第04話 招かれざる客 その2
決闘――という言葉に反応してだろう、客のザワツキ方が変わった。
今まではイライラした感じだったがワクワクした感じになったのだ。
「お、やるのかやるのか?」
「決闘だって?」
「Sランク同士の決闘はめったに見れないぞ!」
各々期待を口に出す。決闘は人気のエンターテイメントだからな。
ちなみに、Sランク冒険者同士の決闘はめったに見れないというのは金持ち喧嘩せずというのに近い。そもそもSランクが少ないというのもあるが……。
あまり趣味ではないが、それで片が付くならありかもしれない。
ただ、俺がララの運命を賭けるというのは無理だ。ララを賭けるなら彼女と決闘するべきだろう。
俺の見立てではララの戦闘力はアレクシスよりやや高い。だが、ララの性格を考慮すると心配だ。正直、やらせたくはない。
「ララ、君が戦うんだ。それが筋というものだろう。もちろん決闘を拒否するという選択肢もある」
と、一応は言っておいた。
やはり決闘は拒否するべきだろう。その場合は別の対策を考えないといけなくなるが、
「わかりました。私が決闘を受けます。ですが、エヴァンさんが戦ってください! 代理人は認められているはずですっ!」
と、ララは返してきたのだ。
やれやれ……筋は通っているな。
「わかった。ララがそう言うなら代理人を努めよう」
俺の言葉を聞いて、アレクシスはニヤリとした。
「よーし、吠え面かかせてやる!」
アレクシスはすでに勝った気でいるらしい。こいつが油断するのは自由だが、大事なことを忘れてもらっては困る。
「アレクシス、おまえは何を賭けるのだ?」
「そうだな……こいつでどうだ?」
アレクシスは腰に差している剣を自慢気に抜いた。その刃はガラスのように透き通っている。
「クリスタリウムの剣か……。まぁ、いいだろう」
クリスタリウムというのは非常に希少な物質だ。見た目はガラスに近いが、実は金属であり強い力で叩けば伸びる。そして鋼鉄よりも頑丈。剣にするにはこれ以上ない物質である。
丁度いい――こいつにはもったいないシロモノだ。
「えーっと、決闘自体はララが申し込まれたものだから、俺が勝った場合の賭け品もララが得るのか」
「あ、もちろん勝った場合の賭け品はエヴァンさんに差し上げます」
と、ララは軽い感じで言った。
おいおい……確かに代理人には謝礼を支払うことが多いが、賭け品を丸ごと全部渡すとは気前が良すぎないか?
冒険者を引退した俺にも不要な物だが、これを売り払えば店の経営資金になる。ララの給料も上げられるだろうな。
……………………。
…………。
というわけで、役所に決闘の届け出を行い、あとは当日を待つだけとなった。
ちなみに決闘は税金を取られるし、無届けの決闘は犯罪だ。
少なくともそれまではアレクシスたちの顔を見なくていいと思うと多少は気が楽になる。
本来はあんなゴミ冒険者に構っている暇はないのだ。俺には人々に素晴らしい食事を提供する使命があるのだから。
*
かくして、決闘当日となった。
Sランク同士戦いということで会場は闘技場が提供された。観客の数は溢れんばかりだ。
「アレクシス! そんな恩知らず軽く
「そんなバカはやっちゃえ~!」
ノーマンとエミリーが観客席からアレクシスに声援を送る。
「エヴァンさ~ん、がんばってくださ~い!」
一方、ララの居場所は観客席ではない。賭け品だからだ。
俺はアレクシスは10メートルほど離れて対峙する。
やつはクリスタリウムの剣を携えている。あの剣を折らないように勝たないといけないのか……。
一方で俺が携えているのは――木剣だ。正直、アレクシス相手ならこれで十分だろう。
「それでは、始めッ!」
審判が叫ぶと同時にアレクシスが斬りかかってくる。
「うおりゃあああッ! 恥を晒せぇえええッ!」
やれやれ……おまえの存在そのものが恥だというのに……。
さっさと終わらせたいのだが、観客には少しサービスしておくか……。
