第34話 シモン領の運営(2/9) アナのお茶会 前編

今日はシモン領の主立った方をお招きしてのお茶会です。

これから皆様が領主館にいらっしゃいます。


親睦を深めるためのお茶会なのです。

当然、皆様との親睦を深めなくてはなりません。


そして、今回わたくしがやるべきことはそれだけでありません。

領政に役立つ様々な情報も集めるのです。


少しでもジーノ様のお役に立ちたいですもの。

わたくし、頑張りますわ!




「まあ。これは大麻おおあさのドレスですわね」


「はい。シモン領の皆様との初めてのお茶会ですから大麻おおあさにしてみましたの」


この領地の特産品は大麻おおあさです。

ですので大麻おおあさのドレスを選びました。

皆様がこのドレスにご注目下さいます。


「今まで麻袋しか作っていませんでしたけど、こんな麻の使い方もあるのですね」


「これ、この領地にとって大きなチャンスになりますわよ!」


このドレスを選んだのは、お近付きになりたいという意思を示すためだけではありません。

新事業のご提案でもあります。

実際に麻を使ったドレスをお見せすることで、麻の可能性を皆様にお伝えしたのです。


どう評価されるかは賭けでしたが、幸いご好評を頂けました。

ほっと胸をで下ろします。


「あら? こちらの素材は少し風合ふうあいが違いますわね」


「あら。本当ですわ。

柔らかで光沢があって、麻に似ていますけど別素材ですわね」


「こちらの素材は亜麻ですわ。

この辺りではあまり栽培していませんけど、イエヌ王国では一般的な素材ですの。

この辺りの方は輸入品を着られませんけど王都の貴族は輸入品を着ることも多くて、この素材を使った衣装もよくお見かけしますわ。

亜麻は水の少ない寒冷地でも育つ植物ですから、こちらの領地でも育つと思いますの」


「まあ!

こちらの領地でもこの生地が作れるんですの!?」


「亜麻を育てることだけなら出来ると思いますわ。

ですが、生地を作るのはこれからですわね」


そうお答えします。

領地没収の際、麻袋を作る職人たちは皆この領地を去ってしまいました。

今のこの領地では、大麻おおあさや亜麻を育てることは出来てもそれを糸や布にすることが出来ないのです。


「どうせいちから生産体制を築かなくてはならないんですもの。

麻袋ではなく、もっと収益性の高いものを造る体制を調えるというのも方法の一つかと思いますの。

生産工程が何もないというのは深刻な問題ですけれど、チャンスでもありますわ。

儲けの大きい製品をわたくしたちで選ぶことが出来るんですもの」


「そうですわね!」


「素晴らしいですわ!

新事業、ぜひご協力させて下さいませ!」


わたくしのご提案に皆様が賛同して下さり、そのまま領地の発展方針についてのお話になります。

つい、女性のお茶会とは思えない熱のもった議論になってしまいます。


貧しい領地です。

領地の新事業は、皆様にとっても切実な問題なのです。


「領主のお家の方ならお金にばかり目を向けずに、もう少し人に目を向けて頂きたいですわ。

領地を回られて領民とお話されたこともない方に、本当にこの領地を治められるのかしら?」


ご不快そうな口調で五十代の婦人がそうおっしゃると、場が静まり返ってしまいます。

そう口にされたのはレスリー様です。

お家は土木事業を営まれています。

麻関連の事業には関係していらっしゃいません。


「そうですわね。

領民の皆様にも目を向ける必要がありますわね。

ご助言ありがとう存じますわ」


「ちょっと! レスリー様!

失礼ですわよ!

礼儀をわきまえた方がよろしいのではなくて!?」


わたくしはレスリー様に感謝を申し上げましたが、灰色のお髪の三十代の婦人がレスリー様にそう仰います。

この方はビジー様です。

お茶会の最初からずっと、わたくしには好意的に接して下さいます。


「アナスタシア様。大丈夫ですか?

