覚悟のエレベーター
公園から15分ほど歩くと、見覚えのある建物が視認できた。
意外と公園からも近かったんだ……あのマンション。
「あそこだな」
俺はわざとらしく指差して目的地のマンションを指差すと鍵山さんが相槌を打ってくれた。
「ええ」
入口に掲げられているマンション名を確認する。
「『ビッグツリーバイダブルビッグツリー』……こんな名前だっけ?」
ハイセンスなのかなんなのか分からんが、マンション名が長すぎて住所書く時大変じゃない? 住民の皆さん……。
――などと、入口でどうでもいいことを妄想しているとボブが先陣を切っていた。
「おい兄ちゃん、ボーっとアホみてえな顔して突っ立てないで行くぞ」
首だけ振り返って顎でジェスチャーすると、俺も鍵山さんもボブに続いてマンションの中に入った。
「エントランスホールとはいえ、他人のマンションにこうも勝手に入るのはなかなか気が引けるわよね……」
鍵山さんはささやき声で言った。
相変わらず住人らしき人とは遭遇しない。
「うーん、なんだか悪いことしてる感じがして緊張しちゃうよね」
「悪いことっていうか、これ立派な不法侵入よね?」
「これって犯罪?」
「犯罪ね」
「えー……」
俺がげんなりしながらボブの後ろをついていく。
エレベーターの前に着くとボブは軽く跳躍してエレベーターの呼び出しボタンを押した。身長的にはギリギリ届かないので、ウサギの足を活かしたしなやかで、それでいて無駄のない軽やかなジャンプだ。見た目はこんなんでも、れっきとしたウサギなんだよなこいつ……。
なんて感心していたら「チーンッ」というチープな音が出迎える。
2機あるエレベーターのうち右のドアが開くと、そこにはなんとも古めかしい格子状の内扉らしきものが現れた。
「なんだこれ!?」
俺はいちいちリアクションをしてしまう。鍵山さんの方を見ると同じく目を丸くしていた。
「今回のゲートは1900年代ってところか?」
ボブはフンと鼻を鳴らして振り向くと「兄ちゃんヨロシク」と俺に向かって顎をしゃくった。
「開ける? どうやって?」
「チッ、教養のねえやつだなあ。嬢ちゃんはどうだい?」
明らかに落胆したため息交じりな舌打ちをされたが、知らないものは知らないのだ。俺はまだ高校生だぞ? そんなに見聞も広くないし、人生経験だって月並みの高校生だってんだ。鍵山さんはどうか分からないけど……。俺はバツが悪そうに片目を瞑って鍵山さんの方を見た。
「これって蛇腹式内扉かしら?」
そういうや、格子状の扉に付いている取手を持つとガラガラガラっと横に引いた。
見事にエレベーター内への道が開けた。
「ビンゴ!」
ボブは指をパチンと弾くと共に口をカッと鳴らして鍵山さんをねぎらった。
「やった!」
鍵山さんも小さくガッツポーズを決めてこちらを向く。
俺一人が足手まといみたいだ……。こんな小さなことで自尊心に軽くダメージを負う始末。
ボブが一番に乗り込むと、鍵山さんがそれに続く。
俺は本当にこのままエレベーターに乗り込んでもいいのか……? こんなことじゃあ、ワンダーランドに行ってもなんの役にも立たないんじゃないか? そもそも今回だって、ボブには鍵山さんがいればなんとかなるんじゃないか? 俺は大して頭も良くなければ、運動神経が秀でているわけでもない。そう、元々ただの陰キャなのだ。
足が、動かない……。
一歩が踏み出せない……。
「おい兄ちゃん! ボサッと突っ立てねえでさっさと乗れやい」
ボブに呼ばれた。
だが、足が縫い付けられてるみたいにびくともしない。
「有栖川君?」
エレベーターに乗りかけた鍵山さんが足を止めて振り返る。
「お、おれは……」
声が震える。
「ワンダーランドに……行く資格……あるのか?」
顔も俯いて二人の目が見られない。
「あ?」
ボブの訝しむような声音が聞こえる。きっと眉をひそめた顔をしているだろう。
「有栖川君……」
鍵山さんの心配そうな声もする。
「俺はきっと……足手まといにしかならない……こんな扉すら開けられないような俺に行く資格なんかきっとないし、行っても迷惑かけるだけだ」
「おい」
「だから、俺のことは置いて」
「おい」
「ねえ」
ボブと鍵山さんの声が重なった。
ふたりの声に恐るおそる顔を上げると、顔面にボブのモフモフ飛び蹴りを食らった。さらに、追撃とばかりに、鍵山さんに両頬を力いっぱい挟まれた。
「ブヘッ!」
横から顔を抑えられているので変な声が漏れた。
「資格だあ? ワンダーランドに行くのに誰が資格なんか用意したよ? あ? 検定試験でもあんのかおい」
呆れ混じりなボブに鍵山さんが続く。
「そうよ! あれだけ夢見た世界に行けるのよ? 有栖川君だって望んでいたんじゃないの? あなたは選ばれたんじゃないの?」
俺はハッとする。あれだけ夢見た異世界。現実世界との決別を誓ったばかりじゃないか。こんなペラペラな誓いじゃないだろう俺の覚悟は。なに揺らいでんだ。
「俺、教養ないけどいいかな?」
「そんなもん犬に食わせとけ」
フンと鼻を鳴らすボブ。
「教養と喧嘩は犬も食べないわよボブさん」
鍵山さんがくすっと笑う。
俺はたぶん、物事全般に一喜一憂するタイプなんだろうな……。だからすぐに妄想するし、グジグジしたり、ハラハラドキドキワクワクするんだろうな。
この語彙力のなさも劣等感に苛まれそうになるがグッと堪える。
「ごめん! 俺、しょうもなかった!」
顔を上げて二人を見る。
「今更かよ」
「有栖川君はしょうもなくなんかない!」
「二人とも、俺、こんな面倒なやつだけどよろしく!」
改めて言う。
「行こう!」
俺は足を前へ踏み出して、エレベーターへ乗り込むと蛇腹式の内扉をガラガラと閉じた。
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