第13話 驚愕のお土産

「ジーノ様!」


玄関ホールの扉近くで外を見ていたアナが私を見付けて声を上げた。

少しでも早く無事を知らせるため、私は先触れも出さずに直接セブンズワース家を訪れた。


門番から連絡を受けて慌てて来たのだろう。

アナもいつもの優雅な様子ではない。


「アナ!」


二ヶ月ぶりにアナを見て、私は馬車から降りた途端思わず駆け寄ってしまう。

走るなど貴族らしからぬ振る舞いだが、ここは玄関ホールではなく外だからまだマナー違反の程度は軽い。

そのままアナを抱き締める。


「よくぞ、よくぞご無事で……」


私の腕の中で声を出さないようにアナが泣いていた。

今日ばかりは公爵も何も言わない。


私もまた、アナへの愛しさで胸がいっぱいになる。

細くて柔らかいアナの体から伝わる体温が、私に幸福を感じさせてくれる。


おそらく魔物は、人を殺すために作られた戦闘獣の末裔だ。

行商人が魔物に見つからないように注意を払っていても、魔物は人の痕跡を見付けると態々わざわざそれを辿って追跡し、人に襲い掛かって来る。

多大な労力を掛けて人を追跡する性質のため、魔物と遭遇しないということは生息地域近くでは難しい。


騎士団や冒険者が定期的に魔物討伐をしている王都周辺なら危険度は低い。

しかし多くの魔物が生息する辺境は、危険度も跳ね上がる。

実際、辺境では結構な確率で行商人が死んでいる。


辺境と比べたら安全とは言っても、王都周辺でさえ街壁の外は危険だ。

だから人々は、高い街壁で街を囲んでその中で暮らさざるを得ない。

街の外で暮らすのは自ら魔物の餌になりに行くようなものなので、この世界には山賊なんていない。


王都の人たちは皆、街壁の外が危険であることを知っている。

彼らからしてみたら、辺境は死が溢れる戦場のようなものだ。

アナが泣いているのは、そんなところに私が行ったからだ。


だから私は、無事をいち早く知らせるために直接セブンズワース家に来た。

一度バルバリエ家や商会に行きそこからこの家に先触れを出して了承を得た上で訪れる、という通常の手順を無視したのは、アナに早く安心して貰いたかったからだ。



◆◆◆◆◆



「これが今回のお土産です」


応接室で公爵、義母上ははうえと向かい合う形で私とアナが座っている。

人払いをしてもらったので、今部屋にいるのはこの四人だけだ。

使用人が出て行き、私たちだけになったところで私はお土産をテーブルの上に並べる。


「あら? 何かしらこれは?」


「ふむ。これはどういったものなのかね?」


義母上ははうえがアンクレットを、公爵が腕輪を手に取りしげしげと眺めながら私に尋ねる。


「『遺物の魔道具アーティファクト』です」


「何だと!?」

「まあ!」

「ええっ!?」


公爵、義母上ははうえ、アナがそれぞれ驚きの声を上げる。


先史文明の時代に作られたものが、たまに見つかることがある。

これらは『遺物』と言われるものだ。

しかし大半のものは機能しない。


当然だ。

製品の保証期間なんてとっくに過ぎている。

保存魔法が切れておらず破損していないものであっても、大半の製品は前世のインフラを前提としたものだ。

コンセント式のものはコンセントから魔力供給しなければ使えないし、スマホだって基地局がなければ通話は不可能だ。


しかし、極稀ごくまれにこの世界でも使えるものが発掘されることがある。

それらは『遺物』とは区別して『遺物の魔道具アーティファクト』と呼ばれる。

使い物にならず骨董品としての価値しかない『遺物』とは違って『遺物の魔道具アーティファクト』は大変高価だ。

現存の物のほとんどは、王家や有力貴族家の国宝・家宝になっている。


しかし私は、前世では『遺物の魔道具アーティファクト』を作っていたエンジニアだ。

仕事で関わりがあったものなら、自作でいくらでも作れる。


「……それで、どんな用途のものなのかね?」


私は立ち上がって少し離れたところに立ち

説明を始める。


「まずは公爵へのお土産から説明します。

この腕輪ですが、こうして身に着けておいてこの宝石をひねると」


そう言いながら実演すると、キンという硬質の金属音がして私の周りに結界が展開される。

私は淡い光の膜に包まれた状態だ。


「結界が張られます。

弓やちょっとした魔法程度ならびくともしません。

数人の騎士から斬りかかられても剣は届かないでしょう」


