第15話 ジーノリウスの策略

「ジーノ様。よろしければこれからお茶でも」


「すまない。

商会の仕事でこれからすぐにでも帰らなくてはならないのだ」


思い詰めた顔でアナが私をお茶に誘うが、私はアナが言い終わらないうちに言葉を被せ、誘いを断る。


「……そうですか」


アナが目に見えて沈む。

悲しみを浮かべるアナの目を見ると心が痛い。

抱き締めて慰めてやりたい。

だけどその気持ちをぐっとこらえる。


セブンズワース家での仕事が終わると私はすぐに研究所へと向かい、そのままゴーレム屋敷へと転移する。 



◆◆◆◆◆



私は治療薬作成作業に没頭していた。

辛いときは何かに集中していた方が楽だ。


あとは薬に付与魔法を掛ければ治療薬は完成なのだが、その付与魔法に私は苦労していた。

ポリマーの粒一つ一つに付与魔法を付与する必要があるのだが、熟練の魔法薬師ならそれが出来ても元エンジニアの私には無理だった。

いくら練習しても、何度やっても上手く行かない。

まあ、素人が僅か数ヶ月練習しただけで熟練の魔法薬師になる方が無理なのだろう。


私の専門分野はゴーレムだ。


ふと思う。

ポリマー一つ一つに魔法を付与しなくてはならないとは言っても、付与する魔法は三種類だけだ。

これをゴーレムにさせることは出来ないだろうか。


反復作業はゴーレムの得意とするところだ。

私が全く同じ魔法陣を幾つも作ろうとすると、同じように見えて同じではない魔法陣になってしまい、中には効果を発現出来ないほど歪んでしまうものも出てくる。


だがゴーレムなら、判で押したように同じ魔法陣をいくつも描くことが出来る。

むしろゴーレムにやらせる方が効率的ではないのか?

