てアナのおかげだ。


エイブリー夫人たちを断罪したときも、私はアナの功績をしっかりと領民に伝えた。

今回もまた、しっかりとアナの素晴らしさを領民に説明した。


皆が口を揃えてアナを讃えた。

実に気分が良かった。


だがアナはあまり喜んでいない。

「またわたくしのお歌が出来てしまったら困りますの」と言ってしょんぼりしていた。


歌が出来るのは仕方ないと思う。

これほど素晴らしい女性なのだ。

吟遊詩人に讃えられない方がおかしい。

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