第17話 卒業パーティでの婚約破棄 (アナスタシア視点)

今日は卒業パーティの日です。

ジーノ様からの連絡は一切なく、わたくしは一人で卒業パーティへと向かいました。

ジーノ様と婚約する前、一人で馬車に乗り学園のパーティへと向かうのが普通でした。

ですが、ジーノ様が学園に入学されてからはこれが初めてです。

以前は一人で馬車に乗ってもなんとも思いませんでしたのに、今は隣にジーノ様がいらっしゃらない馬車はなんとも寂しく、涙が込み上げてきます。


ドレスとアクセサリーは、これまでジーノ様より頂いた物の中で一番華やかなものを選びました。

ジーノ様が絶賛して下さったものです。

最近ジーノ様は、ほとんどわたくしに視線を向けて下さいません。

少しでも華やかに着飾れば、ジーノ様がわたくしに視線を向けて下さるのではないかと思い、これを選んだのです。


会場に着きジーノ様をお捜ししましたが、見当たりませんでした。

あちこち歩き、知人にもお尋ねしましたがジーノ様をお目にすることが出来ません。

本当にお越し頂けるのか不安になってしまいます。



「セブンズワース公爵家アナスタシア様、ご入場です」


結局、パーティの開始時間になってもジーノ様はいらっしゃいませんでした。

婚約者が学園生ではないならともかく、婚約者が学園生なのに一人で入場したのはわたくしだけです。

奇異の目に晒され、心細く思ってしまいます。

ですが、ここまで来てわたくしに出来ることはジーノ様をお待ちすることだけです。


パーティ開始よりちらちらと入り口の扉に視線を向けていると、ようやく扉が開きました。

人混みの向こうで背の高い黒髪の男性が入場されるのが見えました。


ジーノ様ですわ!


ようやく待ち侘びていた方がいらして気持ちが浮き立ちます。

早足で扉に向かって歩き始めた私ですが、途中足を止めてしまいました。


ジーノ様は、紫のドレスを着た女性をエスコートして入場されたのです。




どういうことですの?



その女性はどなたですの?



なぜ、ジーノ様にエスコートされていらっしゃるんですの?



なぜジーノ様の瞳の色のドレスを纏っていらっしゃるんですの?




血の気が引き、足がガクガクと震え始めます。

ジーノ様は、そのまま女性を伴って会場中央付近にまで歩みを進めると、わたくしを見つけて足を止められました。


「アナスタシア・セブンズワース嬢、君との婚約を破棄する」






今なんて?




ジーノ様がこちらを向けて大声を張り上げました。

言葉を理解することを頭が拒絶し、極端に思考が制限されている気がします。


きっとわたくしが何か間違えてしまったのですわ。

平身低頭謝罪してお許し頂かなくては。

ジーノ様とお話しなければ。

そのためにも、まずはジーノ様のお側へ向かわなくては。

ジーノ様の元へ向かおうとしますが、足がふらついて上手く歩けません。


「……え……あ……」


足が動かないならせめてお声掛けだけでも。

そう思ってジーノ様にお声を掛けようとしたのですが、声も上手く出ません。


早く!

早く何かお話ししなくては!


ジーノ様は婚約破棄するとおっしゃったのです。

きっとわたくしに原因があり、その原因をわたくしが正せば、また元のお優しいジーノ様にお戻りになるはずです。


原因です。

原因をお伺いするのです。


「あ……な……なぜでしょうか?

わたくしに何か至らない点があったのでしょうか?

もしわたくしに何か問題があるならどうぞおっしゃって下さいませ。

どんな問題でも必ず正してみせます」


ようやく声が出て、わたくしはほっとしました。

何とかお伺いしたいことを言葉に出来ました。


「その質問には答えよう。

皆、聞いてくれ。

この場にいる全員に証言しよう。

アナスタシア・セブンズワース嬢に非は一切ない。

彼女は心清らかで、優しく、慎み深く、常に人のことを気に掛ける優れた気配りの出来る女性だ。

貞淑であり、聡明であり、そしてしっかりとした自分の意思を持っている。

たとえ人が見ていないところでも厳しく自分を律することの出来る気高い女性だ。

高潔という言葉は、まさに彼女のためにある言葉だと言っていい。

親孝行な娘であり、これならどこに嫁いでも立派に家を盛り立てることが出来るだろう。

マナー、礼儀作法は完璧と言っていい。それは皆もよく知っているだろう――」


どういうことですの?

