元Sランク冒険者の俺、レストラン経営の片手間に人々の平和を守ってしまう ~ご注文はモンスター討伐だって!? メニューにないものを注文しないでくれ!~

森野コウイチ

第01話 冒険者引退! その1

 今でも思い出す、あの貧しくも“温かい”食卓を――。


「皆さん揃いましたね? それでは祈りましょう」


 俺がいた孤児院での食事は、いつもこの言葉から始まる。


「「神よ、今日も生きる糧を与えていただき感謝します!!」」


 祈りが終わると、子供たちが一斉に“料理”に食らいつく。


 その料理は“素パスタ”――塩茹したスパゲティにオリーブオイルを掛けただけであり、具材はない!

 もはや料理と呼べるかどうかの境界線上に存在するものだ。


 だが仕方がなかった。

 俺が暮らしていたのは孤児院であり、中々の財政難らしい。

 しばしば食卓にはこの様なとりあえず腹が膨れればいいだろう的な料理が上がったのである。


 ――それでも俺たちは必死に食らいついた。


 生きることは食べること、そして食べることは生きることだからだ。


 ……………………。


 …………。


 今となってはそこまで悪くない思い出だ。

 目の前にはあの頃とは比べ物にならないご馳走が並んでいる。


 だが――。


 俺の名前はエヴァン・ガウリー。

 年齢は17歳でエスティアという都市を中心に活動している冒険者だ。


 役割は荷物運び人ポーター。冒険者ギルドが認定したランクはB。

 最低のDランクからわずか1年でここまで上がれた。


 そんな俺だが、今、ちょっと困ったことになっている。


 ――ぶっちゃけお金の話だ。


 別に浪費しているわけではない。

 俺は将来のために真面目に貯金している。


 だが、俺は所属するパーティの中で最も貰える報酬が少ない。

 それもかなりだ。


 ということで、パーティのみんなに俺の報酬割合を増やしてくれるように頼んでみることにした。


 タイミングは重要だ。

 依頼達成後に居酒屋でちょっとした祝勝会が行われる。

 なるべく酒が回っていない段階で切り出した方がいいだろう。


 このように考えたのだったが――、


「何を言っているんだ?」


「ダメに決まっているだろ」


「ダメよ」


 と、あっさりと拒否されてしまった。

 だが、俺も命懸けで冒険しているんだ。

 すぐに引き下がったりはしない。


「俺もBランクに認定されるまでに成長したんだ。そろそろ増やしてくれてもいいんじゃないか?」


 パーティメンバーは4人。

 剣士のアレクシス、炎術師のノーマン、水術師のエミリー、そしてポーターの俺だ。

 リーダーのアレクシスがAランクで俺を含めた残り3人がBランクである。


 報酬割合は3:3:3:1だ。

 もちろん俺の分が“1”である……。

 同じBランクの中でも俺だけ異常に報酬が低い。


「バカを言うな。ポーターにはこれで十分なんだよ。危険なのは俺たち戦闘者ファイターなのだからな」


 アレクシスがまるで当然のことかのように言った。

 こいつらはファイター至上主義と言うか、ポーターを見下しているフシがある。

 報酬が低いだけでなく全体的に扱いがぞんざいだ。


 悪口はともかく、報酬に妥協するわけにはいかない。

 なぜなら俺にはレストランを開くという夢があるからだ。

 できればメインストリートに面した場所がいい。


「行動を共にするんだ。危険度はそこまで変わらないだろ!? むしろノーマンとエミリーよりは身体を張っているぞ」


「おうおう? 仲間の悪口を言うなんて酷いやつだ」


「ひっど~い。アタシががんばってないみたいじゃん?」


 ノーマンとエミリーが反論する。いや、反論になっているのか――?