公爵一家は全員あんぐりと口を開けているが、私は説明を続ける。


「先程の腕輪は防御用ですが、この短剣は攻撃用です。

この柄の部分の宝石を押しながら『短剣よ。私を守れ』と言うと」


私が実演しながらそう言うと、短剣がふわりと私の手から離れて宙に浮く。


「公爵。試しに何か投げ付けてもらえませんかね?」


「あ、ああ」


生返事をして公爵はテーブルの上に置かれていた焼き菓子を私に向かって投げる。

浮遊していた短剣は素早く動いて焼き菓子を叩き落とした。


「このように自動で動きます。

命令が『守れ』なので守備のみ行っていますが、攻撃用の命令文で命令すれば敵を攻撃することも出来ます。

危険なので今は実演しませんが」


続けて他の品も説明していく。

次は、自動防御機能を持つアンクレットだ。

これは身に着けると自動で感知膜が生成され、感知膜の範囲内に侵入する物体や魔法を測定し、一定以上の衝撃を予測したなら体の表面に防御膜を張るというものだ。

不意打ちされると、結界の展開が間に合わないことがある。

これは、結界アイテムの欠点を埋める不意打ち対策アイテムだ。

ゴーレムの衝突安全装置の技術をそのまま流用したものだ。


ペンダントは、解毒アイテムだ。

起動させると自動で毒の診断を行い、対応する解毒魔法が自動で発動する。

前世で市販されていた製品を元に私が作ったものだ。

前世で私が作ったそれはアウトドアグッズで、蛇に噛まれたり虫に刺されたりしたときの治療用だった。


今回大学図書館から回収した水晶球の中から、大量の毒の診断魔法と解毒魔法が見つかった。

解毒に関する辞典のいくつかを、かなり早い段階で引き当てたのだ。

このペンダントは新たに知った解毒魔法を組み込んだものだ。

今回のお土産の中で一番手間暇を掛けた私の自信作である。

さすがに毒を飲むわけにはいかないので、口頭での説明のみだ。


続けてアナと義母上ははうえへのお土産を説明する。

アンクレットは女性向けデザインのもので自動防御機能があるのは同じだ。

短剣も同様だ。

デザインが女性向けというだけで機能に変わりはない。


解毒アイテムは、女性向けということでペンダントではなくブローチにした。

本当は常に身に着けられる指輪型にしたかったが、そこまで小さくは出来なかった。

ブローチになったのは仕方なくだ。


結界アイテムは、女性向けということで髪飾りにした。

他に髪飾りを付けることを前提としているもので、それぞれの髪色に合わせた地味なものだ。

もちろん全て自作したもので、解毒アイテム以外は全て警備用ゴーレムの技術を応用したものだ。



説明を終えると、三人共呆然としていた。


「……驚いたわ。

どれも国宝級ね」


いち早く復活した義母上ははうえが言う。


「うむ。さすがにこれを貰うわけにはいかんな」


「そうおっしゃららずにどうか貰って下さい。

私にとっては皆さんこそが宝なのです。

どうか、どうかお願いします」


私は膝を突いて頭を下げる。

前世での土下座に相当する最大級の懇願方法だ。


「しかし、これを一つでも王家に献上すれば叙爵は間違いないぞ。

その栄誉をふいにするのか?」


公爵が私に尋ねる。


「貴族としては褒められた考えではありませんが、爵位や名誉などより私は家族の方が遥かに大事です。

お二人に何かあってアナが悲しむところなど見たくもありません」


私は公爵にそう答える。


「あなたにとっての家族は、わたくしたちだけじゃないでしょう?

アドルニー家やバルバリエ家の人たちも家族でしょう?」


義母上ははうえがそう尋ねる。

国宝級の宝を目の前にしてもまだ私の立場を考えてくれるのだから、やはりこの人は信用出来る。


「問題ありません。

アドルニーとバルバリエの家の全員分あります」


「なんだと!?」

「「ええっ!?」」



三人とも驚きの声を上げる。


アナは静かに席を立って跪いている私の横に来た。

そして腰を落として目線を私と同じ高さにする。


「ジーノ様。

今回行かれたのは、本当に行商だったのですか?」


思い詰めたようなアナの視線に耐えきれず、私は視線を逸らしてしまう。


「やはり違うのですね?

未発掘の遺跡ダンジョンに行かれたのでしょう?」


アナはそう言う。

言葉の途中で私の目を見詰めるアナの目がみるみるうちに潤み、ポロポロと涙をこぼし始める。


「どうしてですの!?

