第38話 シモン領の運営(6/9) 大荒れの叙爵者発表
今は領地の主だった者を招いての夜会の最中だ。
会場のほとんどの者が気も
今日は爵位授与者の発表があるからだ。
正式な叙爵は関係者のみ招集して行うが、叙爵者の発表はパーティなどの公の場で行われるのが通常だ。
序列の変化は、叙爵者本人から自慢ではなく上位者からの通達で知らせた方が摩擦も少ない。
平民が叙爵されるにはいくつかの方法がある。
多額の財産を王家や叙爵権を持つ貴族家に納めるのも方法の一つだ。
しかし、貧しいこの領地では困難だ。
成功したところで
この領地で唯一とも言える方法は、領地管理上の都合から領主が授与するというものだ。
領主が管理上の都合で与える爵位であり、他の方法とは異なり自力で得るものではない。
この方法での叙爵に限っては、管理上必要がなくなれば降爵や奪爵もあり得る。
「集まってくれた皆に領主の私から発表がある。
今後、この領地の運営深く携わる家については、セブンズワース家から爵位が授与されることになった。
これからその家について発表したいと思う」
他より一段高くなっている壇上で私がそう言うと全員の視線がこちらに向く。
皆、緊張した面持ちだ。
「まずピーター氏とレスリー夫人の家には男爵位を付与する。次にマーク氏とアニー夫人の家には――」
喜ぶ人、悲しむ人。
私の発表を聞く者たちの反応は様々だ。
「なぜレスリー様の家が叙爵されるのですか?
アナスタシア様に暴言を吐いたじゃありませんか?」
発表後、名前を呼ばれなかった夫人の一人が叫ぶように言う。
かなり悔しそうだ。
「それは、領地を回られて領民とお話されるように、というご助言のことですわね?
あれは何も問題ありませんわ」
私の代わりにアナが答える。
「問題ないのですか?」
「ええ。
当家では、諫言をして下さった方を咎めることはしませんわ。
それに、わたくしが麻事業にばかり目を向けてしまい土木事業を軽視しては、貧民街の皆様が困窮してしまうというのは事実ですもの」
アナは質問に答えることを利用してセブンズワース家の臣下評価方針を皆に伝えている。
セブンズワース家は、評価を気にして萎縮してしまい必要な諫言が出来なくなる、という事態を避ける評価方針だ。
今後の領政を考えたら、ここで伝えておくべきことだ。
さすがはアナだ。
やること全てが素晴らしい。
「レスリー様のお家は土木事業を営んでいらっしゃいます。
専門的な作業は職人がされますけど、単純作業は貧民街の皆様にお任せすることも多い事業ですわ。
あのご助言は、お仕事で係わりのある貧民街の皆様の困窮が続くことをご心配なさってのものだと思いますの。
炊き出しでもレスリー様は貧民街の皆様と親しくされていましたし、間違いはないと思いますわ。
領民をご心配なさってわたくしに諫言をして下さるような方でしたら、ぜひ臣下として要職をお願いしたいと思いますわ」
レスリー夫人は、感動した様子でアナを見詰めている。
ぶっきら棒な態度を取られても意に介さずその人の真意を簡単に読み取ってしまえる、アナはそんな素晴らしい女性なのだ。
レスリー夫人はそれに気付いたのだろう。
ふふふ。そうだ。
アナは凄いのだ。
アナが皆から尊敬されるのは、実に気分が良い。
実際、彼女はアナに感謝すべきだ。
アナに対する態度が悪かったので、私は彼女を外そうとした。
それを止めたのはアナだ。
アナはとても心の
「私たちの家にも爵位を授与しないつもりですか!?」
憎々しげな顔でそう言うのはエイブリー夫人だ。
「もちろんだ。
色々と問題が見付かったからな」
私は夫人にそう言う。
発端は、麻袋事業関連での資料の食い違いからだ。
税収や生産高に関する資料を突き合わせてみると、資料間で矛盾があることにアナが気付いた。
アナがバイロン嬢を呼んだ本来の目的は、バイロン領の関税資料を見せてもらうためだ。
バイロン領の関税資料とこちらのバイロン領向け輸出額も矛盾があった。
これで資料のねつ造は確定した。
どこでどう数値が捻じ曲がっているのか。
これに当たりを付けてくれたのもアナだ。
宝飾品購入額は去年も今年も、麻の生産量から推定されるあの家の年収を上回る額だった。
市中の宝飾店から提出された帳簿でも確認し、発言が事実であることも確認が取れた。
あの家は、年収全額でも賄いきれないほどの額の宝飾品を毎年のように買っている。
不正にはエイブリー夫人の家が関わっていて、それが今も続いている可能性が高い。
そんな家に爵位は与えられない。
ちなみに、義母上はこうなるであろうことを読んでいた。
義母上はこの領地に来たことは無い。
しかし麻事業の不自然な収益性の低さと領民の生活状況などの簡単な概況情報だけで、不正の当たりを付けてしまっていた。
「どんな問題があったっていうんですか?」
「全貌はこれから明らかにしよう。
だが一つ、既に判明していることがある。
あなたの家は農民に対して不当な税を課していたな?