俺が主に使うスキルは〈身体強化〉、多くの冒険者が持つ全く珍しくないスキルだ。だが、同じスキルでも使用者によって威力は違う。Sランク冒険者はだいたい5倍くらいに強化できるが、俺は最大で20倍くらいまで上げられる。
とりあえず、アレクシスと同じくらいになるように調整しよう。
木剣だとすぐに折れてしまうから、〈物体強化〉のスキルを使う。これで木剣をクリスタリウムより頑丈にするのだ。
アレクシスの斬撃を木剣で受け止める。そしてしばらく適当に斬り結ぶ。
「すげぇ、さすがSランク同士! 迫力が違うぜ!」
「でも片方は木剣だぞ!?」
客も満足しているようで何よりだ。一見互角に見える戦いだが、アレクシスの顔には焦りが浮かんでいる。
「どういうことだ!? その木剣はなぜ折れない!?」
「なぜって、〈物体強化〉しているからに決まってるじゃないか。おまえのパーティにいた時から使っていただろ?」
とはいえ、その時の俺はポーター。あくまで荷物の保護に使っていた。あと、俺も成長しているんでな。
「さて、そろそろこの茶番を終わらせていいか? 店を開けたいんだ」
「なんだと!?」
正式な決闘では回復術師が待機しているから俺も安心して攻撃を繰り出せる。
俺は〈身体強化〉の倍率を10倍まで上げる。そして木剣の柄でアレクシスの腹部を強打!
音速を超える一撃が衝撃波を生み出し、闘技場に大きな音を響かせた。
「ぐはっ……」
アレクシスはあっけなく倒れて動かなくなった。
「アレクシス・ハーディの戦闘不能を確認。勝者、エヴァン・ガウリー!」
観客から歓声が沸いた。
すぐに回復術師がアレクシスに駆け寄る。これで大丈夫だろう。
「勝者よ、何か言いたいことはあるか?」
審判がそう言ってくれたので、
「メインストリートで伝説亭というレストランをやってる。一応冒険者向けだが、そうでない客も歓迎だ。ぜひ来てくれよな!」
とりあえず宣伝しておいた。
うん? アレクシスが目を覚ましたか……。
「インチキだ! 不正だ! 反則だ! イカサマだ! チートだ!」
やつは起き上がると同時に俺を指差しながら妙なことを叫び始めた。
「何を言っている?」
俺は困惑する。いや、周囲の全員が困惑しているだろう。
「なぜなら、おまえが俺に勝てるわけがないからだ!」
「は?」
現に今、勝ったばかりなのだが……。
「だが、俺は心が広いから特別にチャンスをやろう! 俺に倒される機会だ! 今度は動くなよぉおおおおッ!」
完全にトチ狂ったアレクシスが斬りかかってくる。
動くな……か。まぁいいだろう。
「おんどりゃあああああ! いい加減にしてくださああああああいッ!」
次の瞬間、飛び込んできたララがアレクシスを蹴飛ばした。
「ぐげっ……」
アレクシスはまたしても動かなくなった。
やれやれ……。
*
予定通り、クリスタリウムの剣を売って大金を得た。
「ええ~!? 私の給料をそんなに上げてもらえるんですか!?」
ララが驚きと喜びの声を上げる。
「もちろんだ。これでもSランク冒険者に対して支払いとしては全然低いのだが」
本来は店の利益相応以上の給料は払うものではないのだが、ララほどの人材に対してはもう少し出さないと気がすまないのだ。
「そんなことはありません! ダンジョンと違って安全ですもん!」
「それはそうだな」
「それに……ここはエヴァンさんのお店ですから♪」
「お、おう?」
そうか……俺の料理をそこまで高く評価してくれているのだな!
本当は解雇するのが彼女のためかもしれないが、もうしばらくは様子を見よう。
ちなみにアレクシスたちだが――さすがにエスティアに居づらくなったのか、どこか別の地方に去っていったらしい。
今度こそ、めでたしめでたし――かな。
だが、次の“厄介事”がやって来るまでそれほど時間が掛からなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます