第12話 医学書を求めて

アナと婚約してからもう一年経った。


ここのところずっと寝不足が続いている。

バルバリエ家ではマナーや教養などの上級貴族教育を引き続き受け、セブンズワース家で公爵家運営を学びつつアナとお茶をしたりして、商会に顔を出しては報告を聞いて指示を出す、というのが今までの生活だった。


ここに新たにゴーレム製作も加わったからだ。


正直辛いが、何と言ってもアナのためだ。

いくらでも頑張れる。


王都郊外に屋敷を一つ買って地下を魔法で拡張し、そこをゴーレム製造拠点にした。

地下室と言っても空気穴があるだけで出入り口はない。

研究所からの転移でしか入れないようにした。


ゴーレムを準備している理由は、医学書を探しに行くためだ。

当初の計画では、携帯可能な小さなゴーレムを持って医学書探しに出掛けるつもりだった。

だけど化粧水が仰天の高値で売れているため、予想以上に莫大な資金が手に入った。


その資金を使って大型のゴーレム製作も始めたのだ。

有事の際にはここに置かれたゴーレムたちを召喚により呼び出すことになる。


前世で軍事ゴーレムの生産や開発に携わったことはないから、軍事技術についての知識はない。

もし前世の世界でゴーレム同士を戦わせるなら、軍事技術がなくては勝負にもならないだろう。

だが私は、前世という舞台で戦争をするわけではない。

この世界に軍用ゴーレムはいない。

もし稼働可能なゴーレムが発掘されたとしても、ゴーレムの起動にはマスター認証が必要になる。

マスター認証は、手続が複雑な上に専用機材が必要だ。

遺物として発掘されたとしても、ゴーレムの再利用は困難だ。

警備用ゴーレムでも十分なのだ。


前世の警備用ゴーレムは非殺傷目的で設計されている。

このためリミッターが設けられていて意図的に出力が落とされ、セーフガードと呼ばれる殺人を回避するための技術機構が組み込まれている。

このリミッターとセーフガードを外すだけで、前世では街でよく見かけた警備用ゴーレムも恐るべき兵器へと変わる。


今のところ製作を終えたのは、召喚での使用を前提とした大型のものは下半身が馬のケンタウロス型ゴーレムが七機、下半身がクモのアルケニー型が四機、球体型のボディを持ち浮遊移動するバグベアード型が六機、土木作業用ゴーレムが三機だ。