領主の許可もなく勝手に課税するのは違法だ。
これからその責任を追及させて貰う」
代官による勝手な課税は違法だ。
領主の知らないところで農民が重税に苦しみ、気付いたら一揆により政権崩壊に直面している、ということになりかねない。
政権と領主の生命を危うくする、極めて危険な行為だ。
だが、領地によってはそれに目こぼししているところもある。
この領地もそうだった。
サンガー家も王家もこの領地には関心がなかった。
主家の関心がない領地では、管理者が不正に気付いても処分が面倒で黙認することがよくある。
そういう領地では、代官が私腹を肥やすことが起こりやすい。
それはこの領地の法律からも分かる。
代官が勝手な課税をして金を騙し取っても、得た利益の返還以外にあるのは罰金だけだ。
普通の平民が詐欺で金を騙し取ったら罰金に加え投獄までされるのに、だ。
有力者に有利で、彼らが私腹を肥やすための法体系としか思えない
こういう不平等も是正しなければならない。
この不正を見つけてくれたのもアナだ。
アナは領内のあちこちで炊き出しをしてくれた。
エイブリー夫人の家が地主をする地の小作農に対してもしている。
炊き出しでアナが小作農から聞き出した税は、八公二民だった。
酷い税率だ。
公式の課税率は五公五民なのに、だ。
「なんてことを!
そんなことをして、私たちを排除して、領地が飢えずに済むと思うんですか?」
エイブリー夫人の夫がそう言う。
税率に関して、夫人たちの小作農と口裏合わせをしていた。
だが「本当の税率を言うと更に上げられるから言うな」と言って聞かせただけの
アナが税率から下げるつもりだと伝えられれば、それだけで疑念を持たれてしまう。
アナのあの人柄で、しかも炊き出しで食事を提供しながら言うのだ。
「本当に下げるんですよね?」と確認しつつも教えてしまう人が大半だった。
領内初の炊き出しだったので、対策が不十分だったのだろう。
あるいは、知られても構わないと思っていたのかもしれない。
麻農地と麻農家を掌握し、また麻袋製造のノウハウを知る数少ない家だ。
貧困な領地の重要な収入源を握る家であり、こちらが不正を知ったとしても切り捨てることは出来ない。
領内の序列最上位は揺るがない。
そう考えたのかもしれない。
「問題ない。
これからこの領地は、木材を使った道具や家具の製作が主力事業になる。
麻事業は副次的な事業になる予定だ。
あなたたちの家を頼らなくても領地経営は十分に可能だ」
切り捨てることがないと考えていたなら計算違いだ。
この領地の主力事業はこれから別の事業になるのだ。
切り捨てることも可能だ。
むしろ、ここで切り捨てないと一揆が起きてしまう危険さえある。
「覚えていなさいよ」
「後で泣き付いてくることになると思いますよ?」
そう捨て台詞を吐いてエイブリー夫人たちは会場から出て行く。
「私たちが叙爵されないのは何故ですか?
家は不正なんてしていませんし、事業だってそれなりの規模です。
アナスタシア様とも仲良くやれてるのに……」
今度はビジー夫人だ。
大荒れなパーティだな。
爵位の見直しをするとこういう問答が続くことが多い。
「それはあなた自身が一番よく分かっているだろう?」
ビジー夫人はぎくりとした顔になる。
「……上手くいくといいですね。
木製家具事業……」
そう言うと彼女たちも会場から立ち去った。
「どういうことですか?
木製家具事業って?」
夜会終了後、バイロン嬢が私のところに来て尋ねる。
領地に来ていたので彼女も夜会には顔を出した。
その疑問も当然だ。
彼女とはミスリル魔道具事業の打ち合わせを、これまでに何度も行っている。
「私は「木材を使った道具や家具の製作」と言ったのだ。
魔道具は、中核部品以外は木材の使用も多い。
嘘ではないだろう?」
貴族は嘘を吐かない。
嘘にならないような言い回しを選んだ。
「木製家具事業」はビジー夫人がそう誤解しただけだ。
「なぜそのような言い方をされたんですの?
領地の方の協力は必須ですし、協力を仰ぐなら正直にお話するべきかと思いますけど」
「ビジー夫人たちは側妃殿下と繋がっているからな。
正直に事業内容を話せばおそらく妨害が入るだろう」
「え?」
今回、大量にセブンズワース家の使用人を連れて来た理由がそれだ。
第一王子殿下の派閥と元王太子殿下の派閥のどちらも、この領地に予め間者を埋め込んでいた。
その洗い出しのために、セブンズワース家の使用人が必要だったのだ。
彼らは使用人でもあるが隠密でもある。
間者の炙り出しは彼らの専門分野だ。
内側に敵を抱えてしまえば、領地経営で黒字転換の見通しが立ったとしても彼らによって妨害されるだろう。
領主として排除しないわけにはいかなかった。
間者の洗い出しでも、アナは大活躍だった。
隠密の人員には限りがある。
関係者全員を同じ濃度で詳細に調べることは出来ない。
それが可能なほどの人員を領内に入れては、間者側に警戒されてしまう。
アナはお茶会などで有力者たちと話すことで、怪しい人物をリストアップするための情報を拾い上げてくれたのだ。
私相手には警戒心を解かない者も、アナが相手だとすんなりとぼろを出してくれる。
あれはアナの才能だと思う。
ビジー夫人は真っ先にマークされた人物だ。
初対面から無条件にアナの味方をする者は、往々にして下心がある者だ。
それにしてもアナは凄い。
アナのおかげでエイブリー夫人たちの不正を見付けられたし、アナのおかげで七色鉱石が見付けられたし、アナのおかげで魔道具の販路に目処が付いたし、アナのおかげで間者の炙り出しも出来た。
八面六臂の大活躍だ。
このことは領民に広く伝えなくてはならない。
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