NEW WORLD
長いトンネルを抜けると、そこは大平原であった。世界の車窓からお届けする某番組のヨーロッパ辺りで出てきそうな光景だ。汽車と並走するように細い一本道と糸杉が並んでいる。空は雲ひとつない青々としたものだった。
「ええ!? すっげ……」
トンネルを抜けた先の景色を見た感想としては最低レベルのものだった……。
「兄ちゃん、もっと情緒はないのかね」
ボブにジト目で見られた。
「だって仕方ないだろう! 日本じゃあこんな光景見られないんだから!」
「有栖川君! あそこに見えるのって糸杉じゃない!? 日本じゃあこんなの見られないわ! すごいすごい!」
鍵山さんは窓に手をついて外の景色にはしゃいでいる。
「そうそう、リアクションはこうでなくちゃあな」
ボブが腕組して頷いてる。
なんだこれ?
「トンネルも抜けたから、もうあいつらの領土だな。もう少ししたら到着だから、降りる準備しとけよ」
「へいへい」
「はーい」
俺と鍵山さんは返事そこそこに、荷物といっても通学鞄ぐらいしかない荷物を頭上のラックから膝の上に移動させると、乗車した時のような構図で座り直した。
そこから5分も経たないうちに、ブレーキのかかる甲高い音と共に汽車は減速しはじめ、プシューっと蒸気を吐いて、そして停車した。
なんだかんだ1時間振りの地面だ。乗車中はずっとトンネル内だったし、俺は会話に困って早々に寝たふりしてたら本当に寝てしまったから覚えてないけど、鍵山さんとボブはなにか話してたんだよな……。いったい何を話してたんだろう? また今度機会があったら聞いてみよう……。
下車したのち汽車を見送ると、俺たちはボブの先導で細い一本道を歩いた。見渡す限りの平原に一本道だけが続く。たまに糸杉が立ち並ぶが、基本は開けている。
「なんてのどかなんだ……」
俺は歩きながら空を見上げる。小鳥たちが囀りながら飛んでいる。
「ん? 鳥!? ここ地下だよね!?」
「不思議よねえ……」
鍵山さんものんびりとした口調で空を見上げている。
「そりゃあこれだけ天気も良きゃ小鳥ぐらい飛ぶだろう」
ボブは当たり前のように言うが、異常なことぐらい分かるだろう。
「ワンダーランドって何でもありだな……」
急に情緒のかけらもなくなり少しげんなりしたが、のどかな光景を楽しみたいので思考をこの空間に引き戻す。
「前回来た時は殺伐とした洞窟だったけど、こんなところならずっといられる気がするよ」
「そうよね。争いとは無縁な感じだし、日差しが気持ちいいから、ボブさんの言ってた“狂気”とか“狂乱”とかにわかには信じがたいわね」
「おめえさんたちはまだまだワンダーランド初心者だからしゃあねえけど、見た目に惑わされると痛い目に会うから気を付けろな」
ボブは前を向いたまま振り返らずにそう言った。その振る舞いが少し不気味思えて、俺と鍵山さんは顔を見合わせた後、無言のままボブの後ろを進んだ――。
ほどなくして、丘に差し掛かった。
「なあボブ、かれこれ30分ぐらい歩いてるけど、いったい俺たちどこまで歩けばいいんだ?」
高校生とはいえ帰宅部なので、いい加減疲れてきた。
「この丘を越えたらもう目的地だ」
なんか絶妙なタイミングで声をかけたみたいだ。
「じゃあ、一気に登っちゃいましょう」
鍵山さんがボブを追い越して先に進んでしまった。
「嬢ちゃん、元気なのはいいことだが、あまり俺から離れるなよ」
「平気よ! 一本道なんだからはぐれることもないし」
「いや、そうじゃあねえ。目的地が近いイコール向こうからも感知されるから、俺じゃない奴が先に見つかるとヤバい……」
ボブの話を聞き終えるより先に鍵山さんはズンズン進んでいる。もう丘の中腹辺りだ。
「みんな遅いわよ早く――」
「鍵山さん後ろ!!」
俺は、鍵山さんの声を遮って叫んだ。
「えっ!?」
突如、鍵山さんの後ろに得体の知れない影が現れた。
「ボブ!?」
俺は慌ててボブを呼ぶ。
「言わんこっちゃあねえ」
ボブはニット帽を押さえて片目を隠した。
「ボブ! 【
俺は焦っている。
「まあ、出来なくはないが、ここからだとあそこまでリアルタイムで3秒ぐらいかかるから結構キチいぞ? 前に説明したが、【
「そんなの気にしてられない! いいから急いで!!」
俺は間髪入れずに答えて、ボブの濁った目を凝視した。
「チッ!」
ボブはあからさまな舌打ちをする。
「兄ちゃん、耐えろよ!」
「頑張る!」
「「【
視界がホワイトアウトし、眼球の裏側に強い衝撃が走る。前回同様、思わず目を瞑るが衝撃のわりに痛みは特にないのですぐに目を開けた。そこから今度は視界がぐるぐると渦を巻き、某絵画よろしく、溶けたチーズのように世界がドロドロと歪んでいく――。
来た! この気持ち悪い感覚!