もう少し土木作業用ゴーレムを増やしたら、いよいよ医学書探しを始める予定だ。


同時に地図を眺めて医学書のありそうな場所に当たりを付ける。

なぜ医学書がありそうな場所が分かるのかというと、それはこの世界が前世で私が生きていた世界の未来の世界だからだ。

私が暮らしていた世界の文明は滅びていて、生き残った僅かな人間が再び築いた文明社会がこの世界だ。


それに確信したのは、王都にある博物館に行ったときだ。

展示されていた遺物には、魔道テレビのリモコン、ニンテイドーの据え置き型ゲーム機、魔道炊飯ジャーなどがあった。

もちろん私が生きていた時代とは別の時代の遺物もあるから、遺物全部の正体が分かったわけではない。

でも、ニンテイドーのゲーム機は私も持っていたので、ロゴも含めよく知っていた。


魔法医科大学、図書館、製薬メーカーの研究所、私が知っているそういった医学書がありそうな場所で、まだ未発掘の場所を絞り込んでいく。

幸い東京都庁やスカイツリー辺りは発掘済みだ。

それらが場所の当たりを付けるための基準地点となる。



◆◆◆◆◆



「それでは行ってくる。

アナ。体に気を付けて」


「ジーノ様こそ。どうか、どうかお気を付け下さいませ」


「ああ。なるべく早く帰ってくる。

土産を楽しみにしていてくれ」


目をうるませながらアナはそう言う。


アナとの別れの挨拶を済ませて私は馬車に乗り込む。

アナは玄関前ではなく門の前まで見送りに来てくれた。

抱き締めてしまいたかったが、ここはセブンズワース家の正門前だ。

家の門の前でそれをするのは世間体が悪過ぎるので自粛した。


この世界の貴族の価値観は、前世で暮らしていた国よりも男女関係の面では厳格だ。

未婚女性が婚約者に触れさせて良いのは手くらいだけで、抱き着くなどの行為は、前世の感覚で言うならとんでもなく破廉恥な行為となる。

ブリジットさんが頻繁に私を制止するのもそれが理由だ。



今日から私は東へと向かう。

医学書探しのためだ。

もうアナと婚約してから一年と三ヶ月が過ぎた。

ゴーレム作りを始めてからもう少しで一年だ。


アナはお守りとして刺繍入りのハンカチを作ってくれた。

この国では、戦地に向かう騎士に対して無事を祈願して自分で刺繍を入れたハンカチを渡す習慣がある。

おそらく、それにならったのだろう。


ハンカチに施された繊細で複雑な刺繍から、アナがどれほど手間を掛けてこれを作ったかが窺える。

アナへの愛しさが湧き上がって来て胸が温かくなる。


医学書探しの目標地点は聖マリリン魔法医科薬科大学にした。

あそこなら腰を悪くして入院したことがあるから、敷地内もある程度分かる。


馬車で移動するていで出発したが、最後まで馬車で移動するつもりはない。

目的地は私が住む王都から千五百キルロほど離れているので、馬車だと片道だけでも二、三ヶ月かかるからだ。


この時代、アスファルトで舗装された道なんてない。

石畳が敷かれているのは王都などの大都市の大通りくらいで、街と街を繋ぐ道は人々が歩くことによって自然に踏み固められた道だ。


整備されていない道だと馬車は酷く遅い。

馬二頭で引くような普通の馬車で荷物もそれなりに積んでいると、太い木の根が道に張り出していたら、もう馬車は普通には進めない。

馬車を降りてみんなで後ろから押したり、木の根の横に石を置いて段差をなだらかにしたりして、何とか木の根を車輪が乗り越えられるようにする。


舗装されていない道は、雨が降れば道が泥濘ぬかるんでしまうが、泥濘ぬかるみに車輪がまるとやっぱり降りて馬車を押さなくてはならない。

泥濘ぬかるみに車輪がまると大変なので、普通は泥濘ぬかるみを見つけたら一度止まって泥濘ぬかるみの上に板を置き車輪がまらないようにする。

道に凹みがあった場合も同じだ。

山越えの登りは、馬だけでは登れないことが多く、馬車に乗る時間より馬車を押す時間の方がずっと長いのが普通だ。


障害物がある度に止まって、障害物を何とかして馬車が通れるようにする。

馬車の旅はその作業の繰り返しなので、歩いた方が断然早いことの方が多い。

馬車の利点は、荷物を大量に運べるということくらいだ。


そんなわけで、馬車で行くのは王都から少し離れたところまでだ。

そこで馬車を預かってもらい、あとは魔法とゴーレムで移動する。


この世界の魔法は遅れているし、動くゴーレムは存在しない。

そんな世界で魔法やゴーレムでの移動は目立ち過ぎであり、誰かに見つかればトラブルは必至だ。

人目のある街道は使えないから、森や山の中の利用がメインとなる。


私は馬車で三日ほどの街で馬車と馬を預かってもらい、そこから山の中へと入った。

これでようやく本格的に移動出来る。


一番速いのは空を使っての移動だが、敢えて陸路を選んだ。

流石に空路は遠目にも目立ちすぎる。

平原なら下半身が馬のケンタウロス型が圧倒的に速いが、悪路では八本足のアルケニー型の方が有利だ。

アルケニー型ゴーレムを召喚して乗せてもらい、護衛として同型三機を追加で呼んで移動開始だ。


山中では、やはり魔物が多かった。

この世界には魔物が存在する。

前世には魔物なんていなかったから、最初は全く別の世界にでも来たのかと思っていた。


魔物だが、おそらく前世の軍用戦闘獣の成れの果てだと思う。

軍用ゴーレムは揃えるのに高額の資金を必要とするし、魔法使いの養成は更に費用がかかる。

そういったものが用意出来ない貧しい国向けの兵器が戦闘獣だ。

エサ代と時間さえあれば子を産み増えていくため、初期投資が非常に安くすむことから途上国でよく利用されていた。


戦闘獣は、色々と問題がある兵器だった。

オプション無しの標準型は大して強くないので軍用ゴーレム等と戦うなら高度な作戦行動も可能なものへとアップグレードする必要があった。

しかし、アップグレードの追加費用を加味すると軍用ゴーレムを揃えるのと費用的にそれほど変わらなくなってしまい、安価という最大の利点が消えてしまう。

かといってアップグレードしていない戦闘獣は、味方の識別信号発信機を持つ人間を除いた全ての人間を攻撃対象としてしまい誰彼構わず襲い掛かってしまう。


だが、民族紛争などをしていて敵対民族を根絶やしにしたいなら、手当たり次第殺してくれる戦闘獣は低コストで有用な兵器だった。

だから民族紛争が盛んな途上国では人気があった。


その戦闘獣が野生化したのが魔物だと私は思っている。

魔物は、戦闘獣の基本特性を引継いでいるから人間を見れば襲い掛かってくるし、戦闘力も人間にとっては脅威だ。

野生化したこいつらが森や山にいるから、人類は森や山にはなかなか入れない。


だが私なら問題はない。

野生化した戦闘獣は、前世の軍用戦闘獣と比べてかなり弱い。

本来の軍用戦闘獣なら、オプションなしの一番安い個体であっても標準搭載の魔法は使うことが出来たはずだ。

だがこの世界の魔物は、魔法なんて使えても低レベルな身体強化魔法くらいで、ほとんどの個体は魔法が使えない。

やはり二万年もメンテナンスを怠ったツケは半端ないようだ。


アナの蔑称の元になっているゴブリンもそうだ。

戦闘獣だった頃のゴブリンは、強力な魔法を使いこなし、アップグレードすれば高度な作戦任務もこなす戦闘獣の中でも上位の恐るべき兵器であった。

しかし長年メンテナンスを怠ったおかげで最大の武器である魔法は使えなくなり、今や戦闘獣の中でもかなり弱い部類だ。


ゴーレムのおかげで道中に魔物の危険はなかったが、それでも野宿の連続はキツかった。

人の入らない原生林が続くので、虫に刺されたり、触るとかぶれる草木に苦しんだり、雨が降ってきたとき雨宿り出来そうなところがなかったりで、本当に散々な目にあった。


王都出発から二十一日後、ようやく目的地に到着した。

ここの周囲には人が住んでおらず、重機ゴーレムも使いたい放題だ。

そういう場所を、私は選んだ。


ゴーレムを出して警備を固めつつ、重機ゴーレムでの発掘を始める。


それにしても、前世の世界はなぜ滅んだのだろう。

確か、この聖マリリン魔法医科大学は小高い丘の上にあって、最寄り駅から百メルト以上高いところにあったはずだ。

坂道がキツくて駅からはバスを利用したのを覚えている。


そこそこ高い場所にあるから、ここならあまり土を被っていないかと思ったけど、この場所でさえ薄いところでも五メルトは土を被っている。

最寄り駅辺りなら軽く百メルトは土を被っているだろう。


考えられるのは、土系の『魔導王』が魔法で国ごと埋めてしまったことくらいだが、その『魔導王』はなぜ国ごと土に埋めてしまったのだろう。

先進国だったから、土に埋めるより占領して植民国にでもした方がよっぽど利益は大きいはずだ。


我が国が『魔導王』を怒らせるようなことでもしたのだろうか。

しそうだな。

ライバル政党のいない長期政権で、至る所に腐敗がある社会だったからな。


何にせよ、国を滅ぼしたのが土系『魔導王』で良かった。

火系『魔導王』だったら、この大学の建造物さえ灰になっていただろう。

そうなればもう、医学書が遺物として現代に残ることなんてなかった。


そんなことを考えながら三日ほど発掘作業を続けていると、ようやく図書館らしきものを掘り当てることが出来た。

建物内部に入り込んだ土砂を丁寧に外へと出しつつ私は内部の捜索を続ける。


さすが大学図書館だけあって、かなりの数の水晶球が見つかった。

「医学書」とは言ったが、前世ではもう紙の本はほとんど利用されておらず、水晶球という記憶媒体にデータとして保存することが一般的だった。

紙の本はどうしても経年劣化するが、保存魔法の掛けられた水晶球にデータとして記録すれば半永久的に利用出来るからだ。


それからまた何日も掛けて図書館内の発掘を行う。

図書館から発掘出来た水晶球は、何と二千個を超えていた。


嘘だろう?

水晶球一つに約千冊保存されているとして、蔵書数二百万冊超えか?

