第27話 結婚式 ~アナは可愛い~

「お、お待たせしました。ジーノ様」


婚礼衣装を調えたアナが私の前に姿を現す。

顔は目に見えて緊張している。


純白のドレスはプリンセスラインであり、夜空の星のように数多の金剛石ダイヤモンドあしらわれている。

以前のアナはこぶを気にして首元まで隠すドレスを着ていたが、もう病も治りこぶはなくなった。

肌を隠す必要がなくなった今日は、胸元までのドレスで大胆に肩を出している。

白磁のような白くなまめかしい肌の胸元には、金剛石ダイヤモンドと真珠で紡がれた首飾りが掛けられ、清楚さと妖艶さが同居しているようだった。

輝く銀髪は、床に付くほど長いベールで覆われており、ベールもまた数多の金剛石ダイヤモンドあしらわれていた。


セブンズワース家は戴冠が許される大貴族なので、頭を飾るティアラはセブンズワース家の令嬢が公式の場で戴冠する正式なものだ。

綺羅きらびやかでありながら荘厳な歴史の重みを感じさせるそれは、気品ある彼女によく似合っていた。


優しげで儚げな顔立ちの彼女がそれらで着飾ると、清純さと妖艶さ、霞草のような可憐さと大輪の牡丹のような華やかさが同居しているようだった。


衝撃


そうとしか言えないほどの美しさだった。



「……アナ……綺麗だ……」


気付いたらソファから立ち上がっていて、気付いたらそう呟いていた。


美しい女性を見ても心が動かなくなってから随分経つ。

私も、美人を見れば、客観的に美人と言われる人であることは分かる。

しかし、そこには何の感動もなく、ただその女性の美醜の程度が判別出来るだけだった。


それはアナに対しても同じだった。

アナが顔中こぶだらけでも気になることはなかったが、反面、こぶが消えてもその美貌を見て感動することはなかった。


しかし今日、花嫁衣装を纏ったアナを見て私の心は大きく動かされた。

美人であることを理解出来ただけではなく、その美しさが私の心に衝撃を与えたのだ。

これまでドット絵のように見えていた女性が、今日突然生身の肉体を持ち、ありありとそこに存在する女性に変わったような衝撃、

と言えばいいのだろうか。


前世にはCGという精巧な絵画があった。

アナは、そのCGの中にしかいないような現実離れした美貌であることは知識として知っていた。

今日突然、それを心で実感させられてしまった。


私の妻となる人は、これほど美しい人だったのか……


「……ありがとうございます。

綺麗とおっしゃって下さったのは初めてですわね。

ジーノ様も……とても素敵ですわ」


照れながらアナが言う。

確かにその通りだ。

これまでアナの仕草や表情、言動から窺えるアナの心などを見て「可愛い」と言ったことは多い。

だけど、外見を見て綺麗と言ったのはこれが初めてだ。


私にとって女性とは、キャンバスに描かれた絵のようなもので、性的な対象ではなかった。

だが今は、アナは体温を持つ女性のように思える。

最近、私の中でアナの存在が大きく変化している。

それで、アナを見て綺麗だと感じたのだ。



「新郎様、新婦様。

ご入場をお願いします」


神官にそう言われ、私はアナをエスコートして扉をくぐる。

前世の高校の体育館よりも圧倒的に広い王都の大聖堂には、セブンズワース家の結婚式ということもあり多くの人たちがいた。

彼らの目線が一斉にこちらを向き、私は緊張してしまう。



この世界の結婚式はシンプルだ。

新郎新婦が揃って入場して、立会人の教会関係者の前で宣誓し、立会人が祝福の魔法を掛け、そのときに誓いのキスをするだけだ。


場所は王都の大聖堂で、立会人は教皇猊下だ。

教皇猊下からの問い掛けに従い私は「誓います」と答えた。

アナもまた同様に答えた。

そして二人並んで宣誓書に署名をする。


聖歌隊が歌い始め、教皇猊下は祝福の魔法を唱える。

やがて祝福の魔法が完成すると、光が空から雪のように舞い降り、大聖堂の屋根をすり抜けて聖堂内にも舞い降りる。

教皇になるための資格の一つが、王都全域に祝福の魔法を届けられることだ。

舞い降りる光は、この大聖堂だけではなく王都全域で雪のように降っているのだろう。


教会の鐘の音が聞こえる。

祝福の光を見て鳴らし始めたのだろう。

祝福開始の合図だ。


やがて私とアナは虹色の光の柱に包まれる。

光の柱は大聖堂の天井にまで届いている。

あれもまた、天井をすり抜けて天高くまで立ち上がっているはずだ。


私はアナと向き合う。

感動で涙が止まらない。

アナもまた、ぽろぽろと涙をこぼしながら私を見詰めている。


アナが目を瞑り、上を向く。

私はアナにキスをした。


光の柱が虹色から真っ白に変わり、目を瞑っていてもその光の変化を感じる。

私たちを包む柱が一際ひときわ強烈な光を放つと、光の柱と祝福の光は消える。

それを合図に私はアナから唇を離し、アナを抱き締める。


「アナ、愛している。

生涯、誰よりも何よりも大切にすると神に誓おう」


「わたくしも、お慕いしていますわ。

生涯お慕いし続けると神に誓います」


このときの誓いの言葉は自由に決めていいものだ。

私とアナは抱き合いながら、それぞれ考えていた言葉を交わす。


「ここに神の御名みなの下に結婚が成立し、一組の夫婦が誕生したことを立会人・教皇オルマケリウス四世が宣言する」


また教会の鐘が鳴る。

結婚成立を知らせる独特の鳴らし方の鐘だ。


参列者が立ち上がって拍手をすると同時に、教会の外からステンドグラスがビリビリと振動するほどの歓声が聞こえた。

鐘の音によって私たちの結婚成立を知った民の歓声だろう。


これで私はアナと夫婦になった。

前世ではついに妻と呼べる女性と巡り合うことはなかった。

思春期を終えた頃には、結婚など諦めていた。


それが今世では、これほどの女性を妻に出来たのだ。

前世で八十二年、今世で二十一年。

一世紀を越える年月を生きて、初めて妻と言える女性と巡り会えることが出来た。

しかもアナという世界最高の女性だ。

感動が胸いっぱいだった。



◆◆◆◆◆



結婚式を終えて、私とアナは王都の大通りをパレードする。

王族関係者が結婚するときは、こうやってパレードが行われる。

この手のイベントがあると多くの民が財布の紐を緩めるので、言ってみれば経済振興策の一つだ。


アナもまた、王太后殿下の孫娘であり国王陛下の姪だ。

順位こそ低いが一応王位継承権も持っているので、パレードが行われることになった。


「凄い人ね。私たちの結婚のときより凄いわ」


大聖堂の門の内側に用意された馬車に乗り込む前、義母上ははうえが観衆を見て驚いた声で言う。


「うむ。儂の結婚式のときより遥かに多いな。

王太子だった頃の儂の結婚式よりも人が多いとはのう。

うーむ」


義母上ははうえの横にいる国王陛下は、自分のときよりも人が集まっていることに納得がいかなそうな顔で言う。


「『ゴブリン令嬢』の人気が原因ですよ。

近隣の街はもちろん、隣国からも一目見るために観光客が大勢来ています」


陛下付きの近衛騎士がそう言う。

不満げな顔の国王陛下にフォローを入れているのだろう。


役場や学園などの例外を除き、通常平民が貴族に会う場合は顔をじっと見てはならない。

視線を向けることが許されるのは足元だけだ。

貴族の顔をまじまじと見ることが出来るのは、貴族から許可されてからだ。

貴族が市井に下りるときは大抵平民の格好をするが、そういうことが面倒だからというのが大きい。


ところがパレードでは、許可がなくても貴族の顔をしっかりと見られる。

見せるためのイベントなので、例外的にそういう義務を免除されているのだ。


演劇『ゴブリン令嬢』のファンからすれば、このパレードは本物のアナを見られる数少ないチャンスだ。

そもそも、公爵令嬢は市井を歩いたりしないから、平民がアナを目にする機会は実質このときだけだ。

大勢の人が押し掛けているのは、そんな理由だ。


パレードが始まり、私とアナは同じ屋根のない馬車に乗り王都の大通りを埋め尽くす民衆に手を振る。

本当に凄い数の人だ。

大通り沿いの建物は、屋根の上まで人が溢れている。

二階以上の高さの建物の窓は、どこも人の顔がいっぱいだ。

屋根から縄を垂らして壁に張り付いている人も沢山いる。


「うわあああ!

『ゴブリン令嬢』のお姫様きれー!」


父親に肩車されている女の子が大興奮で叫ぶ。


「来たわ! 来たわよ!

あの方が『ゴブリン令嬢』よ!

凄いわ! 凄い美人よ!」


「うわ! 本物のジノヴァ様凄いわ!

凄い美形よ!」


「お幸せにー!

お二人の恋を応援してまーす!」


口々に市民が声援を送ってくれる。

通常平民からは貴族に話し掛けられないが、お披露目のためのイベントなので今日は自由に声を掛けていいのだ。

そんな観衆の声援に私たちは手を振って応える。


私の横に立つアナを見ると、そのドレスに散りばめられた無数の金剛石ダイヤモンドが陽の光に当たってキラキラと輝いていた。

アナのつややかな銀髪もまた陽の光の下で輝く。

陽の光にあてられたアナの笑顔もまた晴れやかで、まるで輝いているようだった。


なんと美しい女性なのだろう。


「アナ。凄く綺麗だ」


私はそう言って衝動的にアナの頬に口付けをしてしまう。


「「「「「キャアアアアアアアア」」」」」


女性たちからまるで悲鳴のような歓声が上がる。

人が多いのでまるで地鳴りのようだ。


多くの人の前でキスをされ、アナは振っていた手を下ろしてしまう。

そして顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。


そんな可愛らしいアナを見て観衆はまた大きな歓声を上げ、割れんばかりの拍手が響いた。

その拍手と歓声を聞いて、アナは羞恥で目を回したのかふらふらと揺れだす。

慌てて彼女の肩を抱いてアナを支えると、それを見た観衆が喜び、また雷鳴のような歓声を呼んだ。


アナの肩を抱きながら思った。

確かにアナは綺麗だ。

今日それは実感した。


だが、それ以上に、


圧倒的に!



絶対的に!



究極に!



アナは可愛いのだ!




この可愛らしい人を生涯守り続けたい。

そう思った。

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