第05話 聖女がたかりにやって来る! その1

 ――今日は休日、多くの人は最寄りの教会堂へ礼拝に行く。今では俺もその1人だ。


「エヴァンさん、おはようございます!」


 教会堂にはすでにララが到着していた。ララは俺と同じ小教区に住んでいるのだ。


「おはよう、ララ。よく毎週退屈な話を聞きに来るなぁ……」


 礼拝では司祭様がありがた~いお話をしてくださるが、聞き飽きた内容なので退屈だ。というのも、実は俺は教会が運営する孤児院で育てられたのだ。当然、説法を聞かされる機会にだけは恵まれてしまったのである。


 基本的な内容だが、『神性特殊技能』――通称『スキル』は神が人々に与えた役割を示すものなので、スキルをちゃんと使って社会に貢献しましょう、というものだ。


「エヴァンさんが通っているのでしたら、私も通いますよ。退屈だと言っている割にはエヴァンさんこそ毎週通っているではないですか?」


「冒険者の頃は予定が不安定であまり来れなかったからな。生活環境の向上を確認するために来ているんだ」


 教会の教えとしては俺は冒険者を続けるのが正しいのだろうが、もう十分やったから神もお許しなるだろうと信じている。許してくれない神は偽物だから気にしなくて良い。――理論武装完了。


 しばらく待つと、白い祭服を身にまとったいつもの司祭が説教壇に立った。


 ……………………。


 …………。


 どうやら説法は終わったらしい。ありがたすぎて内容は憶えていないが、たぶん知っている話だろう。


「え~、本日は孤児院を運営されているソフィア・セラーズ司祭がいらしています」


 説法していた司祭が紹介すると、その女は突如として存在感を現して前に出た。名前と姿に俺を含めて誰もが反応する。


 艷やかな長い金髪と青い瞳、白い肌、そしてその佇まいは美人を超えて神々しい。いつからか『聖女』と呼ばれている。


 実はソフィアは俺と同じ孤児院の出身である。俺より3つ年上であり、いろいろ世話になった記憶がある。


 孤児院を出た後は聖職者クレリックになり、今では俺たちが育った孤児院のためにがんばっているのだ。


「本日は皆様にご寄付のお願いに参りました。子供たちは身寄りがなく、大変つらい思いをしています。せめて衣食住だけは不自由することがないようにしたいのですが、これらにはお金がかかります。ですが逆にお金で解決できる問題といえます。皆様の浄財が頼りです。この場でいただける方は、こちらの袋にお願いいたします。今、手持ちがない方は、銀行振込でも構いませんし、直接孤児院に持って来ていただいても構いません」


 演説が終わるとソフィアの周囲に多くの人々が集まる。彼女の求心力は大したものだ。


 その様子を横目に俺たちは教会を去った。背中に何か寒気が走った気がするが気のせいだろう。


    *


 俺はララを連れて開店しているレストランに入った。


 休日ではあるが、あえて営業している店も多い。


 ララと向かい合って席に付くとメニューを睨む。他の店がどんな料理を提供しているのか知るのは重要なことだ。


「う~ん、チキンカツセットにしようかな」


「私はオムライスにします」


「あ、私はデビルビーフセット。もちろんエヴァンくんの奢りでね♪」


 デビルビーフというのは煮込んだ肉を薄切りにしてトマトベースのソースを掛ける料理で――ん?


「「え!?」」


 突然、ララとは違う女性の声がして驚く。ララも驚いている。なんと、彼女の隣にはソフィアが座っているのである。


「ソフィア、いつの間に!?」


「やだなぁ、〈おんぎょう〉のスキルで隠れて先回りしただけだよ~♪」


 教会にいた時と違ってくだけた話し方になっているが、もちろんこちらが素である。


「なんでそんなことを……」


「私を置いて行っちゃった薄情者にちょっとお仕置きをね。あ、隣のあなた、はじめまして! ソフィア・セラーズ司祭だよ♪」


「エヴァンさんの店でウェイトレイスをやらせてもらっています、ララ・ホートリーです」


「エヴァンくんと同じ孤児院で育ったけど、私の方が3つもお姉さんだから、エヴァンくんは私が育てたようなものだよね」


「一般家庭はよく知らないが、俺がいた孤児院は年上が年下の世話をするのが慣例だったんだ」


「私も弟の世話をしていましたから同じだと思いますよ」


「とりあえず注文するぞ」


 ……………………。


 …………。


 しばらくして料理が運ばれて来たので、それぞれ食べ始める。


「ふむ、俺の店で出している方が美味いな。使っている鶏肉の差だろう……」


 他人の店で食べるとつい自分と比べてしまう。普通なら美味い料理を食べれば嬉しいはずだが、俺の場合はそうはいかない。いやはや、厄介なものである。


 今回は俺の勝ちでとりあえず安堵。ちょっと虚しい。


 一方でララも――、

 

「悪くはないですがフワフワ感が足りません。やはりエヴァンさんに勝てるわけがありませんね」


 ララは俺の料理が世界一美味いという謎の思い込みを持っているが、俺より美味い料理を出す店は当然あるぞ。


「ほどよいピリ辛がいい感じだよ~♪」


 ソフィアだけは普通に食事を楽しんでいる。


「とりあえず、いつものアレやります?」


「うん、ああ。やっぱりやるのか……」


「え? いつものアレって何? おもしろいことするの?」


 ララはオムライスをスプーンで掬うと俺に向かって差し出した。


「はい、あ~ん♡」


「あ、あ~ん」


 ――パクっ、モグモグ……。


「ふむ、俺の店で出している方が勝っているな。では俺も」


 フォークにチキンカツを差してララに向かって差し出した。


「ほれ」


「あ~ん♡」


 ――パクっ、モグモグ……。


「やっぱり、エヴァンさんの方が美味しいですね」


 と、このように俺はララやレイチェルと飲食店に来た時は参考のために少しずつ分け合うのだが、なぜかこういう恥ずかしい方法を採っているのだ……。


「いいないいな、お姉ちゃんもそれやりた~い。というか、お姉ちゃんの方が得意だよ♪」


 ああ、こういう恥ずかしいのが特に好きなやつがいた!


「ああ、孤児院には小さい子もいるからな」


 というわけで、ソフィアとも食べさせっこをした……。さらに、ソフィアとララの間でもきっちりと行われたのだった。


「お姉ちゃん、子供たちを差し置いて楽しい思いをして心苦しいなぁ~。ちゃんと、子供たちにもお土産を持って帰らないとね♪」


「お土産、ねぇ……」

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