第02話 冒険者引退! その2

「エヴァンよぉ……どういうつもりだぁ……?」


 案の定、アレクシスたちが顔を真っ赤にして文句を言ってきた。


 ララ本人にではなく俺に言ってくるあたり、俺の“努力”を理解しているらしい。


「正当な報酬を出さないのが悪い」


「いーや、出していたッ! ポーターにしては十分すぎるほどッ! 与えてやっていたッ!」


「やれやれ……その程度の知性でよく今まで生きてこれたものだ」


 こう言っておいてなんだが、こいつは戦闘力だけは高いからなぁ……。


「うがああああああっ!」


 ブチ切れたアレクシスはついに剣を抜いた。


「おいっ、落ち着けって」


「いくら相手がエヴァンでもそういうのはまずいよ」


 今にも斬りかかってきそうだったが、ノーマンとエミリーがなんとか抑える。取り巻きたちの方は多少なりともマシな知能があったらしい。


 正当防衛を除いて人間への暴力は犯罪。当然だよな?


 今の俺ならアレクシスぐらいどうとでもなるのだが、自分で対処しなくてすむならそれに越したことはない。


 まぁ、ララのことは俺に任せておまえたちは3人で仲睦まじくやっていてくれ。


 ……………………。


 …………。


 ララの冒険者としての能力はまさに予想以上だった。


 超重量の荷物をものともせず運ぶだけでなく、戦闘力もそこらのファイターよりは高い。


 さらに俺と並ぶほどの成長速度! 一回の冒険に出るごとにグングン能力を上げていく。


 そして何より俺との相性が異常に良いのだ。特に意識しなくても綺麗に繋がる連携で俺たちは圧倒的な成果を出すことができた。


「エヴァンさんと一緒に冒険するようになってからものすごく楽になりました。たった2人なのに不思議ですね」


「まぁ、俺はポーター経験があるからな」


「なるほどぉ!」


 俺たちは2人で数々の依頼をこなし稼ぎまくった。そして、稼いでいたのはカネだけはなかった。“評価”もまた猛スピードで蓄積されていったのである!


    *


「ギルド内で検討しました結果、エヴァンさんはSランクにふさわしいという結論になりました。これでエヴァンさんは超一流の冒険者です!」


 ついに俺は冒険者の頂点であるSランクに上り詰めた。


「さすがです、エヴァンさん!」


「なぁに、ララもすぐに上がれるさ」


 ……………………。


 …………。


 俺の予想通り、ララもすぐにSランクに認定された。


「わ、私がSランク……!? これもエヴァンさんのおかげです」


「いや、ララの才能だと思うけど……」


「そんなことはありません! 私の才能をちゃんと引き出してくれたのはエヴァンさんですっ!」


「そ、そうか……? ははは……」


 ……………………。


 …………。


 そして、ついに店の開業に十分な資金が溜まった。


 冒険者を引退することを決意し、祝勝会でララに別れを告げようとした。今のララなら引く手数多どころか、彼女を中心として強いパーティが作れるはずだ。


 俺は開店資金を貯めるために少ない人数で依頼をこなしたが、そういうこと考えなければもう少し余裕のあるパーティでもいいだろう。


 本題を切り出す前にまずは目の前の料理に手を付けよう。


「やはり焼きたてのピザは美味い。なんと言ってもだ、冒険中はまともな料理は期待できないのが辛い。ショートブレッド、干し肉、チーズ……それぞれは悪くないがバリエーションが限られる」


 保存が効いてコンパクトで栄養があるもの――それが冒険者が携行する食事である。もちろん、現地で調達もできる場合もあるが、あまりアテにし過ぎるのは良くない。


「そうですね。スパゲティなんて以ての外ですからね~」


 ララはトマトソースのたっぷりかかったスパゲティを食べながら言うのだった。


「水術師のいないパーティでは水は貴重だからな」


 様々なスキルを持つ人たちとパーティを組むとそれだけ多くの状況に対応しやすくなるが、それだけ1人あたりの報酬は少なくなる。


「あとは、調理器具の制限もキビシーですよね」


「うむ。というわけでだ、俺はこんな恵まれない食生活からオサラバしようと思う」


「え?」


 ララの手が止まる。


「まぁ、つまり、冒険者をやめるということだ。そしてレストランを開くっ!」


「え~~~!?」


 ララの驚きの声に俺が驚いたぞ。


「そこまで驚くことか? 何度か話したことがあるだろう?」


「あ、いえ、もっと先のお話かと……」


「できるだけ早く実現するために効率化を徹底した。今後はララだってもっと余裕のある冒険をしてもいい。水術師と組むとかな。まぁ、なんていうか、今までありがとう」


 だが――、


「あの、レストランを開くということはウェイターさんが必要ですよね?」


 なぜかララはそんなことを訊いてくる。


「まぁ、そうだな。飲食業ギルドを通じて募集をかけることにしよう。いや、それよりも……」


「それなら、私をウェイトレスとして雇ってくれませんか?」


「……は?」


 俺は虚を突かれた思いがした。Sランク冒険者と飲食店のウェイトレスでは稼ぎが違いすぎるからだ。


 確かにララならウェイトレスも卒なくこなすだろう。おまけに見た目も愛想もいいから店の印象も上がるかもしれない。


「待て待て! ララはSランク冒険者だぞ!? そんな人材に十分な給料は出せない」


 だが、ララは食い下がる。


「給料は普通でいいんです! お願いします! 私を雇ってください!」


「だがな……」


 報酬の低さからアレクシスたちと袂を分かち、報酬の低さに付け込んでララを引き抜いた俺だからこそ、報酬には誠実でなければならない。


「1年前、エヴァンさんはあれほど情熱的に誘ってくれたじゃないですか! 私が用済みになったから捨てるのですか?」


「い、いや……そういうわけでは……」


 なんか話がおかしな方向に行っているぞ……?


 俺が渋っていると、突然、ララは地面に倒れた――かと思うとダダをこねる子供のようにジタバタしだいたのだ。いや、まさに駄々をこねる子供そのものだ。


「やだやだ、雇ってくれなきゃイヤですぅ~」


「お、おい?」


 周囲の目が集まる。これは恥ずかしい。


 しばらくララの奇行をなすすべなく眺めた後、俺は決心した。


「そこまで言うなら君を雇おう。嫌になったらすぐにやめてくれてかまない」


 それを聞いたララは身軽に跳ね起きると、すごい速さで俺に抱きついたのだ。


「ありがとうございますっ!」


 俺から離れたララは心の底から嬉しそうな笑顔を見せるのだった。


 やれやれ、妙なことになったぞ。


 まぁ、ウェイターを探す手間が省けたという意味ではいいことのはずだが、良心が少し痛む。

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