「ふむ、エヴァンよ。おまえは俺たちのパーティにはふさわしくないらしいな……。残念だがおまえにはパーティをやめてもらおう」


 アレクシスは俺にそう告げた。


 これ以上の交渉が無駄であることを理解した俺は席を立ち、居酒屋を後にした。


 次から別のパーティに入れてもらわないとな……。


 ……………………。


 …………。


「う~ん、あんたとは組めねぇなぁ……」


「ごめんなさい、あなたと組むのはちょっとねぇ……」


 ――おかしい。


 どのパーティも俺を入れてくれない、誰も組んでくれない。

 どうやら、アレクシスたちが俺の悪口を言いまくっているらしい。


 アレクシスにそこまでの信用があるかは微妙なところだが、Aランクなので影響力はあるだろう。

 逆らって目を付けられたら面倒だからとりあえず信じたフリをしておこう、ということらしい。

 ごく自然な判断だ。彼らを責めても仕方がない。


 こうなったら1人で冒険するしかない。


 ファイターとポーターを兼ねることになるが全く異なる技能が必要というわけではない。

 俺が得意とする〈身体強化〉のスキルはファイターとしても十分に役立つ汎用性の高いスキルだ。


 俺には夢がある。

 それは、この国で最高のレストランを作るということ。

 味は最高ながらも貴族専用とかではなく、庶民でも気軽に入れる――そんなレストランがいい。


 そのためにはそれなりの元手が必要なんだ。


    *


 ――そして1年が経った。


「おめでとうございます! エヴァンさんは今からAランク――つまり、一流冒険者です!」


 冒険者ギルドの職員が俺にそう告げた。


 良い評判が広がり、パーティを組んでくれる冒険者も多い。

 いや、むしろ向こうからパーティに入ってくれるように頼まれることも増えた。


 だが、俺は一時的にどこかのパーティに入ることはあっても、原則はソロで活動していた。

 ソロには大きなメリットがあるからだ。

 それはつまり、報酬を独り占めすることができるということである。

 それでも仲間がいた方が良いと思うことも少なくはなかった。


 俺はいろいろ考えた末に、有能なポーター1人と組むのがベストという結論に至った。そして目を付けたのがアレクシスたちが新たにパーティに加入させた新人ポーターである。


 彼女の名前はララ・ホートリー。

 冒険者としてのランクはBランクだが、かなりの伸び代を感じる。

 おまけに見た目もカワイイ。


 顔立ちはあどけなく、体格も小さいが、胸だけは妙に大きい!

 ……それは重要ではないな。

 あくまで俺は冒険のパートナーを探しているのだからな、うん。


 調べたところ、やはり俺と同じで安くこき使われているらしい。


 さて、具体的にどうやって勧誘するかだが……。

 まずは彼女が1人になるタイミングを狙う必要がある。


 冒険者パーティの多くは依頼を達成すると祝勝会を開き、それが終わると各々の家に帰る。


 そこが狙い目だろう。

 きっとララも自分の報酬の少なさに最も不満を感じるタイミングであるはずだ。


 ……………………。


 …………。


 そして俺はアレクシスのパーティがエスティアに帰ってくるのを待った。


 祝勝会の後、アレクシスたちと別れるタイミングを見計らう。

 こういうコソコソするのって嫌なんだけど、仕方ない。


 ところが状況は意外な方向へ。

 ノーマンとエミリーは別れたが、アレクシスとララはまだ一緒にいる。


 アレクシスはララの肩を掴んだ。


「いいじゃねぇか、俺と“宿”へ行こうぜ~」


「や、やめてください……」


 これは、アレクシスが強引に“連れ込み宿”に誘っているのか!?

 そしてララはそれを嫌がっているわけだ。

 予定が狂うが見過ごすことはできない。


 俺はアレクシスたちの前に現れた。


「待てよ、ララが嫌がってるじゃないか」


「あん? エヴァンか……。おめぇには関係ないことだ」


「関係ないが見過ごせなくてな」


 俺はアレクシスと睨み合う。


「ちっ……興が削がれた。今日は帰るぜ」


 そう言ってアレクシスは去って行った。


「あ、ありがとうございます」


 そう言って、ララも去ろうとしたが――、


「突然だが、今のパーティを抜けて俺と組んでくれないか?」


 俺の言葉にララは足を止める。


「は、はい……? 本当に突然ですね……」


「ポーターを探していてね」


「は、はぁ……」


「報酬は半々だ。つまり同じ依頼を達成すれば今の5倍もらえる!」


「でも……人数は半分になりますよね……?」


 慎重に、見定めるかのようにその大きな瞳で俺を見つめる。

 可能性はありそうだ。


 俺はできる限りのアピールをしなくてはならないが、騙すような内容であってはならない。

 正しく魅力的に思ってもらえなくてはならない。


「依頼を吟味すれば決して無謀ではないんだ。現に俺は1人で多くの依頼をこなしてきた。その知見を信じて欲しい」


「う、う~ん……」


 少し方向性を変えて攻めてみよう。


「俺がかつてポーターだったのは知っているか?」


「い、いえ……」


「それもアレクシスたちのパーティでな」


「え……?」


 ララが目を見開く。


 おそらくアレクシスはそのことを話していなかったのだろう。

 彼女が自分の待遇に疑問を持つきっかけになりかねない。


「アレクシスたちのポーターの扱いは知っている。君はかつての俺だ」


 パーティ内での扱いには彼女自身かなり思うところがあったらしい。


 それからいくらかのやり取りの後に――、


「わかりました! 私はエヴァンさんに付いていきます!」


「ありがとう! いっしょにがんばろう!」


「ですが、アレクシスさんたちにはなんて言えばいいのでしょうか……?」


「それなら簡単だ。報酬について不満を言えばいい。俺はそれで追い出された」


「わ、わかりました……!」


 こうして、俺はララの引き抜きに成功した。


 だが、これは始まりだ。俺たちは2人で依頼を達成しまくらなければならない!

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