ゴーレムなら私の専門分野だ。


前世では多くの仕事がゴーレムに取って代わられ、ゴーレムによって失業した人は掃いて捨てるほどいた。

そんな中、魔法製薬・製剤の分野はゴーレムによる代替を許さなかった数少ない職種だった。


ゴーレム化が進まなかったのは、別にゴーレムでは代替出来なかったからではない。

魔法薬師会は当時の政権政党の有力支持母体であり、政府がゴーレム化規制を行ったことによるものだ。

そういえば「人と人の触れ合いが重要だから」なんて取ってつけたような苦しい名分でゴーレム化規制していたな。

魔法薬師なんて、滅多に客の前に顔出さないのに。


ああ。

思い出した。

外国では診断から治癒まで全てゴーレムが行っている病院もあったな。

医師会もまた政権の有力母体だった。

魔法薬作成でも似たようなものがないだろうか。


あったぞ。

さすが魔法薬学科のある大学の図書館だ。

外国の薬事情に関連した本も沢山あった。

外国では普通にゴーレムが薬を作っていたのだな。

知らなかった。


原理としては魔法染色と同じだな。

魔法染色なら、生産ラインを立ち上げたことがある。

これなら何とかなりそうだ。



◆◆◆◆◆



駄目だ。

時間が足りない。

魔法染色の生産設備に関わる技術を応用して治癒魔法を付与するゴーレムを作っているが、このままでは到底予定に間に合いそうにない。




私は公爵に休暇を願い出た。


「それで、卒業までの二週間、商会の方に専念したいと?」


不満気な顔で公爵が言う。


「はい。その通りです」


不味いな。

許可が貰えるか分からなくなって来た。

貰えないと計画が根底から崩れてしまう。


「お前も当家の後継者なのだ。

そろそろ商会経営は誰かに任せてセブンズワース家を継ぐことを真剣に考えてもいいのではないか?」


公爵がそう言う。


「そのための休暇申請です。

実は、学園卒業と同時に商会は別の人間に任せようと思っています」


これは本当にそうするつもりだ。

従業員を路頭に迷わせないためには、これしか方法がない。


「ほう。そうか。

それならいいだろう。

しっかり終わらせて来い」


急に機嫌をよくした公爵は、休暇を認めてくれた。


「ありがとうございます」


危なかった。

何とか許可が貰えた。






「ジーノ様」


玄関ホールに行くとアナが待っていて、私に声を掛けてきた。


「商会の経営がお忙しく、本日からお休みなされると伺いました」


あれから私はアナにはずっと冷淡な態度を取り続けている。

今も気分は落ち込んでいるだろうに、アナは無理をして明るい笑顔で話し掛けてくる。

落ち込んだ態度では余計に嫌われると思っているのだろう。


胸が苦しい。

彼女の健気な努力は、本当に見るのが辛い。

見ていると悲痛で顔が歪みそうになるため、私はアナから目を逸らす。


「ああ。すまない。

これから卒業パーティの日まで来ることが出来ない」


「その、卒業パーティですが」


「そうだ。すまないが卒業パーティはエスコート出来ない。

出席はするから会場で会おう」


おそらくアナは、卒業パーティの衣装合わせなどの話をしたかったのだろう。

それを遮って、私は一方的にエスコートをしないことを通告する。


アナは驚いて目を見開く。


「……そう、ですわよね。

ジーノ様はお忙しい方ですもの。

仕方ありませんわ」


笑顔を作ってアナはそう言うが、言葉の途中でこらえきれずぽろりと涙をこぼす。

私もまた耐えきれず、涙があふれる。

アナに背中を向け、そのままアナに顔を見られないように馬車に乗った。


走り始めた馬車の窓から後ろを覗くと、手で顔を覆って泣いているアナが見えた。

着ているドレスは私が初めて贈った紫色のドレスだった。

私の気を引くために、あのドレスを選んだのだろう。


更に涙があふれて来て、すぐによく見えなくなった。



苦しい。

胸が張り裂けるようだ。



◆◆◆◆◆



休暇で得た時間を使って私はゴーレム作りをする。

ポリマー単位で魔法を付与するゴーレムを作るのは、細かい作業が多く手作業で作るとなるとかなりの時間を要する。

専用機材があるなら一日も掛からず終わるが、流石に機材から作っていてはどう考えても期限を過ぎてしまう。


だからコツコツ、チマチマと細かい作業を一人続けた。

現実が辛いときはこういう作業がいい。

作業に集中すると、少しは現実を考えなくてすむ。



そうしてようやく、薬に魔法を付与するゴーレムが出来上がった。

薬を大量生産するわけではないから、縦横奥行きそれぞれ五十セルチ程度の小さなものだ。

これで魔法を付与して、最後に完成品検査をすれば治療薬は完成だ。

さすが魔法薬学科の図書館だけあって、完成品検査の方法も簡単に調べが付いた。

その準備も、もうしてある。


何とか間に合った。


これで治療薬が完成したら、いよいよ後戻りは出来ない。

アナは病が完治し、婚約は結び直されるだろう。


このまま薬作りは中断してアナと結婚してしまい、もう誰もアナを奪えなくなってから薬作りを再開しよう。

何度も思い浮かんだ考えが、また脳裏に浮かんでくる。

何度もそうしたように、私はまたその考えを否定する。


それは駄目だ。

普通の人の魔力保有量は平均で百フラメール前後だ。

だが『魔導王』やその卵の保有魔力量は、最低十万フラメールにもなる。

約十万フラメールがリトマール魔法試験紙を真っ黒に変える最低値なのだ。

試験紙を真っ黒に変えたのだから、アナは最低でも一般人の千倍の魔力を持っていることは確定だ。


魔力保有量が多い人ほど慢性魔力循環不全を原因とした内臓系疾患が発症しやすく、魔力保有量が多いほどその内臓系疾患の進行が速いと医学書にあった。

『魔導王』の魔力保有量なら、恐ろしいほどの速度で症状は悪化するだろう。

つまり、発症と同時に見る見るうちに悪化し、一日と経たずに手の施しようもないほどの末期となる可能性が高い。

発症したら終わりであり、アナの命はいつ尽きるか分からないのだ。


上級貴族の結婚には時間が掛かる。

今から結婚式の準備を始めても、式を挙げられるのは最短でも一年は先だろう。

その一年の間にアナの命が尽きない保証はない。

「アナと共に人生を歩く」というこの上なく魅力的な報酬であったとしても、アナの命をチップにした賭けは出来ない。


意を決して、私は付与魔法ゴーレムを起動させて薬に魔法を付与する。


王太子殿下と、第一王子殿下の二人がアナを狙っているようだが、出来れば第一王子殿下と結ばれてほしい。

王太子殿下は駄目だ。

本命は別にいて権力保持のためにアナを側妃に、だなんて巫山戯ふざけているにも程がある。


などと考えているうちに魔法付与が終わった。

巨大なタンクに入れた薬剤に魔法を付与するなら数時間掛かるが、一瓶だけの魔法付与だったので数分で終わった。

完成検査を行うが、何の問題も発見されなかった。


完成だ。


飛び上がって喜ぶべき場面なのだろう。

だがそこまで喜ぶ気にはなれない。

これこそ、私とアナの関係の終わりを告げるものだからだ。


だがそれでも、これがアナの命を救い、アナに輝かしい未来をもたらす恵みであると思えば、穏やかで優しい気持ちにはなれた。


さて、まだ時間はあるな。

これから後始末のために色々としなくてはならない。

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