どうしてそのような危ないことをされるんですの!?」


アナは私の肩辺りの服を掴んで私の肩を揺すり、泣きながら抗議の声を上げた。


数多の『遺物の魔道具アーティファクト』が眠る未発掘の遺跡ダンジョンは一攫千金の代名詞だ。

農家の三男坊だって『遺物の魔道具アーティファクト』を見付けたら叙爵され貴族家の当主になれる。

だが、存在が知られながらも発掘されていない未発掘の遺跡ダンジョンは今も数多くある。

今もなお手付かずなのは、そこが極めて危険な場所だからだ。


未発掘の遺跡ダンジョンは、遠距離攻撃魔法を使う魔物が居座っていたり、身体強化魔法を使う魔物がわんさかいたりする。

これまでずっと騎士団や冒険者が挑んでは全滅するということを繰り返していて、未だ誰も討伐に成功していないからこそ未発掘なのだ。

ほぼ間違いなく命を落とすことになるので、未発掘の遺跡ダンジョンに行くのは自殺と変わらない。

アナは泣いてしまったのは、そんな理由からだ。


罪悪感でいっぱいになり、行商に行ったという嘘を吐き続ける気力が失せる。


「その……すまない。

どうしてもアナに贈りたいものがあったのだが、それが遺跡にあるという情報を掴んだのだ」


「そんなもの要りませんわ!

わたくしに必要なのはジーノ様なのです!

ジーノ様にもしものことがあったら……わたくし……わたくしは……」


アナは途中涙で言葉が詰まり、跪く私の肩に顔を付けて嗚咽を漏らすばかりとなった。


「すまなかった。

もう二度と危ないことはしないと約束する」


私はそう言ってアナを抱き締めた。


だが私は、諦めてなどいない。

慢性魔力循環不全を治療しなかった場合、内臓系疾患に罹患し短命となる傾向があると本に書かれていたからだ。

そして重症なほど内臓系疾患に罹患する確率も高く、罹患してからの病気の進行も早い傾向にあると本に書かれていた。

アナが罹患している極度魔力過剰症なら、それは極めて重い慢性魔力循環不全ということだ。

短命の傾向は、より顕著なはずだ。


しないと約束したのは「危ないこと」だ。

「危なくない」なら問題ない。


「はあ。

分かったからもう立ちなさい。

これは貰っておくわ。

どうせわたくしたちが天に召されたら、あなたたちに相続されるものですしね」


義母上ははうえはそう言った。


「うむ。

貰うのはいいが、儂から条件を付けさせてもらう。

もう二度とこんな真似はするな。

また娘を泣かせることは許さん。

それが条件だ」


公爵もお土産を貰うことに同意してくれた。


「ありがとうございます」


そう言って私は立ち上がり、アナの肩を抱いてソファに座らせる。

アナはしばらく私の横でグスグスと泣いていた。


私が「どうしてもアナに贈りたいもの」が何なのか、三人からの質問はなかった。

想像が付いているのだろう。


『エリクサー』


飲めば万病が治るという伝説の魔法薬だ。

もし伝説通りなら、アナの奇病だって治せるはずだ。

きっと公爵夫妻も探したことがあるのだと思う。


だけど私は、エリクサーはおとぎ話だと思っている。


私が生きていた頃にはそんな便利な魔法薬なんてなく、病に対応した治療や薬が必要だった。

そして、私が生きていた頃と文明が滅んだ時期はそう離れていないと思う。

発掘された東京都庁やスカイツリーなどの遺跡が、私の知っている形状だったからだ。


地震大国だった私の国では、建築基準法により建物には強い保存魔法を掛けることが義務付けられていた。

魔法技術の発展により、高層建造物に掛けられる保存魔法は数万年単位の保存が可能なものへと進化した。

しかし、魔法のおかげで傷一つなくても、建造物は全て数十年以内に建て替えられていた。

傷んでいない道路を掘り返しては再舗装し、新築のようなビルを取り壊しては新たなビルを建てていた。

建設業界は政権政党の有力支持母体だったため、彼らが仕事を失うことのないよう定期的な建て替えを法律で強制したからだ。


私が生きていた頃は、全ての病を治す万能薬なんて存在しなかった。

それぞれの病気には、それぞれ対応する治療法が必要だった。

スカイツリーなどが私の知っている形状だったということは、文明が滅んだのは私が死んだ頃より後で、これら建造物の建て替え前ということになる。

そんな短い時間では『エリクサー』が発明されるほど医療技術は進歩しないだろう。


エリクサーを求めていると誤解されているが、訂正はしない。

求めているのはアナの病の治療法であり、求める効果はエリクサーと大差はない。


「ねえ、あなた?

ジーノさんはわたくしたちのことを家族と言ってくれたのよ?

いい加減、公爵なんて他人行儀な呼び方ではなく義父上ちちうえと呼んでもらうべきではなくて?」


アナが泣き終えてからしばらくして、義母上ははうえが公爵にそう言う。


「それはいかん!

こやつが調子に乗って、アナの純潔に何かあったらどうする!?」


「おっ、お父様っっ!!」


婚約者が隣にいるのに父親から性的な話をされて恥ずかしかったのか、アナは顔を真っ赤にして抗議した。

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