決着
「どういうこと?」
「お前、馬鹿だろ」
お前呼ばわりされた挙句、馬鹿まで付いてきた。
「なんだよいきなり」
「兄ちゃんは何分も全力疾走できんのか? 試験勉強以上に脳みそフル回転させて何分も演算能力駆使できんのか? 兄ちゃんの脳と身体はそれを持続的に処理してくれんのかってんだ」
「それは……」
「そういうことだ」
「うーん、そう言われてもなあ……」
「察しの悪いやつだなあ。いいか、【
「……は?」
「だからさっきから時間がねえって言ってんだろ」
「いや、それなら早くもっとちゃんと言えよ!」
短い! 短すぎだし、この時間が無駄なじゃん! モタモタなんかしていられない。刹那の時間だって惜しい……。しかも、リアルタイムでは1秒らしい。俺、どんだけ思考速度ぶん回してんだ今。
さらにボブいわく、1秒ごとに1000キロカロリー消費するらしい。2秒経ったら軽く成人男性の一日に必要な摂取カロリーなんだけど……。10秒使ったら10000キロカロリーとかちょっとヤバくない? しかも、脳みそフル回転だけでなく、そこに運動が加わればさらに消費カロリーは増し増しだとか。10秒フルで使ったら死ぬでしょ確実に。発動するなら常にカロリー摂取しながらじゃなきゃあダメじゃないこれ?
ドードー伯爵をぶん殴るだけでも脳と身体を同時に動かすので、いったい何キロカロリー消費しなければいけないのか……。考えただけでちょっと二の足踏むんだけど……。
とはいえ、すでに何秒か話しているよな……。分かんないけど……。
「とりあえず、ドードー伯爵を横からぶん殴ればいいんだよね!?」俺は右手に握りこぶしを作ってそれを眺める。
「そうだ、さっさとやれよ」ボブは顎をしゃくってドードー伯爵を示す。
本当にやらなきゃいけないのか? 人を――、生き物に暴力を――。
「な、なあ、ボブが殴るわけにはいかないのか?」
そもそも俺じゃなくてもいいのでは?
ボブはため息を吐く。
「お前さあ、時間がねえって言ってんだよ。さっさとしろよ。つーか、この期に及んで俺が殴れるとか本気で思ってんのか? このモフモフな愛くるしい身体にふわふわキュートな拳が効くと思うか? 体重何キロだと思ってんだ? あ? ウサギなめんなよ?」
要するに軽すぎて攻撃力は皆無に等しいってことね……。
「やるしか……ないのか……」
俺は自分の拳とドードー伯爵を交互に見ながら、ゆっくり息を吐いた――。
そして、意を決して歩みを進める。
念のため最終確認。
「横から思い切りぶん殴ればいいんだよね?」
「そうだ」ボブは腕組して仁王立ちでうなずいた。
なんで偉そうなんだよ……。
俺はゆっくり歩いていく。体はまだしんどくない。いま何秒だ? 止まっている人と違って、超スピードで動いているドードー伯爵だったら、俺が移動しているのに気づくはずだ。そうしたら、角度や速度を変えるかもしれない。
俺は、ドードー伯爵の真横に立つと、ひとつ大きく息を吐いて、肩幅より広く足を開き重心を低くする。漫画か何かで見た姿勢を真似る。はい、見よう見まねってやつですよ。うまくいくのこれ?
左足は前、右足を後ろ、ドードー伯爵から見たら横向き。腰をひねって右腕を大きく振りかぶってから、覚悟を決める。右足に体重を乗せるようにして、いったん片足立ちになってから、どすこいよろしく右足に溜めた力を左足に乗せるように地面を強く踏むと、その勢いを一気にドードー伯爵の横面めがけて叩き込む。
「どっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっせい!!!!!」
ドードー伯爵のちょうど頬あたりに拳はヒット――
したと同時に俺の拳に激痛が走る。痛い! めっちゃくちゃ痛い! たまらず右の拳を解いて空中でぶらぶらさせる。
いやいやいやいや!めっちゃ痛い! 痛すぎるだろこれ……。拳潰れてない? 俺は熱くなった拳をさらにフーフーする。人の顔を殴るとこんなにも拳って痛いの!?
でも、確か何かの漫画で描いてあったな……。顔はうまく殴らないと逆に歯とかが刺さってケガするって……。まあドードーは嘴だから歯はないけど、今回は痛いだけで助かったのかな?
気づくとドードー伯爵が殴られた顔を起点に、体が横になぎ倒されるような格好になりながらゆっくり動いている。
あ、これが停止時間での行動した結果なのか。
「ボブ!」俺は思わず叫んだ。
「上出来だ兄ちゃん! 【時ハ金ナリ《タイムイズマネー》】!」ボブがパチンと指を鳴らすと、突然空気の流れを感じた。そう、時が動き出したのだ。
ディオかよ! と内心突っ込んだがそれどころではない。
俺は時が動き出したのと同時に、全身の力が全く入らなくなり、その場に倒れ込んだ。
あれ? 変だな? さっきまで立っていられたのに……。ああ、これカロリー消費しすぎて過労と飢餓状態になっているのか……。どおりですげー空腹感なわけだ……。過労で死ぬとか絶対嫌だ。社畜じゃん……。
鍵山さんがまた泣きそうな顔で俺のほうへ走ってきている。口の動きから俺の名前呼んでるのかな?
意識が朦朧とする。
これ3回目じゃない? 鍵山さんに抱きかかえられるの……。
俺、こんなにも格好悪いの――ツラい……。
自分の目から、ツーっと綺麗な液体が流れるのを感じていた。
口元は多分笑っていたと思う。
そしてもうひとつ――。
視界の端でドードー伯爵が壁に激突する様子がかろうじて見て取れた。
衝撃で土埃が舞う。
なんとか作戦は成功したらしい。
ボブが近寄ってくる。
「おつかれ」とだけ言うと、俺はそれを聞いて意識が飛んだ――。
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