第03話 招かれざる客 その1

 ――というわけで、俺は無事にレストランを開くことができた。


 普通はどこかの店で下積みしないと許可が出ないのらしいのだが、俺の場合は元Sランク冒険者ということで特別扱いだ。


 メインストリートに面しており立地としては最高だ。しかもかなり広い。だが、冒険で作った貯金の大半をつぎ込んだ。これで儲けが出なければシャレにならない!


 かくして、俺は今日も調理場に立ってせっせと働くのであった。


 それでも仕事環境は圧倒的に良くなったんだな。少なくともモンスターに襲われないし、好きなものが食べられるし。


 飯時は忙しいから、そこはずらさないといけないけど、全然大した問題じゃない。


 ……………………。


 …………。


 ――じゅ~じゅ~♪


 鉄板の上の肉がいい感じに焼けたのを確認して、小さい鉄板に移す。


「よっしゃ! 2番テーブルの肩ロースステーキと5番テーブルのポークソテーが焼けたぞ!」


「はぁい! 持っていきまーす!」


 俺の声に応えて、エプロン姿の小柄女の子がやって来る。当店唯一のウェイトレスにして元Sランク冒険者のララ・ホートリーだ。


 彼女は天才的なポーターだった。その能力はウェイトレスとしても発揮され、一度に多くの皿を平然と運ぶ。酔っ払った客がイタズラでかそうとしたのを見たことがあるが、けるどころか動揺の欠片も見せなかった。


 おそらく――いや、確実に飲食店ではオーバースペックだろう。


 正直、今の経営状態じゃそこまで大した給料は出せないし、ポーターとしても冒険に同行すれば何倍も稼げる。


 まぁ、それは俺も似たようなものだが……。


 俺もかつてはSランク冒険者としてちょっとは知られていたし、その時の貯金と人脈コネでこの店は成り立っている。


 ……………………。


 …………。


 ――うん? 何やら客席の方から嫌な感じがするなぁ――。


「嫌です! 私はもうあなたたちとは冒険しません!」


 ララの不機嫌な叫び声がした。これは“招かれざる客”――というやつだな。


 普段、人懐っこい彼女がここまで拒絶するとは、ちょっとマナーがなっていない客とかそういうレベルではないのだろう。


 とりあえず様子を見に行ってみる。結果は予想通りの連中だった。アレクシスたちだ。


 何をしにきたのか? 間違っても俺の店で普通に食事するつもりはないだろう。


 まぁ、ララの叫びからおよそ想像は付く――。


「報酬は前に組んでいた時の2倍は出すぜ?」


 アレクシスはララにドヤ顔でそう言った。


「ウェイトレスなんかでは稼げないだろ?」


「そうよ、戻っていらっしゃい」


 ノーマンとエミリーも続ける。


 やはりララを引き抜きに来たのか。それにしては未だにララに対する見積もりが低すぎるぞ。


「何が2倍ですか!? エヴァンさんは5倍出してくれましたよ?」


 ララは毅然と反論する。


 そうだ! 君にはそれだけの価値がある!


「フッ――金で釣るとは汚いやつだ」


 すごい速さで自己矛盾を起こしたな!? そもそも適正金額を払っただけなのに酷い言われようだぞ。開いた口が塞がらないとはこのことか……。


「それだけはありません! エヴァンさんはぞうごんとか言わないですし! そもそも優しいですし!」


 ララは精一杯俺のことを褒めてくれているようだが、アレクシスとの比較では全く嬉しくない。俺は自分を立派な人間だとは思っていないが、それでもアレクシスの性格は歪んでいると断言できる。


 よく冒険者ギルドも放置しているな……。まぁ、戦闘力だけはあるからな、バカとナントカは使いようだ。


 アレクシスほどではないが、行動を共にしているノーマンとエミリーも性格に難ありだ。


「あと、連れ込み宿に誘おうとしない……ですし……」


 そういえばそんなこともあったな。


 ……とりあえず、こいつらは追い返そう。


「ほらほら、ウチの従業員が困っているから帰った帰った!」


 俺は手の甲を振って去ってほしいという意思を強く示す。だが、アレクシスはそれで済むようなまともな人間性はしていない。


 こいつはこんなんでも今ではSランク冒険者なのだ。傲慢な態度を実力で通しているのである。ちなみにノーマンとエミリーはAランクになったらしい。


「ほう? エヴァンよぉ、よく俺たちの前にツラ見せられるなぁ?」


 早速とんでもない嫌味を言ってきた。


「見せるも何も、俺の店だぞ? ともかく、店の邪魔はしないでもらおうか?」


「俺たちの大切な仲間を奪っておいてよく言うぜ」


「報酬をケチろうとするおまえたちが悪い」


 とりあえず正論を言っておいた。


「ポーターのくせに……」


 アレクシスは苦々しくそう呟いた。こいつの中では俺は永遠のポーターらしいな。だが、今はレストラン経営者なんだ。


「相変わらずポーターを見下しているのか。だったらポーターなしで冒険すればいい」


「ぐっ……」


 アレクシスたちは険しい表情をする。さすがに返す言葉がないらしい。


 ちなみに俺はポーター抜きというか、ファイターとポーターを兼ねながらやっていたからな。できなくはないぞ?


「というか、なぜ現役のポーターの中から探さない?」


「ぐぬぬぬぬぬ……」


 アレクシスたちの表情の険しさが増した。


 この質問はさすがに意地が悪かったかな? まぁ、根本的に悪いのはこいつらなのだが……。


「知っているぞ。おまえたちのポーターの扱いが異常に悪いことが知られてもう誰も組んでくれないんだろ? それで仕方なく引退したララを勧誘しようとしている。まぁ、俺もララは冒険者に戻った方がいいと思うよ? だけどそれなりにまともなパーティじゃないとなぁ……」


 だが、今は営業中。本来はこんな言い合いをしている場合ではなかったのだ!


「俺の豚カツはまだか~!?」


「喧嘩なら閉店後にやってくれ!」


 客たちから文句が飛び出る。


 やれやれ、客の機嫌を損ねるのはまずい……。


「これ以上、営業妨害を続けるならエスティア警備隊を呼ぶぞ」


 Sランク冒険者のアレクシスを力づくでどうこうするのは警備隊には難しいかもしれない。だが、俺が警備隊に協力するという形ならなんとかなるはずだ。


 と、そこまで考えたところで、


「もう議論はやめだ! 決闘だ!」


 アレクシスが何やら物騒なことを言い始めた。


「俺が勝ったらララにはパーティに加入してもらうぞ! 報酬とかの条件も俺が自由に決めさせてもらう!」


「だ、そうだが、受けるのか?」


 俺はララに訊ねた。


 だが――、


「ちがーう! おまえだよ! エヴァン! おまえと決闘するんだよ!」


 と、アレクシスが叫ぶ。


 俺は困惑した。


「なぜだ? 俺を働かせたいなら俺と、ララを働かせたいならララと決闘するべきだろ?」


「おまえの方がムカつくからな! おまえは無様に敗北し、俺たちはララを得る。これぞあるべき姿だ」


 やっぱりこいつ、本格的に歪んでいるなぁ……。

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