悩みの種
夏休みを図書館に入り浸って過ごすことで、水無月はできる限り難を逃れようとしていた。そんな水無月には悩みの種があった。親戚一同にどう死んでもらうかはそれなりに大きな悩みだったが、それ以外にも悩んでいたのだ。
宿題をどう終わらせるかということではない。そんなものは水無月の学力をもってすれば、数日もすれば終わる。だいたいにして、宿題というのは放っておいたら最低限の学習すらもしない人間をどうにかこうにか一定水準の学力を保たせるためにあるのであって、水無月が難しく感じるものは存在しない。美術の宿題を除けば、だが。
水無月を悩ませるのは、数学の非常勤講師としてやってきた、白い女だった。
やってきた時期からして、水無月にとっては不穏なのだ。人を殺せる能力を手に入れた水無月が、コンビニの前で迷惑行為に励む高校生を死に追いやってから一週間もせずにやってきた。
教育実習生ならばわかるが、非常勤講師がその時期にやってくるというのは珍しい。
それだけではない。
女は、水無月と同じくアルビノだった。アルビノの人間は、そう多くはない。
諸説あるが、一万七千から二万人に一人と言われている。約二百万人が住む大都市札幌においては、ざっと見積もって、百人程度だろう。
偶然にしてはいい出会いだと担任は馬鹿げたことを言ったが、その偶然こそが、水無月の警戒を強めていた。
水無月は、人生において他のアルビノの人間に出会ったことがなかった。出会いたいとも思わなかった。そして、偶然に出会う確率はごく僅かだと水無月も知っていた。
日本人女性の平均を大きく上回る身長に、白い肌、そして、長くて色素をほとんど持たない髪。伊月直と名乗った女は、ヴァイオレットの瞳で水無月を見下ろしてくる。
鍛え上げられた肉体も、水無月に向けられる静かな視線も、担任のように節穴でなさそうなところも、何もかもが水無月の気に障る存在だった。
荒れ狂う感情の中で、伊月を殺してしまおうかと一瞬考えたことはある。だが、水無月にとっての本命の殺しまでに、警察に事件性を疑われたら厄介だ。水無月の勘が、伊月には手を出すべきでない、と強く警告していた。
伊月への嫌悪感と恐怖をひた隠しにしながら、水無月は授業を受けていた。習熟度別の授業のハイレベルな方を伊月ともう一人の教師が担当しているので、水無月は授業の度に伊月と否応なく顔を合わせるのだ。
生徒にそれとなく気を配ることができ、聡明で優しさと厳しさを併せ持っているとして、伊月は他の人間に評価されているようだった。それもまた、水無月の神経を逆撫でしてくる。
その上で、夏休みを生き延びる水無月悠の目の前に、伊月直はいた。水無月悠の行く先を、思惑を、阻むように、水無月の視界に存在感を放っていた。
圧力とでもいうのだろうか、生物的本能で、この生き物には敵わないと全身で感じている。これを、危機感というのだろう。
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