ここで聞き間違いや聞き漏らしの愚は犯せません。

ですから、わたくしはジーノ様のお言葉を一言も聞き漏らさないように気を張ってお聞きしていました。

てっきりわたくしの問題をご指摘されるのかと思っていました。

ですがジーノ様のお言葉は、わたくしを褒めすぎなくらいお褒め下さっているようにしか聞こえません。


「――字も美しく、話の組み立ても上手で、彼女の手紙を見た者はきっと感動することだグフッ」


(っ!!)


ジーノ様の隣に立つ女性がジーノ様を肘でお突きして、小声で何かジーノ様にお話ししたのが見えました。

わたくしは、ジーノ様を肘でお突きしたことなんてありません。

親しげな二人のご様子を拝見して、黒い感情が湧き上がって来てしまいます。


駄目!

駄目ですわ!

今、嫉妬に駆られてお見苦しいところをお見せしては駄目です。

ジーノ様が婚約破棄をお考え直し下さるほどの、最高の自分をお見せしなくては。

必死に黒い感情を抑えます。


「とにかく、アナスタシア・セブンズワース嬢という女性は、世界最高の女性と言っても過言ではない。

もし、未来の王妃に最も相応しい女性は誰かと問われたら、私は彼女を挙げるだろう。

いや、彼女以外に考えられない!」


へ?

わたくしが世界最高の女性、ですの?

わたくしは、自身の至らないところをお伺いしたのですが、どうしてそういうお答えになるのでしょう。

さっぱり理解出来ません。


「そ、それでは、なぜ婚約を破棄されるのでしょうか?」


わたくしに問題がないなら、婚約破棄をする理由などないはずです。

婚約破棄を撤回してほしいという願いを込めて、わたくしはそうお尋ねします。


お願いです。

どうか撤回を。


そう心の中で祈り、その思いを視線に込めてジーノ様を見詰めます。


「簡単だ。私の浮気だ。

下半身の締まりが良くない私は、別の女性と情を交わし子供を作ってしまったのだ。

そして、彼女こそが私の新たな婚約者、ケイトだ」



え?



こども?



ジーノ様が?





その女性と?






そんな






うそ






膝に力が入らず立っていられなくなり、その場にへたり込んでしまいました。

耳鳴りがして、周囲の景色がぐにゃりと歪みました。



どれだけそうしていたのか、自分でも分かりません。


ふと思いついたことは、ジーノ様を追い掛けなくてはならないということでした。

このままお別れしてしまったら、二度とお会い出来なくなるような気がしたのです。


なぜそんなことを思ったのか分かりません。

わたくしは正常ではなかったのでしょう。


ですが、足に力を入れようとしても入らず、足も手もガクガクと震えてしまうためになかなか立てません。

時間を掛けてなんとか立ち上がると、覚束ない足で会場の出口へと向かいます。

出口の扉を抜けて廊下を見ると、そこにもうジーノ様のお姿はありませんでした。



間に合わなかった……



手遅れだった……



そんな言葉が頭に浮かびます。

「絶望」という言葉では到底追い付かないほど深く絶望し、世界が粉々に壊れてしまったような感覚がしました。

それから目の前が暗くなりました。



◆◆◆◆◆



気が付いたときは、自室のベッドの上でした。

目覚めたわたくしに気付いたブリジットは、泣きながら何かを言っていました。

ですが、わたくしの頭に彼女の言葉は入って来ず、何を言っているのか理解出来ません。

一人にしてほしいとブリジットに言い、彼女を退出させました。


お父様やお母様も部屋に来て慰めて下さいました。

しかし会話をするのも億劫なため、一人にしてもらいました。


どなたともお話しする気にはなれず、わたくしはカーテンが閉められた暗い部屋の中でずっとベッドの中にいました。

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