未確定者:水無月悠に関する記録

 水無月悠の瞳は、現代日本の少年のそれとしては、群を抜いて異質だった。美しい青が、というのではない。伊月は他人の瞳の色にも肌の色にも興味がない。周囲と比較して、そういったことを認識しづらい分、容貌で人を判断しないとして、伊月は信頼を得ることがあった。

 水無月悠の容姿はたしかに異質ではある。けれど、伊月としてはさして気に留めるほどのものでもないのだった。自分自身も、発現のしようは異なっているけれど、同じものを抱えているのだから、当然と言えば当然なのだが。

 だから、初対面の際、伊月は水無月悠の瞳に何かを見たのではなく、感じたのだ。伊月は古くから続く名家の次期当主として、小さな頃から様々なことを叩きこまれてきた。そのなかでも、伊月直にしかできない大切な役割があった。

 それは、特殊能力もしくは潜在能力としてひそかに存在する能力を持つ子ども達が、能力を制御し、生きていけるよう手助けをすることだ。特殊能力は、能力者の精神次第で、制御の成否が決まる。東日本一帯の特殊能力関係者で唯一、能力の効果を受け付けない伊月直の、十五の頃からの仕事だった。

 約十年その役目を負ってきた身だからこそ、身に染みてわかった。水無月悠は異質だ。

 冷たい目をした子どもなど、伊月は仕事上、山というほど会ってきた。そんな子ども達に身を滅ぼさないようにと能力の制御を教える上で、敵意を向けられたことも、数えきれないほどある。仕事柄身に着いたものと、生来の感覚とが合わさって、伊月直は他人、特に子どものありようを捉えるのがうまい。概要しか掴めないと伊月は常日頃自戒しているが、周囲よりその手のことに長けているのも事実として自覚している。

 伊月が水無月悠を異質だと感じたのは、瞳の冷たさのみではない。冷たい目をしていても、案外子どもは周囲への期待を捨てきれないもので、それが子どもである所以なのだ。様々な方法で、子どもは自分の期待に応えてもらおうとする。失ったものを埋めるかのように、時には過剰にすらなることもあるその期待が、水無月悠からは微塵も感じられない。

 虐待を受けた子どもが大人になってうまく人間関係を築けない事例が報告されるのはそのためだ。生育環境で期待を満たされなかった分を取り戻そうとするかのごとく、他者にぶつけられた期待は、大概成就しない。

 水無月悠は、伊月が近づくことを心の底から拒否している。伊月だけでなく、担任教師をはじめとした誰もが水無月から拒絶されていた。


 能力があるかは未確定なため、水無月悠を未確定者と報告には記したが、伊月のなかでは、水無月悠が何らかの能力を保持していると確信があった。

 しかし、潜在能力者研究機関において、監視者と呼ばれる部署の方針は、伊月とは異なっていた。

 曰く。能力者であるにしては、周囲で不可解な出来事が起きた形跡があまりにも少ない。

 曰く。思春期の能力者に多く見られる問題行動が見られない。

 曰く。水無月悠の様子に変化はない。

 すべてその通りだ。

 相次いで起きた不審な事故死についても、市内に住んでいれば、居合わせることくらいあるだろう。どちらも人通りの多い場所、時間帯でのことだったので、他にも該当者はいる。

 水無月悠は、教室で浮いていることは事実だが、それは生まれ持った容姿や塾に行っている様子もないのに成績優秀であることから来ているとも取れる。他の生徒に関心はなく、他の生徒も水無月には触れないでおくのが暗黙の了解になっている。

 教室において、輪に入りたいのに入れてもらえない子はヒエラルキーの下に置かれる。しかし、水無月悠は、そもそもにしてヒエラルキーのなかに存在していない。そんな印象を受けた。

 他者への攻撃性も特に見受けられない。伊月に少々嫌味を言ったくらいのことは、この年頃ならばかわいいものだ。

 そして、水無月の行動には変化がない。伊月が主張する通りに水無月が先の事件で特殊能力を得たのだとすれば、何らかの動揺、つまりは成績が下がるとか、精神的に不安定な様子が見られるとか、生活態度が劇的に変化するとか、するはずだ。

 というのが監視者の見解なのだが、伊月は思う。“隙がない”こと自体が、怪しいのではないか、と。

 伊月の言葉は、当主となる前に手柄を上げたい名家の次期当主のものとして消費されようとしていた。

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