あまりお気になさいませんように」


わたくしにお気遣い下さいつつ、ビジー様はレスリー様と口論を始められてしまいます。


「そ、そういえばアナスタシア様。

『ゴブリン令嬢』の劇、拝見しましたわ。

あの劇は実話を元にされたそうですけど、本当のことなんですの?」


「わたくしもお聞きしたいですわ!

あの劇にについてお伺いするために、今日ここに来たと言っても過言ではありませんの!

ぜひ詳しくお教え頂きたいですわ!」


口論で気不味くなった空気を変えようとお一人が劇の話題を出されると、皆様が勢い良くそのお話に乗って来られます。

劇場なんてないこの街ですが『ゴブリン令嬢』は皆様もご存知です。


この演目を演じるなら、たとえ路上での公演でも当家から多額の援助金が出ます。

この街の広場などでも毎日公演されていて、この領地の方にもお馴染みなのです。


話題を変えたかっただけではなく、本当に詳しくお聞きしたかったようです。

そこからしばらくは、興奮気味の皆様から劇についてのご質問が続きました。

劇がほぼ実話だと分かると、皆様は黄色いお声を上げられます。


ふふふ。嬉しいですわ。

皆様がジーノ様を賞賛されるんですもの。

でも、本物のジーノ様は劇中の方よりずっと素敵なんですのよ。

過度な自慢にならないように注意しつつ、ジーノ様をお褒めする言葉を会話に差し込みます。


わたくしたちがお喋りをしていると四十代のご婦人がお部屋に入って来られます。


「申し訳ありません。所用で遅れましたわ」


謝罪はされましたが、お顔は謝罪される方のそれではありません。

不敵な笑みを浮かべられてわたくしをご覧になっています。


爵位が自分より上の方が主催するお茶会には、かなり早めに会場に入るのがマナーです。

にもかかわらず、公爵家のわたくしが主催するお茶会に敢えて遅れて来られました。


これが駆け引きなのでしょう。

現段階では、友好的な関係には程遠いことを示されているのです。

相当な譲歩をこちらがしなければ友好的な臣従はされない、とおっしゃりたいのだと思います。


「初めてご挨拶を申し上げます。

シューマ家夫人のエイブリーです。

お会い出来て光栄ですわ」


驚いて固まってしまいます。


以前、この領地はサンガー侯爵領でした。

それが王家に没収され、その後ジーノ様に下賜されています。


サンガー侯爵領だった頃、ここにいらっしゃる皆様は貴族でした。

その貴族位は、王家から下賜される直臣爵ではなくサンガー侯爵家より下賜された陪臣爵でした。


サンガー侯爵家がこの領地を手放されたとき、引き続き貴族でいられた方はサンガー家とともにこの地を去られてしまっています。

こちらに残られているのは領地没収時にサンガー家から奪爵された方々です。


つまりこの方の身分は、今は平民なのです。

家名をお持ちでないにもかかわらず、わたくしに家名を名乗られたのです。


この方たちが叙爵する方法は二つ。

事業で大成功を収められ必要な献金額を王家や当家などに行って叙爵されるか、ジーノ様にその価値や貢献を認められて叙爵されるかのどちらかです。


貧しい領地です。

この地で事業に成功されたとしても、爵位を買えるほどの財産を築くことは困難でしょう。


叙爵されて家名をお持ちになるには、ジーノ様から有用性を認められて叙爵されるしかありません。

まだ下賜されていない家名を名乗られたのは、こちらが必ず爵位をお渡しすることになるという意味の宣言です。

この領地の運営にはこの方の家は外せないと、そうおっしゃっているのです。


「ちょっと!! エイブリー様!

いくら何でも失礼ですわよ!」


ビジー様がエイブリー様に向かって怒鳴り声を上げられます。

この方はまた、わたくしにお味方下さいます。


「あら。ご免あそばせ。

間違えてしまいましたわ」


何でもないことのようにエイブリー様がおっしゃいます。

そのままお二人の口論が始まってしまいました。

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