第35話 シモン領の運営(3/9) アナのお茶会 後編

「ありがとう存じます。ビジー様。

ですが大丈夫ですわ」


エイブリー様と激しい口論を始められたビジー様にわたくしはそう申し上げます。


「ですが! これは目に余りますわ!」


ビジー様は興奮されていますが、わたくしは落ち着いています。

エイブリー様の意図が分かるからです。


これも駆け引きです。

この領地を円滑に治めたいならエイブリー様のお家の協力は不可欠で、必ずエイブリー様のお家は叙爵されることになると、まだ下賜されていない家名を名乗られることで示されているのです。

つまり、エイブリー様のお家のこの領地での重要性を強調されているのです。

遅れて来られたことと併せて、相当な譲歩をこちらに要求されています。


「ご挨拶を申し上げます。

セブンズワース公爵家が長女、アナスタシアです。

お会い出来て光栄ですわ」


ビジー様をまずは落ち着かせ、それからエイブリー様にご挨拶します。

わたくしが非礼を咎めなかったことに、エイブリー様は満足されたご様子です。


このお茶会では二種類の方がいらっしゃいます。

エイブリー様のように強気に出られる方と、ビジー様のように好意的な方です。

どちらのお気持ちも理解できます。


強気な態度を取られる方は、少しでも有利な条件で臣従されたいのです。

どなたに爵位をお与えになるのかは領主のジーノ様がお決めになります。

そして、いずれこの領地はセブンズワース家の管轄となるので爵位は当家より陪臣爵を差し上げる予定です。


叙爵とは契約です。

当家だって、他の公爵家よりずっと有利な条件で王家より叙爵されています。

こちらから譲歩を引き出しより有利な条件で叙爵するために、敢えてあのような態度を取られているのです。


エイブリー様のお家は麻がよく育つ土地をお持ちで、麻農地を持つ地主の皆様のまとめ役でもあります。

何より、エイブリー様の生家は麻袋の製作工程を担っていたお家です。

生家の家業に関わることなので麻袋の生産には当然お詳しいでしょう。


製作工程を担っていたお家は、サンガー侯爵家がこの領地を手放されるときに侯爵家と共にこの地を去られてしまいました。

エイブリー様は収穫された麻を製品化するノウハウをご存知の、数少ない方なのです。


麻事業をこの地で手掛けるなら、ぜひご協力して頂きたい方です。

強気な態度に出られるだけのお力を、この方はお持ちなのです。


好意的に接して下さる方は、そういう強みをお持ちでない方です。

親愛を示すことにより臣従の際の条件を有利にしようとお考えなのです。


『お茶会では、媚を売る者と強く出る者がいるだろう。

強く出る者は、自分たちを排除すると領政が回らないと思っている者だ。

だがな、アナ。

誰を排除しても構わない。

どの家を排除したとしても、領政は私が何とかしてみせよう。

もし不敬な態度を取る者がいたら、遠慮なく排除してほしい』


お茶会の前、ジーノ様はそう仰って下さいました。

そのお言葉に甘えるわけにはいきません。


もし領地が豊かなら、大きなお力をお持ちのお家の排除も可能でしょう。

ですがこの領地は、飢饉を起こしてもおかしくない危険な状況です。

今のこの状態では、領地移譲による混乱は最小限に抑えなくてはなりません。

それが領民の皆様の利益になります。


ここはわたくしが頑張るところです。

頑張って、内助の功でジーノ様をお助けするのです。


あら。うふふ。

内助の功だなんて、もう結婚しているみたいですわ。

先走り過ぎですわね。

恥ずかしいですわ~。


「アナスタシア様? 

どうなさいましたの、お顔を赤くされて?」


「ニコニコされてますけど、何か良いことでもあったんですの?」


「い、いえ。何でもありませんわ」


駄目ですわ。

今はお仕事の最中です。

集中です。

集中するのです!


その後はエイブリー様を交えてのお茶会となりました。

話題は宝石についてです。

エイブリー様は宝石が相当お好きのようです。

今日もたくさんの宝石を着けられています。


エイブリー様を持ち上げられる方、レスリー様に近い立場を取られる方、血縁や事業での関わりだけを見れば親しい関係かと思ったらそうでもない方々、関わりは薄いはずなのに親しい方々……。

書類では見えなかったものが見えてきます。

なかなか有意義なお茶会ですわ。

ジーノ様にご報告するべきことをたくさん見つけられました。


「アナスタシア様でしたら、虹石なんてお似合いかもしれませんわね。

よろしければ今度差し上げますわよ?」


「エイブリー様っ!! あんまりですわっ!!」


楽しそうなお顔のエイブリー様に、ビジー様がお声を張り上げられます。


「その宝石は初めてお聞きしますわ。

どんな宝石なんですの?」


「この領地の特産物ですけど……公爵家の方がご存知ないのも当然ですわ。

平民の子供が着けるような安物の石ですもの。

あれを宝石とは言いませんわ」


「主に平民の子供が着ける装飾品に使われますわね。

エイブリー様は『小娘』とおっしゃりたかったんですわ。

本当に失礼ですわね。

ビジー様がご立腹なさるのも当然ですわ」


「まあ。そんな石があるんですの?

一度拝見したいですわ」


わたくしがそう申し上げると、皆様がお笑いになります。


「アナスタシア様は『貴族喧嘩せず』を地で行かれてますわね」


「そうですわね~。

癒やされますわ~」


「まるで沼に杭ですわね。

エイブリー様も嫌味の言い甲斐が無いでしょうね」


皆様はそうおっしゃいますが、怒るようなことでもないと思います。

四十を越えた方からしてみれば、わたくしなんて小娘以外の何者でもありませんもの。


口論されながらもわたくしたちの会話に聞き耳を立てられていたエイブリー様は、毒気を抜かれたようなお顔をされます。

ビジー様との口論も自然に終わりました。






「お嬢様。

どうか、あの者をちゅうするご許可を」


お茶会が終わって皆様がお帰りになった後、ブリジットがとても物騒なことを言います。


「あの……そんなに興奮しなくても大丈夫ですわよ。

わたくし、何とも思っていませんわ」


「ほほほ。ブリジットや。

心配は要りませんよ。

これもお嬢様の計画の一環なんですよ」


わたくしがブリジットをなだめるとメイド長のメアリが加勢してくれます。


「計画、なのですか?」


「ええ。そうですよ。

お嬢様が初めて女主人としてのお仕事をされるということで、奥様もお知恵をお授けになったんですよ。

『女帝陛下』の異名をお持ちで国中くにじゅうの貴族がその知略を恐れる奥様のお知恵ですもの。

心配することなんて、なーんにもありませんよ」


メアリが説得してくれたので、ようやくブリジットは落ち着いたようです。


お茶会で集めた情報は、これからジーノ様にご報告しなくてはなりません。

ブリジットがこれだと、ジーノ様のご反応が心配です。

ご立腹なさって過激なことをされると、ジーノ様のご評判に影響してしまいます。

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