大学の蔵書数なんて調べたことがなかったが、これほど多いものなのか。

駄目だ。

蔵書検索システムを探そう。


蔵書検索システムを探している途中、水晶球リーダーがいくつも見つかった。

だが、どれもすぐには使えそうになかった。

ただ、保存魔法の効力が切れておらず、まだ部品取りには使えそうなものが何台もあった。

公共施設などに置かれ多くの人が使う機器には、崩壊しにくい強めの保存魔法が掛かっていることが多い。

今回もそれが幸いした。

全部貰うことにする。


一階入口付近でようやく蔵書検索システムを見つけたが、肝心のデータコアが割れていた。

これで二百万冊の中から手探りで必要な情報を探し出さなくてはならないことが確定した。

今後の膨大な作業に目が眩み、思わず膝を突いてしまう。


発掘した遺物は、手では持ちきれないほどの膨大な量になった。

このため、発掘作業と平行して三日かけて設置しておいた転移陣を使って王都郊外のゴーレム屋敷地下に送る。



◆◆◆◆◆



遺物転送で使った転移陣を利用して、私も王都郊外の屋敷地下に帰って来た。

次々と送った遺物は、事務用ゴーレムたちがせっせと整理してくれている。


ここ一月ほど風呂に入っていなかったのでまずは風呂に入った。


風呂から上がってすぐに水晶球リーダーの作成に手を付けた。

これは簡単だった。

見本になる現物があるし、そのまま使える部品もある程度は揃っていた。

水晶球リーダーなんて作ったことは無いが、これでも元エンジニアだ。

現物の見本があり、部品もある程度揃っているならリーダーの一台くらい作れる。


二ヶ月で帰ると言ったのでまだ時間はある。

私はそれから屋敷地下に籠もって早速医学書漁りを始めた。

本のタイトルと目次から大まかな内容を把握しつつ、本のタイトルと目次見出しを空の水晶球に書き込んでいく。

こういう調べ物は、関係ないと判断した本を後から読み返さなくてはならなくなる羽目になる場合が多い。

だから、なるべく読み返しやすいように手間でも記録を取ると、結果的にそれが近道になる。

エンジニア時代の経験から学んだ知恵だ。


リーダーをもう二台追加で作って事務用ゴーレムにもそれをやらせた。


期限ぎりぎりになって、ようやくそれらしい本を見つけた。


『魔力系疾患と治癒魔法』


これかもしれない!


早速読んでみる。

治癒魔法師の国家資格を持つ人を対象とした専門書のようで、素人の私には半分も理解出来なかった。

だけど、それでもいくつか有用なことが分かった。


本によれば、極度魔力過剰症は全身にこぶが出来る病気で『魔導王』レベルの魔力がないと罹らないが、一般人も似たような病に罹るとのことだ。

一般の人が罹るのは『慢性魔力循環不全』という病気で、これは脇腹などにこぶが一つから四つほど出来る病気だ。

一般人の魔力保有量だからこぶ数個程度ですんでいるのであって、病気の本質は全身こぶだらけになる極度魔力過剰症と同じだとのことだ。


肝心の治療法だけど、光魔法による治療は短時間で劇的に変化させるためにその分患者の負担も大きく、重症の場合は治癒魔法によりショック死することもあるらしい。

だから重症の場合は、効果の発現がより緩やかな魔法薬により治療が行われるらしい。


本の主題は、魔法薬を選ぶべき場合と治癒魔法で治すべき場合の見極めだったけど、それはどうでもいいことなので読み飛ばした。


極度魔力過剰症は、極端に重度の慢性魔力循環不全だ。

一般人でも重度の慢性魔力循環不全なら治癒魔法でショック死するのだから、極度魔力過剰症なら間違いなく死んでしまうだろう。

そうなると、魔法薬による治療が必要になる。


ようやく糸口に辿り着いたので作業を続けたいけど、もう帰らなくてはならない。

私は事務用ゴーレムに本のタイトルと目次見出しのデータ化作業を任せ、用意しておいた「お土産」を持って屋敷を出た。


まずは馬車と馬を回収しなくてはならない。

人間が安全に通れる転移陣の設置には数日掛かるので、移動距離が近いなら転移陣は逆に手間だ。

私は一晩中ケンタウロス型ゴーレムを走らせた。

夜間の移動なので人とは会わないだろうが、念のため街道は使わない。

道無き道を悠々と進むことが出来、休息を必要としないケンタウロス型ゴーレムは、馬車で三日の距離を僅か数時間で踏破した。


街からかなり離れた森の中で私は夜が明けるのを待った。

夜が明けて街門が開くのを待ってから護衛用ゴーレムを送還し、私は街へと入った。

街で馬車を返してもらい私は王都へと向かう。

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