現在、都内某所
悪夢はいつでもそこにいる
青年は今日も悪夢を見た。飛び起きるほどのことではない。青年には慣れた日々だった。
あの日までは優しい年上の従兄の死、そしてあの日からは死んだ両親に詰られる夢が追加された。
「……悠君、元気にしてるかな」
記憶のなかの水無月悠は優しく微笑んでいる。綺麗で賢くて、苦境にあることなど微塵も見せなかった、強い人。
八年前の夏の日に親戚の家に集まった大人達が不幸にも強盗に殺されるまで、あの人の苦境など何一つ知らなかった。あの家からは、あの人が虐げられていた証拠が山ほど出てきたのに。
青年――水無月慎一は部屋を見渡した。都内のマンションの一室。慎一を新たな土地で過ごさせるために、学費を工面してくれた人がいる。それを思えば、いい加減、こんな悪夢は克服するべきなのだ。
それなのに、どうして自分はこうも弱いのだろう。毎朝自分に絶望する。
よくない考えを振り払うべく、慎一はキッチンへ向かった。朝食を用意していれば、肝紛れるだろう。
キッチンに向かう途中、慎一は床に投げ捨てられた靴下に気づいた。ここ数日履いた覚えのない靴下だと妙に思う。そして瞬きの後には靴下をあって当然のものと認識している。奇妙な感覚だ。悪夢の影響だろうか。
相変わらず、弱い。
慎一は内心で自分を叱りつけ、フライパンを取り出した。
今日もきっとひどく暑い。北海道では経験しえない、湿り気を含んだ暑さが既に外を覆っているだろう。
大学のサークルに顔を出して、それから、食料品を買って、帰省に向けてお土産を選ばなければ。それだと一日じゃ時間が足りないかもしれない。大学もスーパーも徒歩圏内なのに、どうして時間が足りないんだろう?
まただ。最近よく混乱する。
せっかくの気遣いで北海道を出て進学したのに、未だに悪夢から抜け出せない。
こんなに弱くて、どうするんだ。この先、やっていけるのか。
やるしかないのに、できなかったらどうしよう。
それでも、手は正確に目玉焼きを作っていた。手慣れた作業だけが、慎一の安心材料だった。
生活し、大学を楽しみ、気遣ってくれた人々を安心させなければいけない。そして、帰省の折にはたくさん楽しい話をするのだ。
慎一は改めて決意を固めた。
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