現実と化した妄想
人は、追いつめられているときほど、馬鹿げた話にも乗ってしまうらしい。
水無月は、馬鹿げた話に乗ってしまうほどには、窮状にあった。こんなことは、小学生の女の子がやる、好きな人の写真を枕の下に入れて眠るおまじないよりずっと不確実で、あやふやだ。
それでも、本当に
そして、それを他人で実験しようと思う程度には世界への憎悪と攻撃性を持っていた。
そんな水無月悠の前に、そうと知らず、被験体が使ってくれと言わんばかりにやってきたのだ。資源は有限。ならば、最大効率で使うべきだ。
下校途中の水無月の視線の先には、コンビニの前で固まって騒ぐ制服の男子学生二人組がいた。彼らは、「名前を書けば入れる」と陰口を叩かれている高校の制服を着崩していた。
騒々しさに迷惑そうにする周囲を視界に入れた上でか、気づかないでのことなのかは定かではないが、低俗な会話で永遠に笑っている。
こういう人間も、どうにかして高校卒業資格を得るのだ。水無月の未来は閉ざされていく一方なのに。黒い感情がふつふつと湧き上がる。
死ねと念じながら、二人のうち一人と視線を合わせる。怪訝そうに水無月を見つめた一人が、水無月に何か言おうと口を開きかけ、動きを止めた。ただならぬ気配にもう一人の学生が友人であろう彼に声をかける。
しかし、もうその声は耳に入っていなかった。たしかな足取りで、男子学生は道路を走る車に向かって走っていく。
目の前は国道で、行き交う車もかなり速度を出していた。
車の前に身を投げ出した彼は、鉄の塊の餌食になった。衝撃音の後、ぐちゃり、と嫌な音がして、辺りは騒然となった。血だまりが、赤くアスファルトを染めていた。
妄想でも、荒唐無稽な話でもなかった。これは、実際に水無月自身の持つ能力なのだ。
水無月自身の能力。
水無月悠の、大切な希望だ。
水無月はもう一つの条件、触られることを試す前に、目を合わせることで人を殺せると判明したことにひたすら安堵していた。これで、触られずにすむ。
素知らぬ顔でコンビニに入り、口元を押さえてトイレに駆けこんだ。
トイレの中で、水無月は口元を隠していた手を外し、晴れやかに笑った。
しばらくトイレに立ち尽くし、自分が人を殺せるのだと実感が生まれてきた。水無月悠には、武器があるのだ。
もう閉ざされていく未来を眺めて絶望することはない。
水無月悠の未来に、希望はある。
コンビニのトイレから出てきた水無月を気遣う店員にお礼を言い、水無月は悠然と外へ向かい、春風の中、帰っていった。
家には相変わらずの地獄が待ち受けていたが、心には明かりが灯っていた。相手を殺せるという希望が、水無月の未来を明るく照らしたのだ。
水無月は、この地獄の終わりを定めた。お盆に親族が集まる。そのときに、終わりにしてみせる。
その決意が、水無月悠にとって、たった一つの光となった。
そして、季節は夏へと向かっていく。
幸福を希求する少年は、地獄を終わらせる。
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