ボブの家

 ボブの家はなんというか、レゲエにかぶれまくっていた。

 フロントポーチにはソファが置かれ、大きな麻の葉が描かれた旗が掛けられている。

 家の中はというと、海外ドラマやテレビ番組の海外特集なんかで見たことのある、ギャングの家……ボブに言わせればリッキーとはまるきり異なるらしいのだが、俺には違いがよく分からない、とにかくギャングが住んでいそうな様相だった。

 壁には唯一神の母と思しき人物が両手を合わせたポーズで横を向いている絵画が飾られ、窓にはラスタカラーの旗がカーテンの代わりに掛けられている。

 いかにもアレな吸引器が転がっていたり、ダイニングテーブルの上には食べかけのチョコレートケーキが置かれたままだ。

 

 コイツ、家ではかなりやってんな……。

 

 俺は想像の域を出ないボブの私生活を垣間見てゲンナリした。いや、想像通りでちょっと安心したのかも。しかし、ウサギサイズなので幾分か小さい。

 そんなウサギサイズのベッドでボブは安らかに眠っている。

 別に死んじゃいないけど……。


 とはいえ、無事になんとか家までたどり着けて良かった。

 道中なにもなかったわけではない。人を丸呑みできそうなほど、巨大な花弁を携えた植物の怪物に遭遇したり、小鷲の群れに襲われたり、オウムにモノマネされ続けて頭がおかしくなりそうになったり色々あった。

 だが、そこはハッターのおかげでなんとか切り抜けられた。

 というか、ハッターの【泥愚人オルタナティブマーダー】は、ただ土や泥から人形を形成するだけでなく、土の壁を出現させて盾にしたり、時には泥を弾丸のように飛ばして攻撃に用いたり、意外と汎用性が高いのだ。

 ただ、リッキーの【変幻自在トランスフォーマー】による硬質化がないぶん、所詮は土や泥に過ぎないので耐久性は低い。

 それでも、いまの俺はボブがリタイアしているから能力を使えなかったり、鍵山さんのようにそもそも能力を持たないような状況からすれば100人力である。


 大きな収穫といえば、汽車での移動中、ハッターからワンダーランドについて色々教えてもらえたことだ。

 俺たちの立ち位置なんかがなんとなく把握することができたのはでかい。ボブはこういうことをなにひとつ教えてくれなかった。別にこちらから聞いたわけではないので、あえて言わなかっただけかもしれないけど、聞くのと聞かないのとでは心構えというものが全然違う。


 ボブはハートの女王を“討伐”するための旅だというが、要はそんな簡単に遂行できるものではないということだ。もちろん、端から“討伐”とか“殺す”とかそんな物騒なこと、俺には到底できるわけがないのだが、万が一にでもその時が来た時に、俺は何をどうするのだろうか……。

 

 女王は「深紅王国クリムゾンキングダム」と呼ばれる、ちょうどワンダーランドの中心に位置する王都の「赤の城」に住んでいて、簡単に近づくことはできない。

 さらに、『セブンブリッツ』なる側近がおり、常に女王を守っているのだとか。

 そもそも、深紅王国クリムゾンキングダムに入るのだって許可書が必要だというではないか。

 そんな状況で、ボブはよくも俺を相棒に選んで女王の元まで行こうなどと言ったものだ。こんな話を聞いたんじゃあ勝算ゼロじゃないか。

 

 鍵山さんといったん帰るべきか本気で相談したけれど、ハッターから、自分たちが味方になってくれることを聞いて少しだけ勇気が湧いた。

 いや、ハッターには悪いけど、たとえリッキーやハッターが仲間でも正直安心できるには全然足りていない。

 でも、安っぽい勇気だけど――、こんな機会は二度と訪れないと思うし、なにより、何の生産性もない妄想をダラダラと繰り広げるだけの日常に戻るのは御免だ。俺は勝算と日常を天秤にかけた時、いまの自分から脱却することを選びたいと思っている。

 

 ……選ぶのではなく、“選びたい”と思っている。いまは……ね。

 

 しかし、前途多難すぎて、正直ボブの家から出るのは怖かった。

 だって女王以前に『セブンブリッツ』ってなによ!? ゲームなんかで四天王とか出てくるけど、要するにそんなのでしょう? きっと。

 それを攻略していく主人公は確かに格好良いけれど、あいにく俺は主人公ではないだろうし、それはもしかしたらボブ以外にもクーデターを考えている奴らがいて、その人たちが何とかすんじゃないかって考えてしまう。

 だって俺の能力は明らかに攻撃向きじゃないもん。少なくとも主人公の能力ではないだろう。

 もちろん、主人公みたいな人が仲間になってくれたらとても心強いけれど、今のところ俺たちのチームに純粋な攻撃型能力の仲間はいない。ハッターだってリッキーの能力と合わせて初めて真価を発揮する。ほしいな、攻撃に特化した仲間……。


