ドードー伯爵
「ボブさん……、いまドードーって言った……?」鍵山さんがボブを見る。
「ああ? そうだが?」とだけボブは返事をする。決してドードーから目を離さない。
「ドードーって絶滅したんじゃないの? というか……、そもそもドードーってあんな見た目じゃないわよね? もっと足も短いし、なにより“のろま”だって、何かの文献で読んだ気がするのだけど、あのドードーは遅いとか速いとかの次元じゃないわよね? これがワンダーランドなの……?」
鍵山さんは笑っていないが口角はわりと上がっている。この人実はヤバいんじゃない……? 俺ひとりがビビってるのか?
「取って食べたりはしませんよ。そんなに怖がらなくても……私、悲しいじゃありませんか」
ひとりビビりまくっている俺に向かって、ドードーがメソメソする仕草をするとそんなことを言う。そう言ったように聞こえた……。
「しゃ、しゃべった!?」
「しゃべるもなにも、そこの薄汚いウサギだって話ているではありませんか? なんら不思議はありませんよ」
獰猛な見た目とは裏腹に話し方はボブよりいくらか穏やかではある。むしろそれが怖すぎるのだが……。
「うるせえよ。何しに来たんだてめえ」ボブはドードーから目を離さない。
「久々の再開だというのにつれないですねえ」ドードーは無感情でボブに返す。
「ボブさんの知り合い?」鍵山さんがボブに尋ね、ボブが鍵山さんをチラッと見た瞬間――
ボブが宙を舞っていた――。
「「!?」」
俺も鍵山さんも何が起こっているか分からない。
「やれやれ、私から目を離したらいけませんよと、前にも教えたはずですけどねえ」
ボブが宙を舞っている下で垂直に足を蹴り上げているドードーの姿があった。
速い、速すぎてなにも見えなかった……。
ボブは空中で態勢を整えると一回転して着地する。ウサギだから身軽なのか。
「ボブ!」
「ボブさん!」
俺と鍵山さんはボブに駆け寄る。
「ボブ、大丈夫か!?」
「ああ、油断した。視線外しちまったのが悪かった」
口の中を切ったのか、血が付いた口元を拭うと、ペッと吐き捨てた。
「私のせいだわ……」鍵山さんが狼狽える。
「気にすんな、今のは俺の完全な油断だ」
「私を前に油断するなんてずいぶんと余裕なんですねえ! ウサギ風情になめられたものです!」ドードーは声を荒げる。
「久しぶりなもんで油断しちまったわ。伯爵も元気そうで何よりだなあ! なんか見た目もワイルドになったな! 背広はどうした!」
背広? 虚勢を張っているのか、本当に油断していただけなのか、ボブはおちゃらけたような態度を取る。
「いまのご時世、このようなファッションが最先端なんですよ! あなたこそ時代遅れなんじゃあないですか? しかし、今回の相方はずいぶんとお若いようで? しかもふたりも連れているなんて珍しいですね?」
「放っとおけ! そういやあ、おめえの相方はどこだよ?」
「さあ?」
「いけ好かねえ」
「久々の再会なんですし、お茶でもいかがですか?」
「お前と話し込んでるヒマなんざねえんだよ」
「残念ですねえ……」
やれやれとため息を吐くと、ニヤリと笑ってドードー伯爵はその場から姿を消した。そう、文字通り消えた――。
「消えた!?」俺は叫ぶ
「消えちゃいねえ! 集中しやがれ! 野郎は速えだけだ!」ボブが怒鳴る。
ドードーが速い!?
「ドードーが速い!?」鍵山さんが俺より先に口に出す。
「意識を集中しろ!」
「そんなこと言われっ――!?」ボブに反論し終えるより先に、俺は鳩尾あたりに衝撃を覚えた。体がくの字に曲がる勢いの衝撃。
「かはッ!」
体内にある空気がすべて吐き出されるかと思うくらいえずいてしまい、その場にうずくまった。
「兄ちゃん!」
「有栖川君!?」
二人が駆け寄ってくるのが見える。なんだこれ!? 気持ち悪い……! 痛い、苦しい、痛い! 痛い!
「ゲホゲホッ……!」俺は思い切り咳き込む。同時に涙とよだれが止まらない。
「Hyahaaaaaaaaaaa! まずひとり!!」ドードー伯爵は俺たちから5メートルほどの距離で止まり、片膝を持ち上げた姿勢であざ笑った。
「野郎!」ボブがドードー伯爵を睨みつける。
「大丈夫有栖川君!?」鍵山さんに抱き起された。
「だ、大丈夫? だよ? 鍵山さん……ありが……とう」
俺は鍵山さんに支えられながらなんとか立ち上がる。全然大丈夫じゃないけど、すごく痛いけど、まだなんとか立ち上がれる気力はある。鳩尾あたりにものすごい違和感がある。痛すぎるの通り越して笑いそう……。
だんだん麻痺してきたのか感覚があるかないか分からなくなってきた。これ、もしかして骨折れてる? 呼吸するのもすげえしんどいんだけど…… 。絶対骨折れてるよね!?
「いてててて、やっぱ痛いわ、やば、これ骨折れてるかも……」
頑張って立ち上がったけど弱音が出てしまう。
「有栖川君無理しないで! ボブさん! どうすればいいの!?」鍵山さんが叫ぶと同時ぐらいに、キーッ! プシュー! という、汽車が停車したであろう音がドームに響く。
目と鼻の先には、無骨な黒塗りの煙突からモクモクと煙を吐いて線路の上に汽車が停車していた。
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