「ボブ! たぶんイケる!」
俺はそこにいるであろうボブに向かって叫んだ。
辺りは静寂に包まれているので俺の声は良く響いた。
「じゃあ、兄ちゃん急ぐんだな!」
ボブにそう言われ、俺は鍵山さんのいる丘の中腹辺りまで一足飛びで駆け上がった。
空を飛ぶ小鳥はもちろん静止している――。
静寂に包まれた世界。この世界で自由に動けるのは俺とボブだけだ。
鍵山さんに近づくにつれ、その後ろにいる影の正体が見えて来た。
「なんだあれ!?」
影の正体は、なんとも土の塊のようなこんもりとしたそれだった。土の塊からは手足のようなものが付いており、さしずめ<ゴーレム>とでも表現できようか。
鍵山さんのところにたどり着くまで3秒。
ゴーレムの全長が2メートルを超えるほどのサイズに俺は息をのんだ――。
――が、のんびりはしていられない。10秒も経てば俺はカロリーの消費しすぎで過労&餓死してしまう。なんせこの空間では1秒間で1000キロカロリー消費する。すでに3000キロカロリーは消費していることになる。
俺はとりあえず鍵山さんをゴーレムから離すことを最優先に考え、鍵山さんの手を取ると思い切り引っ張った。
「ボブ! たぶんオッケー! 能力解除して大丈夫!」
俺は下にいるボブに叫んだ。
「そうかい! じゃあ解除するぜ」
パチン! 音がすると空気が変わった。世界が動き出す感覚が分かった。
俺は鍵山さんの手を引いているが坂道の途中なので、そのまま勢い余って前につんのめってしまう。
「おうッ!?」
「えッ!? なに!?」
鍵山さんは混乱している。
そりゃあ俺たちが下にいると思ったら、次の瞬間には俺に手を引かれて、しかもつんのめって前に倒れ込むように引っ張られたら誰だって混乱するよね……。
俺と鍵山さんはそのまま丘を転がった。
ドスンッ!
同時に背後から岩のようなものが地面を押しつぶす鈍い音が響いた――。
「痛てて……間一髪!」
「えっ!? えっ!?」
俺は前に転んだ態勢から体を仰向けにして大の字に寝転んだ。
隣では俺と一緒に盛大に転んだ鍵山さんがうつ伏せのまま顔だけ起こして辺りを見回している。
「有栖川……くん? これは……いったい何が?」
俺は首だけ起こして言った。
「後ろ見て」
鍵山さんが振り向くと、先ほどまで鍵山さんがいた場所に岩の塊が佇んでいた。
「ありゃあ、あいつのガーディアンだな」
ボブが煙草に火を付けながらゆったりと近寄ってきてそう言った。
こっちは切羽詰まってたのに余裕な態度がなんかムカつく……。
「ガーディアン?」
鍵山さんは制服に着いた草や土埃などを払いながら起き上がって言うが、状況が状況だけにまだどこかボーっとしている。
「ここはすでにあいつの領土だって言ったろ? 嬢ちゃんはその防衛ラインに踏み込んじまったのさ」
「それで私はどうなったの?」
そうだ、鍵山さんからすれば俺に声を掛けられたと思ったら次の瞬間には俺に引っ張られて盛大に転げたわけだから、何が何だかって感じだよね。
「俺が【
言うや腹が鳴ったので、ワンダーランドに来る途中で買ったナッツぎっしりのカロリーバーをポケットから取り出してかじった。前回のカロリーの件を聞いていたので対策済みである。これ、こう見えて一本で約500キロカロリーあるので、けっこうコスパ良いんだよな。
「おい兄ちゃん何食ってんだ俺にもくれよ」
ボブが馴れ馴れしく肩を組んでくる。妙にニヤニヤ顔なのがムカつく。
「嫌だよ。これは技を使った後の大切なカロリー補給なんだから」
「いいじゃねえか、減るもんじゃねえし」
「いや、食べたら減るだろ!」
「なんだよケチくせえなあ、そんなんじゃあ友達なくすぜ?」
「もともと友達なんかいませんよ!」
「もう! ふたりともジャレてないで! あのガーディアンどうするればいいの?」
あの、ジャレてませんよ? 決して……。
「ああ、ありゃあ防衛装置みたいなもんだから、放っておきゃまたすぐ土に帰るさ」
「土に帰る?」
ボブは何やら知っている様子だ。
「でも、あれがいる限り、協力者さんのところには辿り着けないでしょう?」
鍵山さんが腕を左右に広げた。
「なあに、簡単な話さ」
「どういうこと?」
ボブは親指を立てて突き出すと、なんともぎこちないウインクを飛ばしてきた。
「俺についてくりゃあ万事解決☆」
藪から棒な気持ち悪い仕草に心底ムカついた。
さてはこいつ、さっきのウイスキーに酔ってるな……?
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