 そんなことを妄想していたら、ダイニングテーブルで隣に座る鍵山さんに肩を叩かれた。


「ちょっと有栖川くん大丈夫? なんだかボーっとしてたけどさすがに疲れてるんじゃない? 少しソファで横になったら?」

 鍵山さんがソファを指差すので、俺はお言葉に甘えてソファに移動する。


「確かにちょっと疲れてるかも……。ハッターとの闘いから間を空けずにここまで来たから」

「私も少しだけ疲れたから休ませてもらうわ。リッキーさんの家を出る時からなんだか頭がボーっとするのよね。頭に霞がかかってるみたいな……」

 そういって鍵山さんは目を閉じる。


「いやいや、それだったら鍵山さんがソファを使いなよ!」

 俺は慌ててソファから立ち上がった。


「大丈夫、これぐらい慣れてるから。椅子に座ったまま寝るなんてどうということないわ」

「いや、見ている俺が耐えられないというか……」

「そう? じゃあ、ソファ半分こする?」

「え? それって」

 鍵山さんがこちらに移動してくる。


「いや、そういうのは俺にはまだ早いっていうか、心の準備っていうか……」

 俺があたふたしていると、鍵山さんが隣に座ってきて、ソファに深く体をあずける。サイズがそこまで大きくないので、若干肩と肩が触れる。


「ん?」

 俺は顔の前で手をバタバタさせて不審な動きをしていると、鍵山さんに覗き込まれた。


「有栖川くんどうかしたの? ソファを半分こすればふたりとも少しは休めるんじゃないかと思って半分借りたのだけれどまずかった?」


「い、いや、そういうことじゃなくて……」

 俺は何かを勘違いしていたみたいだ。というか、恥ずかしすぎて死にたい。半分こっていうから、てっきりソファで二人で横になることを想像したなんて口が裂けても言えない。


「もしかして何か期待した?」

 鍵山さんがニヤつく。鋭すぎだろ……。


「い、いや! ま、まさか! 俺、やっぱりちょっと外にいるハッターの様子を見てくるからソファ使っていいよ!」

 慌てて立ち上がると早足で外に出た。もちろん振り返ったりしない。

 外に出ると、ハッターが土人形を何体か作っていた。といっても、硬質化されていないので土の塊がモサモサと動いているだけだ。


「ハッター何してるの?」

「やあやあユウタロウ! 念には念をね! 何かあった時のために少しでも抑止力になればと思ってね! フヒヒ!!」


 俺は土人形を改めて観察した。

 乾燥した土が圧縮されて人の形をしているみたいだ。手を伸ばして突っ込んでみればボコッと簡単に貫通する。貫通しても土人形はモサモサと佇んでいて、俺は貫通した手を開いたり閉じたりして無事なことを確認する。

「こらこら、あまり遊んではいけませんヨホホホホ! 私がちょいっと力を加えれば硬くなって、手がぬけなくなりますよ。ハハハ。悪い子にはお仕置きデスネ。ええ、ええ!!」

 そういってハッターは地面に両手を付いた。まさか――。


「【泥愚人オルタナティブマーダー】お仕置き版デエエエェェェェス!!」


 俺の足元でワサワサと土が盛り上がると、足を捉えてあっという間に動けなくなってしまった。


「ちょっ! ハッター! 動けないよ!」

「お仕置きだからねえ! ええ! ええ!!」

 ハッターは目を怪しく輝かせてニヤニヤしている。


「ちょっと触っただけじゃん! ごめんよもうしないから解除してくれよ!」

 俺は足が固定されたことで身動きが取れなくなりビビっている。


「ごめんて!」

「イヒヒ!!」

 

 気持ち悪く笑うと、圧縮されて膝まで盛り上がっていた土が力を失ってドサッと地面に落ちた。正直、冗談半分でも怖い。


「別にリッキーのサポートがなくてもこれぐらいならできますからね! 少しは役に立つのではないでしょうか!! ホホホホッ!!」


「役に立たなきゃボディガ――」


「見つけたぜぇぇぇぇオラアアアアアァァァァァァ!!!!」


 俺のセリフは雷鳴のような轟音と共に上空から降ってきた声に掻き消された。


「ん!?」

「ン!?」

 

 ボブの家が土煙を上げてバキバキに吹き飛ぶ。正確には、二階が完全に吹き飛んで半壊状態となっていた。


「なッ――!!」

「ヨヨッ――!?」


 お花畑のような戯れ空気が一転、剣呑な雰囲気に変わり、一瞬の出来事に俺もハッターも完全に面食らう。というか、状況に思考が追い付いていない。

 同時に俺たちの前に隕石が降ってきたかのごとく何かがものすごい勢いで着弾した。


「オレ参上だ髑髏しゃれこうべども!!」


 着弾したと思しき場所――、クレーターの中心には、深紅の甲冑を纏った人物が膝立ちにこちらを見て笑っていた。


 土人形など何の抑止力にもならないほど跡形もなく消し飛んだ――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る