あとのまつり
コンビニで何を買うか、水無月は真剣に悩んだ。二千円も自分の飲食に使えるのだから、いい買い物をしたい。おいしいお菓子を教えてもらうのに、慎一を連れてきてもよかったかもしれない。
最後にアイスクリームを買うのは決定しているが、スナック菓子は何がいいやら、見当もつかない。流行りの辛いお菓子は好みではない。結局、辛くなさそうなスナック菓子を適当にかごに入れ、慎一が好きだった気がするチョコレートも追加した。
慎一がコーラを飲むと母親にいい顔をされないと零していたのを思い出し、水無月は一リットルのコーラを買った。
アイスクリームの棚の中身はよく見えなかったので、見慣れた銘柄のものを雑に選び、買い物を終了した。
コンビニのレジ袋を手に、夜道を歩く。
お盆を過ぎれば、北海道は急速に秋に向かい、短い秋を駆け抜けて、長く厳しい冬に突入する。どことなく風が涼しく、虫の音も秋のそれになりつつあった。
水無月の心は、凪いでいた。解放されたと狂喜乱舞する自分を想像していたわけではないが、もう少し浮足立つものだと思っていた。それが、歌を歌いながら歩いた程度で、気持ちは波一つない。
既に過去のものとなった日常では、身を焼くほどの怒りや絶望、憎しみと共に生きていた。そうしなくてよくなったのだから、この変化はいいことかもしれない。
慎一の寝息だけが、水無月以外の人間の音だった。絞殺、刺殺、撲殺。さまざまに殺しあった大人達の遺体の横を通り過ぎ、水無月はアイスクリームを冷凍庫に入れ、一つをキッチンで食べた。キッチンで物を食べるのも、アイスクリームやお菓子を食べるのも、許されたことはなかった。
「煙草を隠れて吸うやつらって、こういう感覚なんだろうか」
そんなことを考えていると、冷蔵庫の中にあるワインの存在に気づいてしまった。小樽で買ってきたワインで、飲みやすいらしい。
「……いや、ワインはなし。酔って判断を誤ったら困る」
翌朝。水無月は慎一より先に起き、家の電話から警察に通報した。そこから目まぐるしく事態は動いていく。
警察署に慎一の担任がやってきて慎一を連れ帰った。
その後、刑事や検視官にあれこれ聞かれて疲れ果て、ぼーっとしていると、伊月が迎えに来た。
「……伊月先生」
担任でなくて、なぜ伊月なのだろう。
そして、伊月はなぜそんなにも悔しそうなのか。
優秀と言われる水無月でも、判断に困ることばかりだった。
促されるままに、伊月の車の後部座席に乗った。車に乗り慣れていない水無月は、数分走ったところで、声を上げた。
「すみません、吐きそうです」
胃液が食道を上昇するあのひりついた感覚、鼻が知覚する胃液の酸っぱい臭い。
伊月が急いで手渡してくれたビニール袋をひったくるようにして口に当て、盛大に胃袋の中身をぶち撒けた。
「……すまない」
伊月の言葉に、水無月は首を傾げる。
「伊月先生の運転が荒いんじゃないです。俺が、車に乗り慣れていないだけなので」
「……そういうことじゃない。間に合わなくて、すまなかった」
何に対する謝罪か、知りたくもない。
水無月はささくれ立つ感情から目を背けた。
信号待ちで、車が止まる。
「さて、これからの話だ、”能力者”、水無月悠」
伊月の手が伸び、水無月の手を握る。反射的に逃れるも、もう遅い。
電流が走るかのごとき衝撃で、ブルーサファイアの瞳は揺れた。
揺れてしまった。
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