閑話-亜莉子と秘密の部屋-
有太朗とハッター、ボブとリッキーが庭でバトルを繰り広げているのと時を同じくして、家の中。亜莉子はひとりソファに腰掛けていた。
何もできない自分が悔しくて、しかし、一緒に闘ったところで戦力にならないことも分かっている。
ゆえに彼女は悩んでいた。
「ちーちゃんがいればもう少し違ったのかな……? もし能力があるならどんな能力だったんだろう? 隠れる能力とか……?」
最初は力になれない自分の無力さに打ちひしがれた。だが、人間諦めが肝心である。むしろできることをしようと思考を切り替えた。それがちーちゃんの能力を考察するような、ただ妄想にふけることであったとしても、切り替えは大切である。
「違うちがう! いまは余計なことを考えている場合じゃないわよね。有栖川くんもボブさんも頑張っているんだし、私だけ安全なところでやり過ごすわけにはいかないわ。私にできることをやらないと」
ソファから立ち上がり、改めて家の中を観察する。
大きな暖炉が壁から口を開けている。火はくべられていない。
食器棚にはティーカップとソーサーが3セットずつ。スコーンやケーキ、サンドイッチなどが乗せられるアフタヌーンティーセット、カトラリー一式がきれいに3セットずつ。
テーブルには同じようにティーセットが3つずつ並んでいる。椅子が四脚。特にこれといった違和感は感じない。
備え付けのキッチンにはティーカップやソーサーが洗い場に積み上げられている。よく見ると小さなカップやお皿も見える。このかわいらしいサイズはおそらくネズミのノーラが使っているものだろう。
「ノーラ用の食器?」
食器棚をもう一度見る。隅の方に可愛らしいティーカップやカトラリーが専用の小箱に揃えられていた。
ようやく違和感に気づく。
テーブルに椅子は四脚。食器類は3セットずつ。ノーラのものは別である。
ハッター、リッキー、ノーラ……。
「ほかに……誰かいる……?」
この家に招かれてすぐ、部屋の奥に重く閉ざされている扉の存在には気づいていた。書かれてはいないが、『立入厳禁』と封鎖されているかのように他人の入室を拒絶するような、それでいて時としてそこあることを忘れてしまいそうな曖昧な存在の扉。
だが、一度気になってしまった四人目の存在のことを考えると、もう逆に存在感しかない。好奇心は抑えられない。
扉の前まで行き、ひとつ深呼吸するとノックを3回してみる。
「誰か、いますか?」
………………。
応答はない。
改めてノックする。
「入りますよ?」
………………。
やはり静寂。
ドアノブに指をかけると恐るおそる捻って押してみる。
あっさりと扉は開いた。
窓からの日差しが入らないのか、もともと窓が存在しないのか、暗闇が広がっており、中の様子を知り得ることができない。
ただ、一点において明らかにこの世界観にそぐわないものが存在していた。というより、暗がりなのでそれしか見えない。
部屋の中で唯一の光源を放っていたのが、テレビモニターのそれだった――。
遠目なのではっきりとは分からないが、目を凝らして見ると、どこかで見たことのある格闘ゲームのような8ビット画面に、黒色のウサギと茶色のウサギのようなキャラクターが相対している。それぞれキャラクターの上部には体力ゲージらしきものがあり、茶色のウサギは半分にまで削られていた。
「こ、これはいったい……」
私は、一歩足を踏み入れようと右足を伸ばすと足元で声がした。
「ありこ……これいじょうは……だめ……」
視線を落とすとネズミのノーラがそこにいた。
「ノーラ? どうしてここに?」
「ごめんね……ありこ……ここからさきは……ゆめのなか……」
ノーラが私の足に触れる。
「【
視界が霞みがかっていく。頭の中もはっきりしないモヤモヤとしたものに包まれていく。だめだ。立っていられない。
柱につかまり、なんとか堪えようとモニターの方を見る。
誰かがそこにいる……気がする。分からない。意識が曖昧だ。
「おやすみ……ありこ」
ノーラの声がして、目を閉じた。
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