第28話 エピローグ 気の早いプロポーズ

「あなた、お目覚めになったのですね」


ベッド脇に置かれた椅子に腰掛けた老婆が、ベッドに横たわる老人に温かい笑みを浮かべながら声を掛けた。

老婆は老人より十五歳ほど若く見え、老いて尚も気品があり美しい女性だった。


「どれくらい寝ていた?」


かすれた声で老人が老婆に尋ねる。


「二日ほどになりますわ。

お目覚めになって、本当に良かったです……。

さあ。お水をお飲みなさいませ」


涙をこらえるかのように笑顔を作り、老婆は老人の世話をする。


「……夢を見ていた」


水を飲み終えた老人は、独り言を呟くように言った。


「まあ。どんな夢ですの?」


老婆は、優しげな目で老人に尋ねる。


「君と出会ってから婚約破棄して、また婚約して結婚するまでの夢だ」


「それはまた、随分と長い夢ですわね」


陽だまりのような暖かい笑みを浮かべて老婆は言う。


「……アナ。

君のおかげで幸せな人生だった。

子供たちや孫たちにも囲まれて楽しい元宵節だった。

こうして死の間際まで寄り添ってくれて、私は孤独を感じる暇もなかった。

君が私に笑顔を見せてくれれば、私はそれだけで幸せだった。




君のおかげで、私は本当に幸せだった」




「……わたくしも、あなたと人生をご一緒出来て本当に、本当に幸せですわ」



「アナ……キスしてくれ……」


「あら。わたくし、もうお婆ちゃんですのに」


「……どんな容姿でもいい……アナが可愛いのだ……」


ベッドで仰向けに寝る老人に、老婆はそっと唇を重ね合わせる。


「アナ……来世でまた会おう……

私は『奇跡の大公』だ……

必ず奇跡を起こして……また君と巡り合ってみせる……

そのときは……また


私と結婚してほしい」



「ふふふ。

随分と気の早いプロポーズですのね。

そのプロポーズ、お受けしますわ」


老婆は老人の手を握りしめて目をうるませながら優しく微笑む。

老人もまたその手を握り返し、優しい目を老婆に向けた。


言葉を交わさないまま、二人はそうして見詰め合った。

長いときを共に過ごした二人には、言葉など不要だった。




「……そろそろ向こうに行くことになる……」


「向こうで少しだけお待ち下さいませ。

わたくしもすぐに参りますわ」


「……少しこちらでゆっくりしてくれ……

……奇跡を起こすにも……色々と準備がいるのだ」


「あなた。

わたくしは来世でも必ず、あなたを探し当ててみせますからね。

わたくしの心の指標は『自分の幸せを諦めない』ですの。

次の人生でも、自分の幸せを諦めるつもりはありませんわ」


「……そうか。

……君の方でも私を探してくれるか……

それなら間違いなく逢えるな……」


「ええ。

もし、あなたがわたくしとお会いしてもお気づきにならないようでしたら、またわたくしからプロポーズしますわ。

ですから、ご安心下さいませ」


「……大丈夫だ……

……君を見て私が気付かないわけが……ないだろう」


「まあ」


そう言って老婆は穏やかに笑う。



「……アナ……愛してい……」




「わたくしも愛していますわ……。

……心から……心から愛していますわ……」




「…………………おやすみなさいませ……ジーノ様」


老人の手を握る老婆は、ほろほろと涙をこぼす。




こうしてセブンズワース公爵家を大いに発展させてセブンズワース大公国を築き上げ、『奇跡の大公』と呼ばれた男はその生涯を終えた。

建国という偉業を成し遂げた彼の人生は、激動と呼べるものであった。

内政、外交、軍事などの様々な分野で「奇跡」の改革を成し遂げた彼に心酔する臣下は多く、彼が治療のために歯を抜くと貴族たちは挙って健康な歯を抜くほどであった。


国内外に絶大な影響力を持っていた彼だが、大公の座を息子に譲り渡すと離宮に籠もって政治との関わり一切をった。

離宮での彼の暮らしは、その激動の人生が幻であったかのように穏やかなものだったという。

残された時間の全てを妻に費やすかのように、老後の彼は常に妻に寄り添っていたという。


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最後までお読み頂きありがとうございました。


◆◆◆


お知らせです。

12月8日、ゴブリン令嬢の3巻が発売されます。

この巻で完結です。


皆様のおかげで無事、最後まで書き切ることができました。

もう感無量で、書き終えたときは泣いてしまいました。

本当に、応援ありがとうございました。


3巻の主な内容は、戦争と建国で、WEB版で言うと本編27話以降のお話です。

アナの巨大な魔力、アナの刺繍科研究生としての成果、第二王子はどこに行ったのか、王子たちとの確執など、これまでの伏線もまとめて回収されます。


番外編にも結婚後のお話がありますが、3巻のお話は本編です。

本編と同じく軸になるストーリーがあって、その大半が書き下ろしです。

断片的な小話の番外編とは雰囲気が全然違いますから、番外編をイメージして買われてしまうと期待通りのものではないと思います。


エカテリーナやアンソニーなどWEB版ではカットしてしまった登場人物が物語に絡み、エピソードも1巻や2巻での物語を前提にしたものがほとんどです。

WEB版の続きが知りたくて3巻だけ買っても、残念ながら内容はよく分からないと思います。


まだ書籍を購入されていない方は、なにとぞ1巻からお読み頂ければと思います。

そして3巻を読まれて、一人の女性のために国まで造ってしまったジーノの愛の深さと、そんなジーノを懸命に慕う健気なアナを、ぜひぜひご堪能下さいませ。


◆◆◆


このお話はカドカワBOOKS様より書籍化されています。

応援してくださった皆さまのお陰です。本当にありがとうございます。

WEB版との違いは以下のとおりです。


■WEB版■

文庫本一冊程度の分量でサクッと読めるお話にしています。

本来の物語からエピソードの半分以上を削り落としています。


■書籍版■

本来のお話がベースです。

しっかり世界に浸れてキャラに感情移入出来るようエピソードはWEB版の倍以上です。

学園でのお話、ジーノ姉上が上京するお話、第一王子と対決するアナのお話、冥い目をして貧民街で暮らすジーノのお話などWEB版には無いお話がたくさん追加されています。

書籍版追加エピソードの全ては、アナとジーノがお互いのために尽くし、そして惹かれ合う課程です。



WEB小説ではテンポを優先せざるを得ませんから、エピソードもサブキャラも削り落としています。

書籍版では世界観に浸れることを優先して書いています。


このお話の本来の姿を、どうかお読みになって頂ければと思います。

書籍の公式ホームページはこちらです。

https://kadokawabooks.jp/product/goburinreijou/322112000368.html



◆◆◆◆◆◆



新作を書き始めました。


『白雪姫のいじわるな継母に転生しました』

https://kakuyomu.jp/works/16817330668112250064


白雪姫の継母が前世を思い出して、白雪姫にいじわるをしないで溺愛するお話です。

こちらもぜひよろしくお願いします。

2024年1月には完結の予定です。

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