しのびよる不穏
碓氷は恨めしげに目の前の美青年を睨みつけた。当の水無月はどこ吹く風と微笑みを返してくる。寛容なのではない。碓氷の言葉も刃も、何一つ水無月に届かないからだ。
一方の如月は真剣に問題に取り組んでいるが、真剣さは成果を約束していない。
「くっそ、わからねえ……あ」
小枝を折る気軽さで、如月の手のなかで筆記具が壊れる。問題に集中するあまり力加減をおろそかにした結果だ。水無月は動じることもなく、学会で企業が配ったボールペンの山を指差す。
「抑制って、うまくいかないんだよな」
萎れた如月に水無月は優しく言葉をかける。
「どうにか誤魔化せるけれど、本人は少し不便がある程度だと、能力の調節覚えるまでは大変だからね。仕方ない」
試行を重ねて慣れるしかないのが能力の制御だ。試してみることすら許されない能力者もいる。如月の隣の碓氷唯や夜明はその代表だ。
「……気長にやれば」
憂いを帯びた瞳で、碓氷が如月を励ます。素直な努力家であるがゆえに如月は研究機関でも多くの人間に好かれていた。
感謝を述べようとした如月を遮り、碓氷は水無月の方を向いた。
挑戦的な色を乗せた碓氷の瞳が、水無月を射抜く。
「確認、お願いします」
外界との接触を許されない碓氷のために水無月が作った問題だ。去年のセンター試験で出題されたものを多少いじった。回答はすべて記述式で、鉛筆を転がすことすらできやしない。
いやらしい出題とも言われるが、研究の世界なんてそんなものだ。選択肢どころか、問いの発見、アプローチの手段と、何から何まで己で考えなくてはならない。
回答に目を通し始めた水無月を横に、碓氷は何気なく研究機関の噂を口にする。
「聞いた話だけど、ここ数日、何か原因不明の変なことが続いてて、対応に追われてるってさ。そんなのはここじゃいつものことだけど、どうにも動き方が不穏っていうか」
如月も水無月も驚くことはなかった。潜在能力者研究機関に寄せられる話が変なものでなかった試しがない。
「どうせまともな判断もできてなくて過剰に大騒ぎしてるだけだろ。まあ、明確に他殺の証拠でもあるなら、とっくに俺も駆り出されてる、でしょう?」
能力者が関わる事案は奇妙ではあるものの、明確な悪意や殺意でもって行われるケースはそう多くない。能力を制御できないがゆえの悲惨な結果もそれなりにはあるが、そこに目的を定めることができていた能力者は二〇〇〇年からデータが蓄積されて約十五年間、水無月悠しか記録されていない。
「いつものことだよ。水無月さんと伊月さんはあれかもだけど、碓氷が悩むことじゃねえよ、安心しろ」
明るく言ってみせる如月に、「俺も働かずに研究できるといいんだけど」と水無月は冗談を口にする。多少何かは手伝わされると理解していても、安寧を求める人の性くらいは装備している。
「それに、碓氷は夏の課題を終えられるかを心配した方がいいかもしれない」
ふふ、と挑発をこめて微笑んだ水無月のスマホが鳴る。
「はい、水無月」
相手は伊月だった。
「能力者による他殺と疑われる事件が起きた。場所は追って伝える」
連続殺人であろうがなかろうが、その能力者がよからぬ組織の手に落ちる前に、確保しなければならない。
水無月はため息をついて、二人を振り返る。
「最悪。休みが消えちゃった。他殺っぽいから俺も出なきゃ」
如月が慌てふためく横で、碓氷が目を見開いていた。不安を隠せない二人に、水無月は笑う。
「制御がおぼつかないうちはどんな強力な能力者も大した相手じゃない。異例ではあるけど、予想の範疇」
勉強会の解散を告げ、水無月は状況を頭に叩きこみながら伊月の待つ部屋へ向かっていった。
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