能力

「チッ! 伯爵の野郎、使やがったな……!!」ボブが苛立ち混じりに焦る。

「使う?」

「あいつ能力スキル使いやがった! こっちもこんなところでくたばってたまるかよ!」

「ボブ、どうなってるんだ? ドードー伯爵は明らかにさっきまでと違う気が……」なんだか怖い……。


しかし、俺の気持ちなど関係なく、ボブは俺の足元に立つ。


「こっちも能力スキル使うぞ! 兄ちゃん!」

能力スキル!? は? なんの……!?」

「俺のを使え」

「め……? め?」何を言ってるんだ?

「俺のめん玉を貸してやるっつてんだ。裏技だよ。伯爵も裏技使ったんだ。こっちも使わねえと勝てねえんだよたぶん」

「なにを言ってるかさっぱ」

「ごちゃごちゃ言ってねえでさっさと俺と目を合わせろ!」俺の言葉を遮ってボブがじっとこっちを見る。男同士で見つめ合うとか正直気持ち悪い……。というか、ボブってオスだよね?


 こんな危機的状況の中だが、ほかに選択肢なんかない。とりあえず俺は鍵山さんの手を借りてなんとか上体だけを起こす。ボブと視線を合わせる。


「じゃあ、行くぜ――」


 ボブは言うと、濁った赤い目をカッと見開いた。俺も合わせて見開く。

 視線と視線が交錯した瞬間、眼球の裏側を殴られたかと思うほどの強い衝撃が走る。あまりの衝撃に目を瞑るが、痛みとまた少し違う、風圧が抜けていったような感覚? 一瞬の出来事なのですぐに目を開けられる。

――が、目を開くと視界がぐるぐると渦を巻いて歪んでいく。

まるでチーズが溶けていくみたいに、世界が歪んでいく。

「おい! なんだこれ!?」俺は怖くなって叫んだ。


「状況はどうだ?」ボブに聞かれるが、視界がとろけるチーズよろしくドロドロになっているので良く分からない。もしかしたら、目が溶けて落ちてしまっているのかもしれない。ボブのやつ何してくれたんだ!?

「視界がドロドロで何も見えないよ!」俺は焦る。気持ち悪くなってきた。俺、ちゃんと目ついてる……? 溶けてない?


 だが、ボブは「よしよし、うまくいったな」などと言うではないか。


 俺は怖くなってまた目を閉じる。


「【時ハ金ナリタイムイズマネー】」


 ボブが静かに、いつもより低めの声でそんなことを言った。


 俺がずっと目を瞑っていると、「いい加減に目を開けやがれ」とボブに叱られた。


 怖いものは怖いし、痛いのも嫌だけど、もうどうにもならない。というか、これ以上悪い状況といえば死ぬだけだ。覚悟を決めて恐るおそる目を開けると、辺りは静寂に包まれていた。すごく静かだ――。

……というか、何かが変だ。


 まるで――、


 まるで世界が停止してしまったかのようだ――。

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