現在、岩永組事務所

不穏の正体

 警察と縁はあるが逮捕権限もない別の組織の「研究者」だと名乗って、伊月と水無月は組事務所に入る。

「ヤクザって実在するんですね」

 水無月は呑気にそんな感想を漏らした。水無月の好む、整然とした美しい科学の世界には不要なものだ。そこにあればスクラップだろうと構わないので、転がっていれば使うまでだが。

 強面の男二人を相手に伊月も怯えた様子はない。

 風変わりな来訪者に視線が突き刺さるが、奥から出てきた老人が目で黙らせる。

「奇妙な事件を警察に押しつけられている研究者と聞いてたが、そんな風には見えんな。歴戦の猛者だろう」

 語り口は穏やかだが、油断のならない男だ。懐から拳銃が出てきても驚きはしない。

 先代組長、岩永誠治郎。今回の件で亡くなった組長の実の父だ。

「奇妙なものを放り投げられるしがない零細組織ですが」

 伊月はにこりともせずに返した。

「すると、警察はこの事件に匙投げたってことか」

「……半分当たり、半分外れです。警察はそれぞれのご遺体を司法解剖し、誰が誰を殺したのか明らかにし、被疑者死亡で書類送検まではやれるでしょう。私達の仕事はこの奇妙な殺し合いが何によって起こされたか、です」

 誰ではなく、何。岩永はその響きの不穏さを感じ取る。

「人間様のしわざじゃないとでも言うつもりか」

「その可能性もあります」

 岩永の後ろに立つ二人の男に恐怖が走ったのを、水無月はしっかり感知していた。表情は人より見えないが、負の感情は馴染みがあるからか、よくわかる。

「どうやら、心当たりがありそうだ」

 人差し指を立てて、微笑む。岩永はさすがに動じないが、後ろの二人にはよく効いた。

 強面で荒事も得意そうな二人だが、能力者を相手に腕力が意味をなすわけもない。遭遇したなら、自分の常識が通用しない世界に何もかもをへし折られている可能性もある。

「細腕の”お嬢さん”があれにかなうわけがない」

 伊月が鼻で笑う。

「それが”お嬢さん”なんて呼べるものか。怪奇に頼らずともその男は強い」

 実際にはその怪奇で人を殺しているわけだが、身近な毒を使って殺すのは簡単なので、伊月の発言に嘘はない。

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